第17話 エピローグ

「おーい、ミーリア。そろそろ行くぞ〜」

「はーい、今行きまーす。ほらキールもエイミーも早くなさい、パパがお待ちかねですよ」


 数年後、深淵の森の中。我が家からそんなほのぼのとした声が響いていた。

 俺達は今、魔国で行われる競技大会を見学するために出かける準備をしている。


 競技大会は今後4年に一度各国持ち回りで行われる大会になる予定だ。その記念すべき第1回大会が魔国で行われるのである。


 ここまで来るのに数年を要してしまった。

 魔王と勇者の関係から発生する軋轢を世界から取り払い、平和的に各国で競い合おうという趣旨で競技大会は計画され、この度開催の運びとなったのだ。

 無駄ないがみ合いをこの世界から淘汰し、純粋に平和を喜び、競技大会で競い合おうというのが今回の趣旨、つまりは娯楽の一環である。


 発展した魔国をお手本に、他国は自ずと国造りを学び、そして共に発展していこうと世界的な決まりも浸透してきた。

 その調停役に、魔王俺と、勇者ミーリアが、共に手を携えこの世界の中心でもある深淵の森から仲介役を請け負うことになった。



 パワーバランスの均衡化。つまりは、魔王も勇者もいない世界がこの世界にとって重要だったことを俺は悟った。

 常にどちらかに天秤が傾くのではなく、常にバランスが取れた状態であれば、余計な諍いなどなくなるのだ。


 だから俺とミーリアは共に手を取った。

 どちらも死ななければ今後魔王も勇者も誕生しない。ならば俺たち二人が天秤の支点になり世界のバランスをとろう。そう決めたのだ。

 死ねなくなるのは仕方がないと考えるしかなかった。すでに俺は2000年以上も生き続けているのだから、それが多少伸びようが、もうどうってことなかった。

 ミーリアも俺と一緒にいられるのなら、死ねない事など些細な事だと嬉しいことを言ってくれた。

 だからこうしてミーリアと結婚までして、二人の子宝にも恵まれたというわけだ。羨ましいだろ?


 だがここで嬉しい誤算もあった。

 それは、あのハーディとミーリアとの戦いの時に現れた、諸悪の根源であり勇者や魔王を生み出した大元凶の魔人である。


 もちろん魔人は、俺とミーリアでその後サクッと倒したのは言うまでもない。

 さすがにワンパンとはいかなかったが、初撃の俺の腹パンの後、悶絶する魔人に向けてミーリアの必殺奥義が炸裂して倒すことができたのだ。

 討伐が終わり、俺は魔国をハーディに任せミーリア達と一緒に深淵の森の我が家へと戻った。

 ちなみに魔王としてまた神の加護が復活した俺は、約9年分若返ったのは言うまでもない。

 そしてミーリアと相談し、この先共に歩んで行くことを決めた時、俺とミーリアの神の加護が消え失せたのだ。

 なんと俺とミーリアは、魔王でも勇者でもなくなった。普通のただの一般人になったのだ。


 どうやら勇者と魔王の存在意義を、ここに至るまで世界中の人々が誤認していたみたいである。斯くいう俺も、魔王と勇者は戦うものだと固定観念として頑なに守ってきたのだから、今更文句を言ったところで誰に責任があるわけでもない。

 勇者と魔王が同時にこの世界からいなくなる、もしくはお互い手を取り合い、戦うことをやめた時でなければ、とても理解などできないことだろう。

 あんなにも無益な戦いを繰り返さなくていいと気づくには、この世界は長すぎる歴史を歩んできたのかもしれない。

 それに2000年もの間そんなことにも気づかなかった俺も俺だよ。ただ無駄に長生きしていただけじゃないか……そう思う今日この頃である。


 ともあれ魔人を討伐した俺たちは、魔国と他国の架け橋になるため、深淵の森で調停役になることを決めたのだ。

 とりあえず魔国と他国の確執を徐々に取り除き、両国間にある深淵の森の開発に着手した。

 全ての元凶である魔人が誕生した深淵の森があるからこそ、両国間に深い溝が生まれてしまった。故に俺たちがその中間に立ち、各国を繋げようとしたのだ。

 街道を整備し、国間を行き来できるようにするだけでも大きく変わって来るだろう。

 そして広大な深淵の森を縦断する街道が、この大陸全ての国の協力のもと完成したのである。



 魔人を倒してからは深淵の森の魔物も幾分減少し、少しは過ごしやすくなった。

 俺達が戻ってからはポツポツと俺が開墾した土地に人々が集まり始め、街道の整備が終わる頃には急激に人口が増加し、今では一つの街として機能している感じだ。

 魔国と他国は、この深淵の森に出来た街を一つの国家として認める意向だそうな。

 俺としては静かに余生を送りたかったのだが、そう上手く行かないものだ。どうやらこの深淵の森に新たな国が建国される事により、今後魔人の再誕を抑制することが期待できると考えているらしい。


 また無益な戦いの歴史を繰り返さないために。


「お待たせしました」


 シルバ達と庭先で待っていると、漸く準備を終えたミーリアが現れた。


「そんじゃあ行くか」

「ハイ! ほらエイミーはパパとでしょ? キールは私とね」

「はーい、パパー」

「ふん、僕は一人でも乗れるけどね。ママが心配だから仕方なく一緒に乗ってあげるよ」


 娘のエイミーがパタパタと駆けてくる。

 長男のキール(俺の偽名が気に入っていたらしく、ミーリアが男の子だったらこの名前よね、と命名)は生意気盛りだが、ママっ子だけありツンデレ仕様だ。


「おお〜エイミーお前は世界一可愛いなぁ〜流石ママの子だ! キール、仕方ないならママもこっちに乗せるぞ?」

「だ、ダメだよ! ママは僕と一緒に乗りたいんだ! パパになんかに任せられないよ! そうだよね、ママ?」

「はいはい、そうですよ。キールはママを守ってくれるんですよねー」

「でへへ……」


 エイミーは俺に抱きつき、キールは気持ち悪い笑顔でミーリアに抱きついた。

 キールのママっ子ぶりには敵わない。


「さあ、もうみんなも向こうに着く頃だ。それにハーディが早く来いとうるさくて困る。競技大会の前に和平会議の挨拶を俺にしろってしつこいんだよ」

「私の夫はこの世界の救世主ですから仕方ないですよ。大いに威張ってきてくださいね」

「ヤダよメンドくさい……俺は安穏とした余生を過ごしたいの。その為に隠居したんだけどな……さあ、待たせるのも悪いから出発するか」

「ハイ」


 ミーリアの勇者時代の仲間四人もこの森に永住している。みんなは数日前にすでに馬車で魔国に発ったている。

 俺達は後発として、ギンとグレイに乗り魔国を目指すことにしている。馬車なら6日かかる距離でも、幻獣フェンリルの足なら1日もあれば到着してしまうのだ。


「シルバとシロガネは留守番を頼むぞ。畑を荒らす魔物が出たら迷わずぶち殺せ」

「「ガゥ!」」


 二匹は誇らしげに吠えた。これで留守中の心配はないだろう。


「行くぞミーリア」

「ハイ!」


 俺たちを乗せたギンとグレイは、魔国へと向かい駆け出した。


 平和の祭典である競技大会に向けて。





 こうして俺は魔王としてではなく、一般人として普通に死ねるようになった。

 執筆途中の魔王譚も着実に進んでいる。

 かつて魔王だった俺に、こうした幸福なエンディングを迎えることができるなど、誰が予想できたであろうか。



 【あの時、隠居しようと決断した自分の気まぐれと、その時出会ったミーリアとの巡り合わせに、心からの感謝を】


 巻末の言葉は、そう記して締めくくられた。





 完



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お読み頂きありがとうございました。

ちょっと色々ありまして、執筆が滞ってしまい、急ぎ気味で仕上げてしまいました。

読み苦しい所も多いかと思います。何卒ご容赦を。

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隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! 風見祐輝 @Y_kazami

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