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第46話 一番いいのを頼む

「頼もう!」

 相変わらず人がごった返しているドワーフの工房で、高らかに声を上げた。


 こんなセリフ、時代劇でしか聞かないと思ってたのに。

 まさか己が使う日がくるとは……人生わからない。


 それはともかくだ。

 今日は店を閉めて、食事もソコソコに朝イチで工房に乗り込んできたのだ。


 とっとと装備を売って貰おうじゃねぇか頑固鍛冶屋め!

 

 ヤル気をみなぎらせながら、フィーリア、レベッカと共に雁首そろえて待っていると、奥からグローインが出迎えた。

 今度はハンマーの洗礼を受けることなく、すんなりと奥に通される。


「待っておったのじゃ、ハンターの付き添いよ」

 

 相変わらずの低等身親方がクッションの小山に腰かけ、待ちうけている。


「これで……売ってください。足りますよね?」


「これだけあれば文句なしだろ」そう言わんばかりに麻袋に入れた金貨の袋を、ドサッと重厚な机の上に置いた。


「ふむ」


 親方は金貨を数枚取り出して、明かりに透かせたり擦ったりした。

 偽物かどうか確認しているのだろう。しばらく沈黙が流れる。


 俺達が汗水垂らした結晶だ、偽物な訳が無い。


 どうやら親方も金貨を本物だと見定めたようだ。

 ゆっくりと俺の目を見据え、口を開いた。


「よかろう。では参ろう」

「え……どこに?」


「ワシの部屋じゃ。もうそなたの装備をあつらえてある」

「お、俺の?」

「ワシが直々に作ってやったのじゃ、まあ見てみよ」

 

 彼女はぴょんと椅子から飛び降り、工房の奥へ俺達を案内した。


 通されたのは完成したハンターの装備がズラリと並ぶ、作品置き場である。


 それぞれがゲーム画面で見るものとは比べ物にならない存在感を放ち、鈍く光った。見知った武器、防具がアチコチに飾られ、ヲタクの血が騒ぐ。


「す、すげぇ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れた。

 親方は、得意そうだ。


「じゃろうじゃろう。どれも素晴らしい出来栄えなのじゃ!」

 

 部屋の装備を舐めるように見回っていると、中央に設えられたガラス張りの展示ケースが目に入った。中には銀色に光る装備が、大切そうに飾られている。

 

 良く見ると、丹念に作り込まれたアイアンアーマーだ。

 展示台の上で、キラキラと光っている。


 素晴らしい、見れば見るほどいい装備だ。


 この固い装甲ならラプトルなんぞ目じゃない。

 今の持ち金なら、クソ高いコイツでも余裕で買えるだろう。

 なら、することは一つだ。


 自信満々に、装備を指差した。


「じゃあ親方、俺はコイツを貰いますね」

「何を言っておる、それはダメなのじゃ」


「どういうことですか! 金はあるって言ったでしょう!?」

「こいつは、そこのエルフ用じゃ」

「ふぇっ?」


 一番驚いたのはフィーリアだ。

 こんなにいい装備を売って貰えるとは思っていなかったのだろう。

 それも犬猿の仲であるドワーフに。


「ほ、ホントにフィーのなのですかぁ!」

「うるさいエルフじゃ。何度も言わせるな馬鹿者」


「ふええ」

「グローイン、このアホエルフに着せてやれ」

「はい、親方」

 

 控えていたグローインが展示台からアイアンアーマーを下ろし、フィーリアに着せつける。

 フィーリアの大きな胸もすっぽり収まるところを見ると、特製の一点物なのだろう。それが証拠に、全身がぴったりとフィットするジャストサイズに仕上がっていた。

 

 丁寧な造りのアーマーは隅から隅まで磨き上げられていて、実際に着用すると格別に美しい。こうして見ると、普段のヘタレぶりなど微塵も感じさせない、立派な女騎士に見える。

 

 少しニュアンスは違うが、馬子にも衣装とはこのことか。


「はわわわ! 凄い、凄いです! カッコイイですぅ!」

 

 フィーリアは有頂天だ。

 親方は不機嫌な顔をしつつも、悪い気はしないらしい。


「当り前じゃ。ワシを誰だと思っているのじゃ」


 嫌いな相手に売るものでも、全力で造る。

 親方はまさに生粋の職人だ。


「見直しました。てっきりフィーリアには、適当な装備をあてがうのかと思いました」

「馬鹿にするでない。ドワーフは質実剛健、そして誠実なのじゃ」

 

 親方はそう言うと、部屋の壁にかかっている武器を取りに行った。

 

 帰って来た手に握られていたのは、美しい波をそのまま固めたような、銀の弓だ。華をかたどった繊細な彫刻が施された、高貴なデザインである。


「ほれ、ボケエルフ。お前さんの武器じゃ」


 そっけなく言い捨てつつも、親方は大事そうに弓をフィーリアに手渡した。


「こ、これ……フィーにくれるですか?」

「そんな訳あるか! 売ってやると言ってるのじゃ、ポンコツエルフ」


「ふぇええ」

「エルフのような臆病な輩に、近接武器は向いとらん。弓なら遠くから敵を狙えるし、エルフの小細工魔法を使えば、的に当てるのも簡単なはずじゃ」


「そ、そうなのですかぁ」

「本当にボンクラエルフじゃの。エルフといえば弓、それくらいドワーフも知っておる」

「はわわわ」   

 

 親方の毒舌も、今日ばかりはフィーリアに届かないらしい。

 彼女は流線型の美しい弓にすっかり見入り、夢中になっていた。

 その弓は良くフィーリアの手に馴染み、雰囲気もぴったりだ。


「使えば自分にあった武器だと解るはずじゃ」

「ありがとうございますです、親方さん。こんなにいい物を売っていただけるなんて、感激ですぅ!」


「フン。どれだけ道具が良くても、使うハンターがこんなチャランポランではな」

「フィー、ちゃんと頑張りますですぅ」

 

 フィーリアは涙ぐんでいた。

 これでヘタレを卒業してくれたら……言うことなしなんだが。


「泣くほどのことか、バカタレ。そうじゃ、一つ付け加えておくと、その装備は特注じゃ」

「サイズがぴったりの、一点物ってことですか?」


「それは一流の職人であれば当たり前じゃ。本当の意味での『特注』なのじゃ」

「本当の意味での、と、特注?」


 思わず聞き返してしまった。

 ゲーム内の鍛冶屋では、特注装備など造れない。

 しかし、この世界は違うらしい。


「コイツはヘタレそうじゃからな。遠隔武器用の装備ではあるが、装甲を限界まで固くしてある。軽量化に苦労したぞ」

「そ、そんなこと出来るんですか!?」


「ま、普通の職人なら出来ないじゃろうがな。ワシを甘く見るなよ」

「マジかよすげぇ」

 

 親方はツンケンしながら照れていた。

 ポッと頬を桃色に染めながらも、それを悟られまいとプイと横を向いている。

 

 照れた親方は、ものごっつい可愛い。

 ああ……、家に連れて帰りたい。こんな幼女のパパになりたい。


「そんなに褒めるものではないのじゃ。手間分のお代はガッツリ頂くからの」

 

 前言撤回、俺はこの子のパパにはなれそうにない。

 

 ガッツリ頂くって、どれだけ請求するつもりなんだ!?


「あの、ちなみにおいくらでしょうか……」

「何を言っておるのじゃ。これで驚いている場合ではないぞ」


「へ?」

「オヌシのはもっと凄い。グローイン、例のモノを」


 グローインは胸元から、金色の鍵を大切に取り出した。

 親方はそれを受け取ると、ずんずん部屋の奥に入っていく。


 立ち止まったのは、巨大な金庫の前だ。


「あの、これって」

「離れているのじゃ」

 

 そう言うと親方は金の鍵を金庫に差し込み、スッと取っ手を撫でる。


 すると巨大な扉がズズズと独りでに動き出し、瞬く間に開かれた。

 親方がランプを手に、金庫の中を先導する。

 

 薄暗い明りなので良くは見えなかったが、中には特に高級な装備が保管されているようだ。

 

 それぞれの装飾は更に緻密に、極彩色に彩られている。

 外に並んでいたものなどとは、比べ物にならない。


 ああ、もっと明かりがあればしっかり鑑賞出来るのに!


 装備に目移りしながらもはぐれないように進むと、親方がある装備の前で歩みを止めた。


「これじゃ、オヌシの目で確かめよ」


 得意げにランプを渡してくる。


「確かめるって?」

「オヌシの目の前の、装備を照らして見てみよ」

 

 ランプを受け取った俺は、装備が飾られている台を照らした。

 仄かな明かりが、じわじわと装備を舐めるように輝かせる。


「お、おおおおおおお!!」


 装備の全貌が見えた時、あまりの興奮に、思わず感嘆の叫びが飛び出した。


「どうじゃ、ここ一番の傑作なのじゃ」


 俺の反応を見た親方は、ニンマリと笑った。

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