第16話 魔王ハーディVS勇者ミーリア

『只今より魔王ハーディ対、勇者ミーリアの対決を始めます!』


 審判員レフェリーの宣言により、これから魔王VS勇者の対戦が始まろうとしている。

 アナウンスに合わせて闘技場に通ずる大きな扉が開かれ、そこから勇者ミーリアが姿を表す。次いで玉座に座った魔王ハーディが立ち上がり、声高らかに言う。


『勇者ミーリアよ、よくぞ参った! 吾輩に挑戦するその心意気、賞賛しようではないか!』

『我ら国家の宿敵、魔王ハーディよ、その首貰い受けに来た!』


 ──うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


 と、場内は割れんばかりの盛り上がりである。

 まあここまでは恒例通りの進行だ。わざとらしい演出だがこれがなければ始まらない。

 ミーリアにもこの小芝居は練習しておけと言っておいた。何事も祭りとして盛り上げないと、国民の不満が爆発するからね。難しいものだよ。


 二人は闘技場の中央に向かって進む。

 ミーリアはただ一人だ。

 昨晩ミーリアが俺の部屋に訪れた。その時、魔王とは一人で戦う、と言い出した。


 前日になって突然一人で戦うと聞いた時には、俺も理解に苦しんだ。しかし本人が強くそう望んでいるので、その提案を受け入れることにした。ハーディにもその旨伝えている。


『えっ? なんで全員で挑んで来ないのですか?』


 と、幾分ホッとした様子でハーディはそう言った。

 しかし勇者本人の強い意向なのでどうしようもない。本来挑戦する側は四人の共を認められている。前魔王が倒され俺が新しい魔王になり、勇者に初挑戦した時には、四天王なる配下を連れて挑戦しに行ったものだ。今はもう遠い昔の記憶だが、その戦いで勝利をもぎ取っている。魔王譚第1章に詳しく書いているので参照願いたい。


 ところで他の四人はどうしているかといえば、今俺と一緒に観覧席でこの対決を観戦するために隣に座っている。


「キールさん……ミーリアは勝てるのでしょうか……」

「勝てるよね?」


 ハルとサンは、縋るように訊いて来る。

 ちなみにこの四人は、俺のことをまだ前魔王キーリウスだとは知らないようだ。


「難しいだろうな……俺も全員での挑戦を前提に、魔王ハーディと互角だと考えていたんだが、その前提が崩れては魔王が有利だとしか言いようがない」

「そんな……」

「……」


 二人は沈痛な面持ちで言葉をなくす。

 ミーリアは二人が身籠ったことを知り、四人を魔王戦から辞退させた。お腹に子供がいる状態で戦わせたくはなかったのだろう。

 父親であるガングルとリーにも同じく強制的に辞退させたようだ。産まれて来る新しい命に、片親がいない状況を良しとしなかったのだろう。

 故にミーリアは、単身で魔王に挑むことになったのだ。心優しいものだ……。


「まあ、まだ負けると決まったわけじゃない。ミーリアだってそれなりに強くなっている。展開によっては、勝てる可能性だってないとはいえないからな……」


 勝負は水物、時の運、とも言う。ワンチャンがないわではない。

 そのワンチャンをモノにできるかどうかはわからない。それはミーリア次第だ。でもそれは果てしなく難しいだろうと考えられる。

 こんなことになるのなら、もう少し鍛錬の期間を延長すれば良かったと後悔してやまない。しかしそれももう後の祭りだ。


 ミーリアは決して弱くはない。

 出会った当初はハーディに挑戦すらできない程弱かった(深淵の森を抜けられるかどうかも怪しいほどにだ)が、今ではそれなりに強者と呼べるだけの力量は備えているのだ。俺の見立てでも過去の勇者達と比較しても、強い部類に入ると思っている。

 残念ながら俺にはまだまだ及ばないが。


「何故ミーリアはああまでして戦うのでしょう……」

「ねえ、キールさん。なんとかならないの? このままじゃミーリア死んじゃうんでしょ?」

「俺たちの事を思ってのことなのか……まったく無茶なことをする……」

「勇者の使命なんて、もうどうでもいいじゃないか……どうせ端から期待などされていないんだから……そんな使命なんて捨てちまえばいいのに……」


 四人は口々に何故ミーリアがああまでして勇者の使命を貫こうとしているのかと不審がっている。


「……魔王と勇者は戦うと定めだ……こればかりはどうすることもできない……」


 この世界のパワーバランスを保つために必要な戦い。俺にはそれしか言えない。


『──では、始めっ‼︎』


 そうこうしている間に戦いが始められた。

 お互い剣を手に向かい合う。仕掛けるタイミングを探り合っているようだ。


『──行きます!』


 最初に仕掛けたのはミーリアだ。

 先手必勝と考えての先制攻撃なのか、最初から全力でハーディに突っ込んで行った。


『──ぐぬっ!』


 ミーリアの剣をハーディが受ける。

 ──ギャン‼︎ と、聖剣(他国で製作された勇者専用の剣を聖剣と呼ぶ。特殊効果はない、はず)と魔剣(魔国で製作した魔王専用の武器を魔剣と呼ぶ。特殊な効果はない、と思う)が火花を散らし、ハーディが驚きの表情でくぐもった声を発した。


『なかなかやるではないか!』

『まだまだ行きます‼︎』


 互いに剣を振り、受ける。絶え間ない攻防が繰り広げられる。攻撃の合間に魔法を織り交ぜ互いに一歩も引かない。

 観客はその攻防を目を輝かせながら応援する。魔王だけではなく、勇者への声援も忘れない。これほどの戦いを生きて観戦できたことに、観客は興奮の坩堝と化していた。


「──きゃっ!」

「頑張れミーリア‼︎」

「ウォー、そこだ突け‼︎」

「動きを止めるな! 止まったらおしまいだぞ‼︎」


 四人は声を枯らすほどの大声でミーリアを応援する。攻撃を受けるたびに小さな悲鳴を上げ、有効打を放てば声援を送る。


 俺も密かに手に汗を握る。

 今まであの場所で戦っていたのは魔王の俺だった。だが今回は観覧席からそれを眺めていることに少なからず違和感を覚える。

 それに戦っているのが側近だったハーディと、特訓を付けて強くなった弟子ともいえるべきミーリアなのだ。ハーディの剣がミーリアを襲う度にハラハラしてしまう。

 こうして観戦していても、他の興奮している者達とはどこか違う心境になる。どちらにも頑張って欲しい、でも、どちらにも傷ついて欲しくない……そんな元魔王とは思えない心境が芽生えていた。


 しばらく激しい攻防が続き、そして均衡が崩れ始めた。


『──グッ!』

「──いやっ!」「‼︎」

「ミーリア‼︎」「退がれ!」


 ミーリアがハーディの攻撃を躱しそこねて有効打をもらってしまった。それを見た四人は悲痛な面持ちで声を上げた。

 ミーリアは肩口を深く斬られたようで苦悶の表情を浮かべている。


「……チッ……‼︎」


 奥歯を噛みしめる力が増し、俺は我知らず小さく舌打ちをしてしまう。

 どう見てもミーリアの形勢が不利に傾き始めた。序盤で全力に近い攻撃を繰り返していたミーリアは、すでに体力も残り少なくなってきている。そして致命的な怪我まで負ってしまい本調子には程遠い。聖女であるハルが回復させることができればまだ戦いを続けられるだろうが、今その仲間は闘技場の上にはいない。


『はーはははっ! 頑張ったようだがここ迄だ。覚悟するが良い』


 ハーディが勝利を確信したようにミーリアに宣言した。


『……ぐっっ……いいえ、まだまだです!』


 しかしミーリアはまだやれると剣を握り直す。


「キールさん! ミーリアが、ミーリアが……」

「何とかしてよキールさん! このままじゃミーリアが死んじゃう!」


 ハルとサンは涙ながらに訴えてくる。


「……し、仕方ないんだ、世界のパワーバランスを保つためには、魔王か勇者か、そのどちらかが負けるのは必定なんだよ……」


 そうだ、いつだってそうしてきた。

 長い歴史の中で魔王と勇者は、いつでもそうして戦ってきたのだ。

 魔王と勇者の戦いは、どちらかが倒れるまで続く。それが世界の均衡を保つため……。


 ミーリアはハーディから少し距離を取り、再度剣を構える。そして闘気を練り始めた。


「くっ! 最後の賭けに出たか……」


 残り体力も少なく、致命的な怪我を負った状態で長期戦は厳しい。

 故に残された道はただ一つ。起死回生の大技をハーディに見舞うしかない。勇者固有の奥義、【最終滅斬ファイナルブロー】。


『むっ! そう来るか……』


 ミーリアの剣呑な雰囲気を感じ取ったハーディは、大技の準備だと悟る。

 ハーディもミーリアの怒涛の先制攻撃を受け無傷ではない。致命傷とはいかないまでも、中小たくさんの傷を負っている。しかし未だ致命的な怪我は負っていないし、体力はミーリアよりも確実に残している。


『はーはははっ! では我も迎え討とうではないか!』


 しかしハーディはミーリアの最後の攻撃に対して、自分も相応の技で返そうと闘気を練り始めた。


「あっ! ハーディめ、なにを血迷って……」


 ハーディは過去に本物の勇者を見たことがない。俺と自称勇者との戦いを数度見ただけだ。

 本物の勇者の起死回生の大技は、確かに絶大な威力がある。しかし避けられないわけじゃない。体力がまだあるのなら、回避に集中するべきだ。攻撃さえ躱せば隙が多い技、そこに勝機があるのだ。

 ただ馬鹿正直に対抗するのは愚策に他ならない。

 絶大な力と力のぶつかり合い。この一撃に賭けるミーリアはまず助からないだろう。同時に迎え撃つハーディも無事ではいられない。

 最悪は相打ちになる可能性がある。


「──クソッ!」


 俺は無意識に椅子から立ち上がり、闘技場と観覧席を仕切る堅固な壁を力一杯握ると、ピキピキと壁に罅が入った。                                                                       


「キールさん! ミーリアを助けてください……」

「もう勇者と魔王の戦いなんでどうでもいいよ、なんでミーリアがそんなモノを背負わないといけないのよ!」


 ハルとサンは俺の背に縋るように懇願してきた。


「……だからさっきも言っただろう……世界のパワーバランスを保つためには必要な戦いなんだ……」


 俺は再度同じ説明をした。


 ──だが本当にそうなのか?


 ここで俺の内にそんな疑問が湧き上がってくる。

 世界のパワーバランスを保つために魔王と勇者は、なぜ戦わなければならないのか?

 この2000年もの間その天秤は常に魔国側である魔王に傾いていた。だがそれ以上世界を混乱させないように俺はただ魔王城で静かに勇者を待っていた。他国に向け戦争をするのはどこか違うと思っていたからだ。

 これといって他国に恨みもないもないし、世界を混乱させるメリットもない。こうして豊かな国を作り上げることに成功している。他国は貧しいという話を聞くが、それは魔国のせいでも魔王のせいでもない。たんに各国の国造りの問題ではないか?


 ではなぜ魔王と勇者は戦わなければならないのだ?

 当初の目的を履き違えているのではないか?

 最初この世界を混沌の世に変えたのは魔人という存在だ。

 勇者はその魔人を倒し、今度はその矛先を魔国に向けた。

 それを収めるために今度は魔国に魔王が現れた。

 そして勇者率いる他国を鎮圧した。

 そこから勇者と魔王の戦いが延々と続けられている。


 魔人が誕生しなければこの戦いは始まっていない。

 それなら勇者と魔王が戦わなければどうだ?


『行きます‼︎』

『さあ来い‼︎』


 そうこう考えを巡らせていると、ミーリアとハーディは最後の打ち合いを始めようとしていた。

 ダッ、とミーリアが地面を蹴る。

 ズン、とハーディが地面を踏みしめた。


「「「「──キールさん‼︎」」」」


 俺の後ろで四人も絶叫する。




 本当にバランスが必要なのか?

 世界にバランスが必要なら魔国や他国が延々と天秤をどちらかに傾けあう戦いをし続けていいのか?


 ──答えは否だ! それはバランスとは言わない。


 均衡を保っているようでいて保っていない。魔王と勇者が戦えば必ずどちらかに天秤が傾く。今でこそ2000年以上もその天秤は魔国に傾いてはいるが、勝ち負けが交互に訪れたとしても永遠に釣り合うことなどない。ただのシーソーゲームだ!


 それなら常に均衡を取れるように天秤を調整しなければならないのではないのか?


 それなら魔王と勇者は……。




 そう考えた瞬間、俺は壁を乗り越え今まさに激突しようとしているハーディとミーリアの間に割って入り、互いの剣を受け止めた。


「そこ迄だ!」


 ──ドン、と二人の剣圧を受け体が軋み、地面にまで衝撃が走る。


「なぁ! き、キーリウス様、何を!」

「キーリウスさんどうして……」


 二人は俺の登場に驚き、唖然とする。


「無粋な真似は重々承知だが、この勝負俺が預かった」


 魔王と勇者の戦いに水を差す愚行。長年の慣例に照らし合わせても決して許される行為ではない。勝敗を決する前に部外者が乱入するなど、戦いを愚弄する行為に他ならない。

 だがそうもいかない。俺はもう決めたのだ。二人は死なせたくない。


 そして特にミーリアは死なせたくないのだ。


 昨晩覚悟を決めたミーリアは、


『私が負けたらあの森の家の側に埋めてくださいね。キーリウスさんといつまでも一緒にいたいんです』


 そう語った。続けて、


『そして、そんなに可能性はないでしょうが、万が一私が魔王ハーディに勝ってしまい、キーリウスさんが魔王に復活したら、その場で私を倒してくださいね。誰でもないキーリウスさんになら倒されてもいいですから』


 と締めくくったのだ。


「何を申されるのですかキーリウス様!」

「キーリウスさん……」

「ハーディ! 魔王の座を返してもらう、素直に渡せ」

「うぇ? 突然どうしたのですか? あれだけ魔王を辞めたがっていたではないですか……」

「気が変わった。世界のバランスを確実なものとするため、俺は魔王に戻ることにする」

「それはどう言う意味でしょうか……」


 魔王の座を返せと言うと、ハーディはやれやれといった顔をした。


「即刻返せ」

「はい、魔王キーリウス様の御心のままに」


 それでもハーディは、俺の魔王然りとした命令に従順に従った。

 ハーディは頭に載せた付け角を外し、俺に寄越す。

 正式にはチョットした儀式が必要だが、それは後でもいいだろう。


「さて、ミーリア。俺は世界のパワーバランスを保つために魔王に戻る覚悟を決めた。だからお前も覚悟しろ」

「キーリウスさん……私と戦うのですか……?」

「いいや、戦わない。天秤は長年魔王側に傾いている。だからそれを定位置に戻そうと思う」

「えっ? じゃ、じゃあキーリウスさんが私に倒されるんですか?」

「なんでそうなる? それじゃあ勇者側に天秤が傾くだけで、バランスが取れたとは言えないだろう」

「それじゃあどうすれば……?」


 簡単な事だ。

 魔王と勇者は今後戦わず、二人で世界の均衡を取れる方法がある。

 魔王は死ななければ新たな魔王は誕生しないし、勇者も然りだ。


「だから、ふ──」


 ──バーン‼︎


 俺がミーリアに説明しようとした所で、謁見の間の扉が激しく開かれた。


『た、大変です! 深淵の森から魔人がこちらに向けて進行中です‼︎』


 息堰切って入ってきた兵士がそんな報告をした。


「なに‼︎ 魔人だと⁉︎」

「はい、間違いありません。古文書通りの姿形と、深淵の森から出てきたところを見ても魔人で間違いありません」


 ハーディの問いかけに兵士は間違いなく魔人だと豪語した。

 魔人とは人型の魔物である。

 腹立たしいことに、魔王はその魔人にあやかったモノを頭に載せている。そう、巻き角が生えているのだ。

 初代魔王は他国に脅威を与えようと、魔人の巻き角を模したモノを頭に装着することを義付けた。その角が魔王のシンボルとなったのだ。

 全く……2000年も頭にそんな下らない角を乗せなければならなかった俺の身にもなれよ! 余計な義務を課すな! と初代に声高に文句を言いたい。(普段は外していたけどね)

 だが、これは……。


「ふっ、ふふふ、ふははははははははははははははははははははははははははははっ‼︎」

「⁉︎」

「ひゃっ!」


 地の底から抉り出したような不気味な俺の笑い声に、ハーディとミーリアは怯えた。


「ど、どうなさいました魔王様⁉︎」

「ふっ、これが笑わずにいられるか? この世界のバランスを最初に壊してくれた奴が現れるなど、タイミングが良すぎやしないか?」


 この世界に混沌を齎し、勇者を誕生させ、後に魔王まで誕生させた大元凶である。

 そして今この場には、魔王である俺と勇者であるミーリアがいるのだ。

 こんなくだらない戦いを延々と続けさせられたその報い、身を以て償ってもらおうか。


 ──さあ、意趣返しといこうじゃないか‼︎


「ミーリア! 俺と一緒に魔人を倒しに行くぞ!」

「ハイ‼︎」

「ハーディ、至急返還の儀式の準備を! ハルはミーリアの怪我の回復を頼む。審判員レフェリーはこの場の収拾を頼む。試合は中止だ!」


 俺の指示に皆慌ただしく動き出す。

 さあ、2000年もの間死ねない体にしてくれた元凶よ、積年の鬱憤晴らさせてもらうぞ!



 こうして準備を整えた俺とミーリアは、急ぎ魔人討伐へと向かったのだった。

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