第12話 京の陰陽師、キツネ退治に来る

 吉五郎たちが町衆を化かすにつれ、その「災い」を取りのぞいてやろうという者たちが小牧城下にあらわれるようになった。あやしげな山伏やまぶし祈祷きとう師たちである。

 月に一度のキツネ祭りの日には、こういうたぐいの者たちが列をなして城下町にやって来た。

「どうれ、見てしんぜよう。キツネを落としてしんぜよう」

「キツネのことなら、おまかせあれ。いかなるキツネとて、このお札があればたちまち退散」

「落とすぞ、落とすぞ。キツネめ、エイッ、エエイッ!」

「キツネつき、恐るるに足らず。霊験れいげんあらたかなり」

 みんな、どこかうさんくさい。しかし、だれも相手にしないかといえば大ちがい。どの店でも、どの家でも、こういった連中がひっぱりだこだった。

「さあさ、入ってちょ。あんばよう、やったってちょ」

「おうい、次はおれんとこ、たのむわぁ」

 ききめがあるかといえば、これがまったくない。町衆はみな、インチキだと知って、いや、インチキだからこそ頼んでいるのだ。ほんとうにキツネを落としてもらおうなど、だれも思ってはいない。なぜか。それには理由がある。

 肥だめに入らされた助兵衛は、肥料の商売が当たって、いまや何人も人を使うほどの大店おおだなをかまえている。

 お地蔵さんと話しこまされた紺屋町の新太は、番頭に出世した。

 カラスとすもうをとらされた御園町の奈吉は、縁談にめぐまれ、こぎれいな店の主におさまった。カラスのほうは、これはあいにく、どうなったかわからない。

 絵師になると言って旅立った巾上の喜作は、もともと絵心があったのか、才能を見込まれて京都の高名な絵師の弟子になった。

 こういったしだいで、キツネにだまされてひどいめにあっても、あとでその何倍もよいことがあるのだ。だから、お金のなかにまじっていた葉っぱでさえ、怒るどころか縁起がよいと神棚にあげてお参りしているほどである。

 町衆が山伏や祈祷師たちを歓迎したのは、キツネに関わるものならなんでも縁起がいいと喜んだからだ。いわば景気づけである。山伏たちもそれは百も承知で、なるべく大げさに元気よく祈祷をやるようにした。もちろんキツネを落とす力どころか、落とそうという気もなかった。

 しかし、それらの行者とはちがって、なかには本気でキツネを落とそうとやって来る者があった。

「おっほほほほほ。あれが小牧山でおじゃるか。ちっぽけな山じゃのう。これでは、吉五郎とか申すキツネも、たいしたことはおじゃるまい。かるく、ひねってやろうぞ。おっほほほほほほ」

 馬をつらねてやって来たのは、お香のにおいをただよわせ、へんな高い冠をかぶり、うす衣をまとった一団である。まるで絵巻物から出てきたようだ。ごたごたと大きな箱をいくつも馬の左右にくくり付けていた。

「まずは信長どののやかたへまいろうかの」

 あごひげをしごく、その男こそ、かの高名な陰陽師おんみょうじ、安倍晴明の血を引く安倍晴雨せいう、その人である。

 キツネのうわさを聞いた京都のある公家くげが、

「信長どの、さぞ、お困りでおじゃろ」と、かってに気をきかせて送りこんできたのである。

「なに、京都から陰陽師とな。それはおもしろい」

 信長は安倍晴雨の一団を館へ招き入れた。

「その方ら、キツネに勝てるのか」

「なにをおっしゃいますやら、ほほほ。キツネなど、ものの数ではおじゃりませぬ。ひとひねりでおじゃる」

「ここの吉五郎とか申すキツネは手ごわいぞ」

「たかがキツネでおじゃりますれば、手間はとりませぬわいな。おっほほほほ」

「それほど申すのなら、やってみせい。町の衆ともども、見物してくれようぞ」

 伝助が呼ばれて町じゅうの辻々に高札がかかげられた。高札には、こんなことが書いてあった。


世紀の対決

吉五郎にいどむ京の陰陽師

キツネあやうし、安倍晴雨が高笑う

戦いは明日、山北の原にて


 ちょうど小牧城下はキツネ祭りの最中だった。ふだんよりもごったがえした町が、高札を見ていっそうにぎやかになった。

「おい、陰陽師おんみょうじってなんだぁ」

「あれだて、鬼とか化け物なんかを退治さっせる人のこったろぉ」

「なんだぁ、祈祷きとう師みてゃあなもんか」

「あの安倍晴明せいめいの子孫なんだと」

「ものすげえ術を使わっせるらしいわ」

「ほう、ほんなら見にいかんといかんなぁ」

「吉五郎、来るかしらん」

「こんだけ派手に宣伝したるんだで、来んかったら吉五郎の名が泣くて。来るに決まっとるがや」

 吉五郎にも伝えてくるようにと伝助は命じられていたが、住みかも伝え方もわからない。しかたがないので、キツネの穴がありそうなところへ手紙をばらまいてきた。その手紙には、こう書いてあった。


吉五郎どん、来られたし

あす、山北の原に

京より高名な陰陽師が下った

吉五郎どんに戦いをいどんでおる

でも、恐いなら来なくていいよ


 次の日、夜が明けるや安倍晴雨の一団は山北の原でいそがしく動きまわっていた。祈祷のための祭壇をこしらえ、その後ろに大きな幕を張ろうとしていた。しかし朝から、なまあたたかく強い風が吹きわたり、なかなか幕が張れない。

「おうい、京から来やあた人んたらぁ! そんな幕みてゃあ、術でも使って張りゃええがや!」

 どっと笑い声が起きる。

 物見高い小牧の町衆が、山北の原のあちこちに材木で桟敷さじきをつくって陣取り、飲み食いしながら戦いのときを待っていた。

「おい、そろそろ用意せい」

 信長は小牧山城の天守で、安倍晴雨がやっとこさ幕を張り終わったのを見て言った。二十人ほどの鉄砲衆がずらりと並んだ。伝助も入っている。

 やがて信長の号令で鉄砲が火をふいた。

 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!

 鉄砲の音は小牧の空にこだまし、それを合図に戦いがはじまった。

 安倍晴雨は祭壇で火をたき、紙垂れをつけたさかきの枝を左右に大きくふりはじめた。口のなかでなにやらぶつぶつと呪文のようなものをとなえている。台の上に置いてあった木の人形がピクリと動いた。人形は、あれよと言うまに大きくなり、まっ白な幕の前に出た。

「おおっ」

 原っぱをうめた町の衆から、大きなどよめきがおこった。木の人形が舞いをはじめたのである。どこからともなく笛の音が流れてきた。

「キツネ! いでよ!」

 声高らかに晴雨は叫び、さかきをふりつづけた。

 と見るまに、東や西のほうから雲が走ってきた。雲は高く、あるいは低く、ものすごい速さで飛んで来る。

 やがて雲が空をうめつくし、あたりが暗くなった。

「キツネ! 出よ!」

 晴雨がまた叫ぶと、ぴかっと稲妻が走った。その光が幕を照らし、そこに大きなキツネが映った。キツネは両手を広げ、うしろ足で立っていた。まるで幕を出て、おおいかぶさってくるようだ。

「おおっ!」

 あまりの迫力に、何人もの町衆が逃げようとして腰をぬかしたほどである。

「あれが吉五郎かぁ!」

 おどろおどろしいそのすがたに、思わず、「へへっー」とひれ伏す者もいた。

「きえええいっ!」

 安倍晴雨がすかさず、さかきをふって人形をあやつる。祭壇の炎で幕に姿が映り、人形はキツネと組みあってはパッとはなれ、また組みあう。そのくりかえしだった。組みあうたびに互いの力をふりしぼり、相手を組み伏せようとするのだが、勝負はなかなかつかない。

 雲はひっきりなしに上空を駆け、雷鳴がとどろいて稲光が空を走った。

「きえええいっ!」

 晴雨はいっそう声をはりあげてさけんだ。

 人形とキツネの戦いはいつ果てるともなくつづきそうだった。晴雨の弟子たちは、けんめいに火を燃やし、いまや炎は天を焦がすほどのいきおいになった。

「きえええいっ!」

 さけびつづける晴雨。すると、その声にこたえるように雷鳴がとどろいた。

 ガラガラガラ ドッシャーン!

 落雷の衝撃で人形がふっとんだ。雷は幕を切りさき、幕に映っていたキツネの姿はまっぷたつ。つづいて苦しげな獣のうめき声。

 あっという間のできごとで、あとには、焦げ臭いにおいがただようばかり。

「あれ、キツネが消えてまったぎゃ」

「どこ行ってまった」

 陰陽師とのたたかいを見守っていた町衆は、吉五郎の姿をさがした。しかし、その姿はどこにもなかった。

「おい、ひょっとこいて」

「おう、吉五郎どん。ほんとに、まさか」

 あのうめき声が断末魔の叫びで、吉五郎は負けてしまったのだろうか。

 われらが吉五郎が、京の陰陽師なんかに負けるはずがない。町衆のだれもがそう確信していた。だからこそ、おもしろ半分に見物に来たのだ。

 それが。

 あたりはしんと静まりかえった。

「吉五郎もこれまでか」

 天守でなりゆきを見守っていた信長がつぶやいた。

「もっと強いかと思うておったが、あっけないものよ。やはりキツネよのう」

 そのときだった。

 南のほうから山頂の天守めがけて、猛烈な風が吹き上がってきた。

「お、おおお」

 背後からの風にあおられて信長はあやうく落っこちそうになった。風は天守を駆けぬけ、そのまま北の原へと下りていった。

「きえええいっ!」

 安倍晴雨はなにごとかを感じていたのか祈祷をやめず、火も絶やさなかった。

 そこへ風が来た。

 風は晴雨をからかうように、頭にかぶった冠を吹きとばし、手のサカキをもぎ取った。さらに炎をあおって、台座や幕の切れ残りに火をつけた。晴雨の弟子たちはなすすべなく、おたおたするばかり。晴雨も風にもてあそばれるままになった。

 風は晴雨のまわりをまわっていたが、いきなり竜巻のようにうずを巻いた。天高く土やほこりが巻き上げられ、晴雨の足も地面から引きはがされるように浮いた。

「あ、あれ、見てみい!」

 しょんぼりとうなだれていた町衆がふと顔をあげると、安倍晴雨が空高く吹き上げられていくところだった。

「たた助けておじゃれええぇ!」

 いつのまにか雲はすっかり吹きはらわれ、いちめん青空の下、さわやかな空気がもどっていた。町衆が見守るなか、安倍晴雨は青い空をどこまでも高く舞い上げられ、もう米粒のようにしか見えなかった。

 これまたすべて、あれよという間のできごとだった。

「吉五郎だわ。吉五郎がつむじ風に化けて来たんだわ」

「なんだぁ。心配してそんしたがや」

「あんな京から来たモンなんかに、負けーへんわ」

「いちころだったがや。さすがだわ」

 吉五郎の完勝である。町衆はまばゆい空を見あげながら、ほっと胸をなでおろすのだった。

 天高く吹き上げられた安倍晴雨は、その後どうなったかというと。

 その日のお昼ごろ、小牧山城の天守でどすんと音がした。信長らが外に出てみると、茅葺かやぶきの屋根を壊して男が頭から突っこんでいる。

「おい、きさま、どこから来た。その屋根、どうしてくれる。おい、起きろ」

 うううとうめいて顔を出したのは、ほかならぬ安倍晴雨だった。

「なんだ、おまえか。京都まで吹き飛ばされたと思うておったに、まだ、こんなところにぐずぐずしておったか。修行が足らん。出直してまいれ!」

 安倍晴雨はたいしたケガもなく、ほどなく京都へ、とぼとぼと帰っていったとさ。

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