第2話

 俺のそばで、荒い息遣いが聞こえてくる。


「大丈夫か、ヨーコ伍長?」

「え、ええ。戦場にはまだ慣れていなくて……」

「今に俺が仕留めてやる。心配するな」


『誰が』とは流石に言わない。意図的に味方を死傷させた者は厳罰を受ける。当然だ。ヨーコの経験不足が、俺に時間をくれることを願う。

 時間。それはもちろん、ポールの頭を消し飛ばすための猶予だ。


「ヨーコ伍長」

「は、はッ」


 俺は小声でヨーコに声をかけた。


「緊張するな。訓練通りだ」


 そう言って肩を叩きつつ、ゼリーパックに入った栄養ドリンクを差し出す。


「あっ、でもこれは軍曹の分では?」

「気にするな。こんなこともあろうかと、二つ持ってきている」

「分かりました。頂戴します」


 俺の左手から、ヨーコの右手にパックが渡される。

 俺とヨーコは、高さ五メートルほどのコンテナの上に寝そべっていた。俺の顔の前には、バレルの長い狙撃銃が設置されている。


《状況開始、三十秒前》


 現在のところ、敵も味方も姿は見えない。出撃前のブリーフィングでは、この建物――湾岸沿いの貨物収容所――に地上部隊が突入、建物奥に追い立てる。そこからは敵の方が地の利(というかコンテナの配置に関する知識)があるだろうから、俺が味方を援護することになる。

 

 それはいいとしても、


《状況開始、十秒前》


 俺は胸中で舌打ちした。どうしてさっきから指示を出しているのがポールの野郎なのか。忌まわしい、鼓膜にへばりつくような声で。

 確かに、突入部隊の隊長が奴なのは承知の上。しかし、いやだからこそ、俺の士気は地に落ちていく。


「ジョン軍曹?」


 心配げなヨーコに声をかけられ、俺ははっと意識を戻した。個人的な心の暗部から、現在進行中の作戦へと。

 するとちょうど、残り五秒のカウントダウンが始まった。


《五、四、三、二、一、突入!》


 地上突入班の片割れ、チーム01を指揮するポールが声を吹き込む。それは決して大声ではなかった。しかしそれ故に、他者に有無を言わせぬ重圧感があった。


「ヨーコ、周囲に気を配れ。俺はコイツにつきっきりだ。流れ弾に注意しろよ」

「了解」


 狙撃銃のスコープを覗き続ける俺に、ヨーコが小声で答える。

 と同時に、腹這いになっているコンテナの下から、鈍い振動が伝わってきた。ドン、という、短くも重い爆発音。


 続いて怒号が飛び交ってくる。密売人と思しき連中の喚きと、それよりは明瞭な特殊部隊員の声。


「動くな! 全員武器を置け!」

「抵抗するな! ヘリで包囲されているぞ!」

「火器の使用は許可されている! 下手に動けば躊躇いなく撃つ!」


 その言葉の終わらぬうちに、窓ガラスの割れる派手な音がした。第二陣が突入を開始したらしい。


「ヨーコ、こちらにも来るぞ」

「は、はッ!」


 俺は深く、深く息を肺から押し出した。

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