第10話 何事もタイミング

「マスター! とうとう、フィーやりましたぁ!」


 フィーリアはまるで無邪気な子どものように、ウキウキしていた。「ヤッタ~!」と喜びながら、狭いキッチンではしゃいでいる。


 卵を割るだけでこんなに嬉しいものなのか。


「よく出来たな、ウマいじゃないか」

「エヘヘ」

「じゃあ次は卵をといてくれよ」 


 俺は当たり前のように箸を一膳、手渡した。


「は、はいです……」


 しかしまたもフィーリアは固まってしまった。

 一向に動かず、箸を握ったまま卵とにらめっこしている。


 今度は何が問題なんだよ!


「ったく、何してんだ」

 

 俺はまたもイラついてきた。


「謎が、卵さんにあるのですか?」

「は?」

 

 全くもって意味不明だ。


「卵をとくとは、どんな謎なのですか?」

「卵の謎?」


「フィー、卵の解き方知りません!」

「解くって……あああ! その発想はなかった!」


 本当にフィーリアといるとイチイチ飽きない。

 そんな明後日の方向の考えをするなんて、思いもよらなかった。


「いいか。トクっていうのはな、問題を解くわけじゃない。卵をかき混ぜるって意味なんだよ」

「そ、そうなのですかぁ!」


「そんなことも知らねぇのか」

「ふぇっ……」


「わかったわかった! だから泣くな。とにかく箸を突っ込んでグルグルかき混ぜてくれ。黄身と白身が混ざるように」

「箸、というのは……この棒ですか?」


「そうだよ。あ、アッチでは使わないのか」

「フォークさんとか、スプーンさんしか使いません。後は手づかみですぅ」


「やっぱハンターはワイルドだな」

「そうですかぁ? フィーのお屋敷でもお料理によってはそうでした」


「お、お屋敷? フィーリアってもしかして……お嬢様!?」

「一応……そうなりますぅ」


「ハンターのキャラ設定どうなってんだよ!」

「設定?」

 

 従来の異世界ハンターでは、主人公ハンターの略歴などは存在しない。

 ただ「新米ハンター」という肩書きがあるだけだ。


 実はウラ設定があるのだろうか。


「ハンターがお嬢様なんて、初めて知ったわ」

「アチラの世界ではマスターが選んだ容姿を満たす者が、ハンターとして召喚されるのですぅ」


「異世界ハンターってそんな世界観だったのか……」

「フィーもそうやって選ばれたのですぅ」


「ま、注文通りといえば注文通りだな」

「はい、なんですかぁ?」


「いやこっちの話」

「卵さん溶きますですぅ」


 箸をグーの手で持ったフィーリアは、ぐるぐると鍋を混ぜるように卵を溶いた。その方法では効率悪いだろ、と言いたいのをぐっと堪える。

 また余計なことを言って泣かれても面倒だ。


 フィーリアが機嫌よくしている間に、雑炊の様子を見た。

 米はいい感じに煮えている。そこに塩、醤油、味醂を少々。


 スプーンでひと匙すくい、味をみる。

 うむ、いい塩梅だ。


「卵さん、溶きましたですぅ」

 

 フィーリアが卵液を差し出してきた。

 あの混ぜ方からすれば、良く溶けている。


「良く出来ました。さ、早速入れるぞ」

 

 鍋の火を止め、卵をツーッと円を描きながら流し込んだ。

 黄色が鮮やかに、粥の白の中に流れ出る。


 そのまま蓋をして、しばし待つ。


「マスター、混ぜ混ぜしないのですか?」

「ん、すぐ混ぜちまうと卵の味が強くなるんだ。それはそれでコッテリとしてウマいんだが、出汁の風味が負けちまうんだよな。出汁も卵も味わえる方が、俺好みだからさ」


「マスター博識ですぅ」

「博識ってのは違うだろ……さて、そろそろ頃合いだ」

 

 蓋を開くと、もわっと湯気が立った。

 卵の端が、少しかたまり始めている。

 雑炊に卵を混ぜこむと、マーブル模様に綺麗な色が広がった。

 

 再び蓋をして、蒸らす。


「まるでオートミールみたいですぅ」

「オートミールか。穀物の粥のことだよな、オーツ麦だっけ」


「美味しいんですよ。お砂糖とミルクをかけて甘―くするのが好きですぅ」

「うわぁメルヘン」


「このお粥さんもあまあまになるのですかぁ」

「残念だが、日本のは甘くしない」

「へぇ! 楽しみですぅ」

 

 しばらくして蓋を取ると、雑炊がふわりとウマそうな香気を立てた。


 通常卵は一個で十分なところを、フィーリアのために三個も使ったから全体的に黄色いが、まあそれも御愛嬌だろう。


「わぁ……美味しそうですぅ!」

 

 フィーリアはとろけるような眼で、鍋をじっと見つめている。


「どんくらい食う?」

「フィーはいーっぱい、いただきますですぅ!」

 

 フィーリア用のお椀に、たっぷりと雑炊を盛りつけた。

 その上に青ネギと刻み海苔を、ぱらりとかける。


「これは?」

「薬味だ。鍋の中に直接ぶち込んでもいいんだが、それだと辛みが飛んじまう。特にネギは、こうすると何とも言えない香りが立つんだ」


 黒塗りのレンゲを差し込んで、フィーリアに差し出した。


「熱いから気をつけろよ。あっちに持ってって座ってろ」

「はいですぅ、マスター」


 素直に雑炊を受け取ると、フィーリアは茶の間にちょこんと座った。

 俺も自分のを取り分けて、ちゃぶ台に置く。


 フィーリアは早く食べたくてウズウズしているようだ。


「早くいただきましょうっ!」

「そんなに焦るな、まだ雑炊のお伴が来てねぇからな」


 キッチンに戻り、二人分のグラスを用意する。

 そしてキンキンの氷水をナミナミとピッチャーに作り、ドンと机に置いた。


「雑炊のお伴は氷水に限る」

「ええと、さっきのお茶さんではないのですかぁ?」


「とりあえず食ってみろって、話はそれからだ。熱いから気をつけろ」

「はいっマスター、いただきますですぅ!」

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