第14話 フィーリア・ジャンヌ・ド・ガブリエラ

「それが地毛なんて、羨ましすぎるっ!」

「は、はいぃ?」


 俺はずっこけた。「ずっこける」なんて現象は新喜劇でしか見ないと思っていたが、現実に起こり得ることだと初めて知った。


 錯乱してフィーリアに攻撃しようとしたんじゃなかったのか?

 息子の心配をよそに、オカンはフィーリアの身体を撫でまわしている。


「この金髪、なんて綺麗なの……さらさらとして、まるで絹糸みたい。真っ白な肌はすべすべね。すらりと細くて……しかもボインちゃん! エルフっていいわねぇ!」


 俺は苦笑した。

 何を隠そう、自分がカスタマイズしたのだ。


 誰もが虜になってしかるべきだが、オカンに言われるとなんだか変な気分だ。


「く、くすぐったいし恥ずかしいですぅ。エルフなら普通ですよぉ」

「いいなあ、ママもエルフになっちゃおっかな!」

 

 俺は今まで重要なことを忘れていた、オカンが神がかった天然だったことを。

 この突っ込みどころ満載の状況を、いとも簡単に飲みこんでいる。


 それどころか、楽しんでいる節すらあった。


「その大きなお目め……宝石みたいな瞳ね、綺麗だわぁ」

「まぁ、そんな……」

 

 天然同士気が合うのか、二人は既に馴染み始めていた。

 オカンはフィーリアに対して、警戒心を解きだしている。


「もう、本当に宝石だったらおいくらの値段になるかしら!」

「がめついな、売れるわけねぇだろ」

 

 エルフの瞳を査定しようなど、アホとしか言いようがない。


「オホホ、冗談よ! でも300歳って本当なの?」

「エルフなら当然ですぅ」


 俺は改めて、どう見ても少女にしか見えないフィーリアの容貌を見まわした。


「ガチのガチで三百歳なのかっ?」

「はいマスター。そんなに驚くことですかぁ?」


「いや、俺33歳だし」

「ま! マスターお子さまですぅ!」

「うーん、コッチではそこそこおっさんなんだが」

 

 オカンは腕を組んで、うんうんと揺れながら唸った。

 何か真剣に考えているようだ。


 しばらくして、口を開く。


「……ワンちゃんやネコちゃんみたいなもの、なんじゃないかしら」

「は? 犬猫?」

 

 何を言い出すんだこのオバハンは。


「ほら、人間の一年が、あの子たちには七年とか八年にあたるっていうじゃない?」


 オカンはこういう時、驚くほど柔軟だ。

 正しいかは定かではないが、俺は妙に納得してしまった。


「ママの目だと、どう見ても彼女、15、16歳みたいだわよね」

「ってことは……俺の一歳=フィーリアの二十歳みたいな感じか?」


「あら光一。本当にこの娘っこ、彼女なの?」

「ちげぇよババア!」


「結局この人誰なんですかぁ」

「さっきからママって言ってるでしょ、アタシは光一のママなの!」


「こんなちっちゃなママいないですぅ!」

「いや、フィーリア。ガチで俺のオカンだ」

「!?」 


 フィーリアは驚いて口をパクパクさせた。


「フィーリアの世界とコッチの世界では、年齢の設定が違うんだよ」

「設定さんですか?」


「ああ、ちょっと語弊があるかもだけど。あくまで仮説だが、たぶん俺はソッチの世界だと660歳くらいじゃねぇかな」

「!」


「オカンは……1100歳?」

「!?」

 

 フィーリアはあんぐり口を開けた。


「本当に、ま、マダムなのですね。失礼しましたですぅ!」

 

 思いっきり頭を振り乱して額をちゃぶ台に擦り付け、御辞儀をした。ただの天然おバカかと思いきや、目上に対して敬意をしっかり払うタイプのようだ。


「そのお歳でこんなにお若いなんて、ママさん凄いですぅ!」

「あら、そう?」

 

 オカンは満面の笑みである。

 可愛くて若い女の子に褒められるのが、オカンは大好きだ。


「こんな素敵なマスターをお育てになるなんて、マダムは素晴らしい方ですわぁ」

「もう、マダムだなんて」

「本当ですぅ」


 フィーリアはわかっているのかいないのか、人の懐に入るのが上手い。

 オカンはみるみる内に上機嫌になって、俺に茶菓子など出させようとする。


「何してるの光一。この可愛い娘さんに何か飲み物を勧めてあげなさい」

などと偉そうに俺に指図するが、なんせ素っ裸だ。


 全く説得力がない。


「それよりまず服着ろよオカン、もう若くねぇんだから」

 

 暑くなってきた時期とはいえ、流石に風邪を引いてしまうだろう。


「ええ……メンドクサイ」

「初対面の相手の前なのによく裸で平気だな!」


「だってこの娘(こ)はもう私の子どもみたいなもんだからね」

「いつお前の娘になったんだよ!」


「はて、そういえばお名前はなんだったかしらね?」

「そうですぅ、名乗りもせずに失礼いたしましたですぅ」


 フィーリアは再び、丁寧に三つ指をついて御辞儀した。

 オカンも何故か一緒に三つ指をつく。


「フィーリア・ジャンヌ・ド・ガブリエラと申しますぅ。お世話になりますぅ」

「あら長いお名前、お姫様みたいね。私は春田さくら、1100歳よ。オホホホ」


「マダム・ド・さくらですわね、以後お見知りおきをですぅ」

「ま、私もお姫様みたいねぇ」

 

 オカンはお姫様のように手をひらひらさせて、王族っぽいポーズをとった。

 繰り返すが、彼女はまだ裸だ。

 

 俺は見兼ねて服を取りに行った。


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