第15話 また

 家に帰り、郵便ポストを開けると、またカティの家族からの手紙が入っていた。足りない足りないのいつもの督促状だ。最近では手紙の来る頻度が、週に一度から、三日に一度になっていた。「・・・」

 私はいつもできうる限り、仕送りの額を増やし、回数も多くした。ああなってしまったのは私の責任だ。私はできうる限りのことをしてあげたかった。

「でも・・」

 私は、手紙を手に考えずにはいられなかった。

「愛美、今度は五百万円必要なんだよ」

 突然、手紙を持つ私の前に母が立っていた。

「えっ?」

「五百万円必要なんだよ。愛美」

 母はまた裸足だった。裸足で玄関の外まで出てきていた。

「ご、五百万円?」

「愛美~、お兄ちゃんが・・、お兄ちゃんが・・、苦しんでるんだよ~」

 母は私にすがるように、哀願してきた。

「愛美~」

 母の痩せ細った弱弱しい体を、母がしがみつく私の腕に感じた。

「親よりも早くに死んだ子供は、地獄に落ちてしまうんだよ。お兄ちゃんを救わなきゃ。救わなきゃ、地獄に落ちてしまうんだよう」

 母はもう泣き叫ぶような勢いだった。

「三百万は?」

「お兄ちゃんが・・、お兄ちゃんが」

 母は完全に我を失っていた。

「三百万で供養してもらったんじゃないの?」

「お兄ちゃんはとても深い地獄にいるんだよ。だから、龍善様でも難しいらしいんだよ。だから・・」

 母は半分泣き崩れそうになりながら私に必死にしがみついた。

「・・・」

「愛美~」

「もう、あの山田さんから離れた方が良いよ」

 私は静かに言った。

「何を言ってるの」 

 すると、突然母は狂ったみたいに金切り声を上げたかと思うと、別人みたいに怖い顔になった。

「山田さんはね。親身にあなたのお兄ちゃんを救おうとしてくれてるんだよ」

 その形相は鬼のそれだった。私の背中に何か冷たい戦慄が走るのを感じた。そのくらい、それは凄まじいものだった。

「あの仏壇だって、私がお金が払えないのを肩代わりして貸してくれたんだよ」

 それはもう、凄まじい勢いだった。こんな母の姿を見るのは初めてだった。

「あ、あれいくらしたの?」

「六百万」

「六百万!」

 それがまだ借金として残っている・・。私はくらくらした。

「山田さんの悪口を言ったら私が許さないよ」

 母はものすごい形相で迫るようにきつく私に言った。

「・・・」

 母は私をものすごい血走った目で睨み続けた。

「・・分かったわ。なんとかする」

「ありがとう。愛美」

 私がそう言うと、母は瞬時に安心した穏やかな表情に戻った。

「ありがとう。愛美」

 母は子どもみたいに私に抱きついてきた。それは本当に子供みたいだった。私はそんな母をやさしく抱しめた。


「あのぉ・・」

 私はタコ社長の前に立っていた。

「お金借りたいんですけど・・」

 私はタコ社長に借金の直談判に行った。よりちゃんの借金も残っているというのに、本当に、心苦しかったが、もうそれ以外に私には残された道がなかった。

「ああ、いいよ」

「えっ?」

 タコ社長はあまりにあっさりと言った。私は、拍子抜けしてしまった。

「あのぉ・・、五百万円なんですけど・・」

「ああ、いいよ」

「いいんですか」

「ああ、いいよ」

 やはり、めちゃくちゃあっさりとオッケーが出た。しかも、タコ社長は、なんでもないみたいに言う。

「・・・」


 私はタコ社長の机の脇にあった金庫から出され、即金で渡された五百万を手に、家路を歩いていた。

「やっぱ・・、あの人っていったい・・」

 私はあれこれ想像しないわけにはいかなかった。

 もしかして、借金が溜まったところで、ヤクザな感じに豹変するとか・・。

「・・・」

 外国では、臓器売買なんかも行われているとか・・。

「・・・」

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