第3話
まさに次の瞬間、パタタタッ、という音と共に壁の向こうが騒がしくなった。
「ひっ!?」
「落ち着け、ヨーコ!」
まったく、これだから研修所上がりのルーキーと組まされるのは避けたかったのに。
「大丈夫だ。腹這いになっている以上、被弾面積は最小。突入を掛けてる連中よりは、遥かに安全だぞ」
「で、でも!」
今にも泣き出しそうな声音に、俺はすぐさま痺れを切らした。
「あーったく!」
スコープから目を離し、ヨーコの顎を掴んだ。そのまま無理やりこちらに振り向かせる。
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな、新入り! 今すぐ黙らねえと、貴様が撃たれる前に俺がぶっ殺してやる!」
「ひっ!」
この一言で、ようやくヨーコは沈黙した。否、させられた。俺たち二人のチームワークは最悪の状態に陥ったが、この方がやりやすい。今日は俺一人のつもりで戦おう。問題はない。
「来るぞ」
俺は声にならない音量で呟いた。得物の先には、扉が一つ。その向こうで、今銃撃戦が起こっている。密売人たちは、このコンテナの砦に突入部隊を連れ込んでくるはずだ。
さて、と。俺は僅かに眼球をずらし、狙撃銃の隣に置いた薄型ディスプレイに目を遣った。そこには、扉の向こうに設置された監視カメラの映像が映っている。監視カメラの映像を、無線でハッキングしているのだ。
「ほう……」
俺は、今度は感嘆の声を上げざるを得なかった。
実に巧みな突入の仕方だ。
外壁を爆破して穴を空け、密売人たちの注意を引く。しかし無暗な突入はせず、代わりに別動隊が屋上からロープで跳び込む。注意の向きを狂わされた密売人たちは、見事に挟撃に遭い、このコンテナ倉庫に逃げ込んでくる。そんな算段だろう。
って、おい待てよ。
一体何を感心しているんだ、俺は? 今の味方を褒めてどうする。隊長はポールだぞ? 俺がぶち殺してやろうとしている、仇敵のはずなのに。
僅かな動揺を隠さんとして、深呼吸を一つ。隣を見る。ヨーコは頭を抱え、耳を手で覆っていた。これなら俺の肩の震えも、感じ取られてはいまい。
一方、ディスプレイの向こうでは、一進一退の攻防が続けられていた。ひっくり返ったソファやデスク、それに柱などの陰から、密売人たちが銃撃している。
対する特殊部隊は、最新鋭の火器と訓練の成果を以て制圧を進めていた。短い連射。素早い展開。明らかに高度な命中精度。
それに加えて――。
《こちら03、援護射撃体勢に入った。状況送れ》
《こちら01リーダー、ポール。敵は爆発物を所持している可能性あり。ミニガンによる援護射撃を要請する》
《03了解。01、02、一旦後退せよ。狙撃手、聞こえているか?》
「ああ」
俺はヨーコを肘で小突きながら、マイクに吹き込んだ。
「こちら狙撃手、援護射撃に備える」
《03了解。射撃開始まで十五秒》
バルルルルルルッ。
カウントダウンもなく発せられた、凶暴な銃撃音。俺は無言で、ヨーコのヘルメットをぐっと押さえていた。
「派手にやるもんだな、ポールの野郎……」
と唇を噛みしめながら。
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