第15話 お茶菓子はいただきもの

 ――数分後、オカン愛用のうさぎ柄バスローブを、裸の彼女に投げつける。


「いいからこれ着ろ、それじゃお姫様どころか痴女だぞ」


 バスローブに頭が埋もれて、オカンはフガフガともがく。


「ったく自分が幾つだと思ってんだ?」

 

 ブツクサと文句を言いながら、オカンに命じられた「飲み物」を見つくろいにキッチンへ出る。食料棚を開けて、ラインナップを確認した。


「フィーリアはコーヒー飲めるか?」

「コーフィー?」


「アッチにはないのか……? 苦い飲み物なんだが」

「ニガニガさんは、ダメですぅ」

「そしたら紅茶かな……」


 お茶を保存している箱を取り出す。

 中には常備してあるティーバッグが、ずらりと並べてあった。


 我が家はこういうところが、無駄にマメだ。

 インド産から中国産まで、取り揃えている。


「好きな茶葉とかあるか?」

「ベルニア・フレールが好きですぅ!」

「べ、ベル……?」

 

 聞いたこともない銘柄だ。

 異世界の紅茶なのだろうか。


「高いお山で採れる紅茶さんです、香りがとってもいいのですぅ」

「……ってことはダージリンが近いか」

 

 ダージリンはヒマラヤ山脈付近で作られる紅茶だ。

 標高が高いところで作られるといえば、この茶葉が一番有名だ。


 ダージリンの箱を選び取り、三人分のカップとお湯を準備した。


「オカンはどうするんだ、コーヒーか?」

「ふがふが、ぷはっ!」

 

 やっとウサギ柄から脱出したオカンが、バスローブを着つけながら言った。


「私もフィーリアちゃんとお揃いで!」

「はいはい」

 

 紅茶は温度が肝要だ。

 美味い茶を淹れるには、まずカップを温めなくてはならない。

 お湯をカップに注いで、しばし待つ。


「フィーリアはミルク使うか、砂糖は?」

「いいえ。フィーはストレートでいただきますぅ」


「え、フィーちゃんミルク入れない派?」

「はいですぅ。今の時期のお茶でしたら、ストレートが美味しいですぅ」


「あら本当にお姫様みたいねぇ。そんなの気にしたことなかったわ」

「ティーバッグだから時期とかわかんねぇぞ」

 

 そう言いつつ温まったカップから湯を捨て、沸きたての熱湯を滑り込ませる。


 これが重要、必ず沸き立てで淹れることが肝心だ。

 そして静かに、紅茶を沈めた。すかさずソーサーで蓋をすると、隙間からじんわりと芳しい香が立ちはじめる。

 フィーリアは、うっとりとした。


「この繊細な香り、素敵ですぅ」

「アッチの……、なんとかレールっていうのに似てるか?」


「はいですぅ」

「なら良かった」

 

 十分に茶葉が開いたことを確認してソーサーを外し、全員分のカップをちゃぶ台に運ぶ。浅めの茶の色が、白いカップに美しい。


 やっと見られる格好(といってもバスローブ姿だが)になったオカンは、小指をピンと立てて早速一口すすった。


「アッチアッチ!」

 

 格好つけて飲んだからか、冷ましもせずに一気に口に含んだらしい。

 直前まで沸いていた熱々の湯で淹れたのだ、熱いに決まっている。


「子どもじゃねえんだから、考えて飲めよ」

「ふぅ火傷しちゃったワ。フィーちゃんも気をつけてね」

「はいですぅ」

 

 フィーリアは流れるように、紅茶を口に含んだ。

 流石にエルフのお嬢様だけある。

 所作の一つ一つが優雅さに溢れて、安物の紅茶でも、とんでもなく高貴な飲み物のようだ。


 そうこうしている内に、真似をしてストレートで飲んでいたオカンが駄々をこね始めた。


「うーん、やっぱりお砂糖がないと渋いわね。お菓子よ光一!」

「やっぱ、言うと思った」


「何か無いかしら、おケーキとか」

「土産でもらった羊羹ならあるぞ」


「お紅茶なのに?」

「ダージリンなら、意外と合うけどな」

 

 キッチンから長い柵状の羊羹を取て来て、包んである銀皮を剥く。

 砂糖が効いた、固めの切りにくいタイプの羊羹だ。

 

 ナイフをじっとりと入れて切り分ける。


 小さな皿に極厚のものを二切れほど乗せ、爪楊枝と共に紅茶に添えた。


「これがヨウカンさんですかぁ?」

「羊羹な。豆を砂糖で煮詰めたものだ。コッチ独特のお菓子だと思う。」

「はわわ……」


 楊枝に刺した深紫色の物体を、フィーリアはマジマジと見つめる。


「確かに見た目は意味不明だよな。固いしネチャッとしてるし。普通はエルフが食うもんじゃねぇから、嫌なら置いとけよ」

「……はむっ!」

 

 フィーリアは意を決して一気に口の中に放りこんだ。

 黙ったまま、口をモグモグさせている。


 そして難しい顔で、ダージリンを一口啜った。


「やっぱ和菓子はきついか?」

 

 フィーリアは答えない。

 もう一口紅茶を啜ったところで、羊羹を食べきったらしい。


 やっと口を開いた。


「ねっとりはにゃ~んですぅ!」

 

 軒先で昼寝をするにゃんこのような、のほほんと和んだ笑顔だ。

 どうやら気にいったらしい。


「へぇ。和菓子がわかるなんて、変わってんな」

「初めての食感ですぅ。濃厚な甘さですが、一緒に飲むお茶さんがさっぱりしているので、とっても良く合いますぅ。にょほほんですぅ」


「まぁフィーちゃん、まるで日本人みたいね!」

「にょほほ~んですぅ」


「ママも食べちゃおう……う~ん美味しい! にょほほ~ん!」

「全くウチには変なヤツばっかり……」

 

 と言いつつ、俺も一口いただく。

 羊羹はねっとりと煮られた小豆の風味が強く舌にまとわりついて、どっしりとした甘さがあった。高級な豆なのだろう、味もしっかりしている。


「やっぱいただきものは上等だな」


 本来なら抹茶か緑茶と一緒に、というところだろう。

 しかしダージリンのあっさりとした味も悪くない。

 砂糖の甘さが中和されて、二口目、三口目が新鮮になる。


 しばらくの間、三人でモグモグとお茶を楽しんだ。

 オカンはお茶とお菓子を、次々とおかわりした。勿論フィーリアも。


「ったくあんだけ雑炊食って、どこに入ってんだよ」

「お菓子は別腹ですぅ!」


「そうよ光一、ケチケチすんじゃないわよ」

「してねぇよ!」


「ところで、フィーちゃんはいつから光一とお付き合いを?」

「今日ですぅ」


「まぁ! 出来たてホヤホヤね!」

「付き合ってねえ!」


「じゃあ年寄りはお邪魔かしら」

「キャッ、ですぅ」

「話を聞け!」


 全く女って生き物は、こんな中身のないことでなぜ喋っていられるのか。

 オカンは肘をついて、宝物でも眺めるかのようにフィーリアを見た。


「本当に素敵な女の子ねぇ。頑張ってこの子を育ててきて、本当によかったわ。きっと生まれる子も、モデルになるわね」

「お気が早いですぅ」

「ややこしいセリフを言うんじゃない!」

 

 オカンはニヤニヤしながら、俺とフィーリアを見比べる。


「ウフフ、この子は昔から照れ屋なの。ところで二人はどこで知り合ったの? 今流行りのアプリかしら。ネットで知り合うなんておっかないと思ってたけど、こんな可愛い子がいるんだねぇ」

「それがな、オカン」


 エルフも容認したオカンだ。

 ゲームの世界から出てきたと言っても、今更驚かないだろう。


 俺は腹をくくった。


「……ゲームなんだ」

「へ?」


「ゲームの中から出てきたんだ、フィーリアは」

「げ、ゲームの、中から……?」


「そう、だからこの世界の人じゃない」

「アンタ、そういう漫画とか小説の読みすぎじゃないの!?」


「そうだったらいいんだが、現実に起こってる。俺も正直信じられない」

「こ、この世界の人じゃないって……この子が?」


「だからエルフなんだ、わかるだろ」

「ふぃ、フィーリアちゃん……本当なの?」


「はいですぅ。フィーは異世界人ですぅ」

「い、いせ、いせかい、じん……フウンッ」

 

 オカンは目を回して卒倒した。

 ちゃぶ台の上に額がぶつかり、鈍い音が響く。


「えええええええ! 今ぁああああああ!?」

 

 俺も目が回りそうになった。


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