第47話 漆黒の甲冑

 目の前に現れたのは、深遠な闇をそのまま具現化したような、凄みのある甲冑だ。中世レベルの異世界のはずなのに、どこか現代を思わせる大胆なデザインである。

 余りに格好良いので見た目重視かと思いきや、可動部には細部まで造り込まれた魚鱗甲が配置されており、防御に一部の隙も見せないのが恐ろしい。


 何より目を奪われるのは、使われている素材の「黒」だ。

 吸い込まれそうな漆黒のボディは、光までも無に帰してしまいそうである。


 それでいて表面が煌めいているのは、きっと職人が鬼気迫る思いで磨き上げたからだろう。製作者の全力が伝わってくる、圧倒的な存在感だ。


「や、ヤベェ……スゲェ……パネェ……ガチでアルティメット……」

 

 人間はマジで感動するとこんな言葉しか出ないということを、この時初めて知った。 


「どうじゃ、こんな装備見たことなかろう」

「はい、本当に。こんなの見たことありません」

「そうじゃろうそうじゃろう」 

 

 ウンウンと、親方はニコニコしながら頷く。


「丁度珍しい素材が手に入ってな、造っている内ににやめられなくなってしまっての。もう他の仕事そっちのけじゃ。オヌシらのケーキが役に立った」

「え、俺達の?」


「親方は、熱中すると食事もまともに召し上がらないからな」

 

 グローインが心配そうに溜息を吐く。


「だが、オヌシらのは食膳に着かずとも食べられる。重宝したのじゃ」

「お持帰りセット、ここでも大成功なのニャ」

 

 レベッカが嬉しそうに笑った。まさかこんなところでも俺達の料理が役に立っているなんて……世の中わからない。


「そんなこんなで、一気に仕上げてしもうた。滅多にない傑作なのじゃ!」

「これを、まさか俺に?」

「当り前じゃ」

 

 親方は早速甲冑を台から外し、直々に俺に着せつけた。

 見た目こそ厳めしくて重々しいが、着てみるときっちり身体に合っていて、動きやすい。それに着るだけで、防御力が急上昇するのを感じた。


 不思議なものだが、それだけこの装備が凄いということなのだろう。


「うむ、サイズもぴったりなのじゃ。ほれ、これもセットじゃ」

 

 手渡されたのは漆黒の大剣だ。

 刃渡りは長く、荘厳な装飾が施されている。


 柄には漆黒の龍がうねり、もう厨二病丸出しのデザインである。


「うわぁ! マスターカッコイイですぅ!」


 剣を背に携えた俺を、フィーリアが目の中に星をキラキラさせて見てくる。その星の中にハートマークが混ざっている気もしたが……たぶん気のせいだろう。


 一方レベッカは目の中に金のマークをキラキラさせながら、装備を検分した。


「これは物凄い品ニャ。市場に出せばどれだけの価値がつくか」

 

 ここでも商売の話である。

 本当に根っからの商売人だ。


「当たり前じゃ。それはもう見たことがないような値がつくじゃろう! じゃが……」

「何か問題ですか?」


「付く値が高すぎるのじゃ。装備のスペックは申し分ないが、買い手がおらん」

「こんなに凄いのに?」


「確かに、これだけ凄いと生半可な値はつけられないニャからね。欲しくても並

みのハンターは、手が出ないニャ」

「だがしかし」

 

 親方は腰に手を当てて、微笑んだ。


「これを買える男が、ワシの目の前にいる」

「その男って、まさか俺!?」


「その通りじゃ。あれだけの金貨、持っているヤツはこの辺りにはどこにもおらん」

「はぁ、まあ確かに」


「オヌシら、あの食べ物でどれだけ荒稼ぎしたのじゃ?」

「そこはまぁ、商売のウデですニャ、ウデ」

 

 レベッカはニャハハと笑う。

 親方の言う通りだ。

 ここ最近で我々ほど稼いだヤツらはいないだろう……。


 その後、再び応接室に移動し、請求書を渡される運びとなった。

 だが紙に書かれていたのは、目玉が飛び出るほどの値段だった。 


「ちょ、これ、冗談でしょ!」

「冗談な訳あるか、正当な請求じゃ」


「ヤバい、足りないじゃん!」

「そうかの? ワシは金の計算は苦手での」


 親方が口笛を吹く。


 本当に解っているのか、解っていないのか。


「マジでこの値段なんですね!?」

「オヌシの装備一式の料金、おまけにそこの腰抜けエルフの装備一式の金も合わせてじゃ。そんなに高かったかの」


「ディ、ディスカウントプリーズ!」

「何を訳のわからんことを言っておる。一円たりとも負けられんのじゃ」


 こうなると親方は強情だ。

 コチラの要求など一ミリも飲もうとしない。


 困り果てている俺の脇で、レベッカが冷静に請求書を見つめた。


「……払えるニャ」

「へ?」


「これくらい払ってやるニャ!」

「ちょっと待てよ、流石に金が足りないだろ。また稼ぐしかない」

「こんなこともあろうかと!」

 

 レベッカは大きな大きな金貨の袋を、どこからともなく取り出した。

 そして机の上にバーンと放り投げる。


 袋はゴールドの重みに破れて、台の上に洪水の如く流れだした。


「えええええ!?」

 

 流石に俺もフィーリアも目が点だ。


「ちょ、あの金が全部じゃなかったのか!?」

「店には運転資金が必要ニャろ? だから取りのけておいたのニャ」


「お前まさか……ネコババしようとしてた金じゃないだろうな」

「そ、そんなことある訳ないニャろ~」 

 

 レベッカは斜め上を向いて口笛をヒューと吹いた。


 怪しい、物凄く怪しい。


「ふむ。グローイン、勘定せい!」

 

 グローインが慎重にゴールドを秤で計算し始めた。


 しかし余りの大金で手が足りず、キーリやその他のドワーフ達が総出で作業に取り掛かる。やっとのことで清算が終わると、巨大な象牙製のハンコが絹を掛けた台に乗せられて、店の奥から運ばれてきた。


 親方は身体に似合わないソレを、ヨイショと持ち上げる。


「ベルニア・カザド鍛冶公司、無事代金を領収!」


 大きな声で宣言すると、親方は領収書にドカンと大きな判を押した。

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