第11話 はふはふ雑炊、グッと氷水

 フィーリアは早速雑炊を頬張った。

 立ち上る湯気が、彼女の頬を紅色に染める。


「はふっ、はーふっ!」

「おいおい、そんな急いで食べなくても」

 

 口の中の雑炊をゆっくり咀嚼しながら、フィーリアは大きく仰け反った。


「あーん、卵さんがマッタリとろけますぅ!」

「ウマいか?」

「はい、と~っても美味しいですぅ! おネギさんもシャキシャキで、いい香り……」

 

 彼女はハムスターのように口をパンパンにしながら、恍惚とした表情を浮かべる。


「な、俺の言った通りだろ?」

「はいですぅ! はふっはふっはふっ」

 

 早くも口の中の雑炊をすっきりと飲みこんで、再び頬張りにかかる。

 とびっきりの笑顔で美味しそうに食べるフィーリアを眺めていると、俺も急に食欲が湧いてきた。


 こんなのは久しぶりだ。釣られて雑炊を掻きこむ。


 うむ、良い出来だ。出汁がしっかり効いて、塩加減も申し分ない。

 海苔の香ばしさとネギの風味が、抜群に全体を引きたてている。大量に入れた卵がむしろ贅沢で、コッテリとした雑炊に仕上がっていた。


 これは、ウマイ。たまらずに、ガッガッと口の中に放りこんだ。

 腹と胃が温まり、優しい栄養が全身に行きわたるようだ。


「上出来だな」

「はふっ、ずるずる……あれ、鼻水さんが出ちゃいますぅ」


「あったかい物を急いで食べると、出るもんだろ?」

「そうなんですかぁ」


「やったことないのかよ。お屋敷では急いで食うことなんてなかったのか?」

「はい、怒られますですぅ」


「そらそうだわな」

「マスター、おかわりですぅ!」

「もう食ったのか!?」


 ぎゅるぎゅるる……、フィーリアの腹がまた鳴った。


「はふん……!」

 

 フィーリアは恥ずかしさに真っ赤になる。


「しょうがねぇな、お椀かせよ」

 二杯目の卵雑炊もたっぷり入れてやったのだが、スルスルとフィーリアのお腹に収まった。当然、三杯目が所望される。


 フィーリアにおかわりを盛ってやると、そこにポン酢を少々注いだ。


「これはなんですか、マスター?」

「一回食ってみ」

「ふぇええ」

 

 フィーリアは恐る恐る、ポン酢を混ぜ込んで口にした。

 その瞬間、大きな目を見開く。


「こ、これ美味しいぃです! 全然違うお味!」

「味が同じじゃ飽きるだろ? ちょっとテイストを変えると、また新鮮だ」


「なんですかこれ!」

「出汁と醤油、そこに柑橘類を入れたモノだ」


「レモンさんですか? こんなソースは初めてですぅ」

「レモンではないな。柚子とか、橙とかじゃねえか」


「フィーこれ大好きですぅ!」

「良かった」


「でも……舌さんがアチチになってきました」

「そら三杯も食えばそうなるだろ。ほら、ここで氷水だ。グッといけ」

 

 フィーリアはキンキンの氷水をグラス一杯、一気に飲み干す。


「ぷはぁ!」

「ウマいだろ」


「お口の中がさっぱりさんですぅ!」

「最高だろ?」


「はいです! それに、とっても良いお水さんですぅ!」

「いや、普通の水だよ」


「そうなのですか?」

「水道水でも、極限まで冷やせば風味を誤魔化せる。熱くて出汁が効いたものと一緒に飲めば、タダの水でも滅茶苦茶ウマい」


「お水おかわり!」

「はいはい」


「お粥おかわり!」

「まだ食うのかよ!」

 

 鍋に大量にあった雑炊はあっという間にカラになってしまった。

 まったくこの細い身体の、どこに入ったのか。


「ああ、お腹いーっぱいですぅ……。マスターは天才ですぅ」

「残り物くらいで、天才って言われてもな」


「こんなに美味しいご飯、病みつきですぅ」

「めっちゃ適当だぞ」

「フィーは幸せです、マスター……」

 

 食欲が満たされたからか、フィーリアの瞼がとろんと重くなってきた。

 ごろりと茶の間のカーペットの上に横になる。


 コイツ、完全に寝るつもりだ。

 

 時計を見やると、既にだいぶ夜が更けている。

 卵雑炊ひとつ作るのに、時間がかかり過ぎである。

 それもこれも、目の前の美少女ハンターとのアクシデントのせいだ。


 そしてもっと悪いことに、オカンが帰ってくる時刻が迫っていた。

 

 ここで俺のパニックがようやく顔をもたげた。


 ゲームからエルフが出てきて、ウチで服を着替え飯を食い、仮眠まで取ろうとしているこの状況。どこからどう考えても異常事態。


オカンに見られたら、一体どう弁解するのか。流石に天然のオカンでも、生の金髪エルフを見たら卒倒するか、泡を吹くか、警察に通報するだろう。そうなったら更に面倒なことになる。


 少々手荒だが、フィーリアの耳を引っ張って、大声でゆり起こした。


「おい、ここで寝るな!」

「むにゃむにゃ……」


「もうゲームの中に帰れ。たらふく食っただろ」

「ええ……、帰らないとダメですかぁ」


「当たり前だ! オカンが帰ってきたら面倒なんだよ」

「……マスターのお母様ですかぁ」


「そうだ。お前のことをなんて説明すりゃいいんだ」

「……フィーリアの、マスターさんですと言えば?」


「そんなエロゲみたいな解説信じる訳ないだろ!」

「ほえぇ……」


「寝ぼけてんじゃねぇ、いいからアッチに今すぐ帰れ!」

「はいですぅ、マスター……」


「3DLがあれば戻れるのか?」

「ああ……そうですね……はにゃぁ」

「変な声出すな! いいか、取ってくるからそれまでに寝るなよ。絶対寝るなよ!」

 フィーリアはそのまま起き上がろうともせず、横になったままだ。

 俺は慌てて自分の部屋に戻り、3DLをひったくって茶の間に戻った。


 しかしドアを開けたとたん、安らかな寝息が聞こえる。


「すぴぃー、すぷぅー……」

 

 床には愛らしいエルフが、黄金の髪を寝乱しながら横になっていた。


 男物のシャツを着てもなお、はち切れんばかりの胸のマシュマロが寝息に揺れている。真っ白でふわふわのお腹が放りだされて、おまけにパンティーもチラリ……。


 無防備なその姿、ご褒美なんてレベルじゃない。


 ヨダレを垂らしてがっつくのが、俺の嗜んできたエロゲの王道セオリーだろう。だが……。


「こんなの……俺の……」

 俺は目を伏せ、震える拳に力を込めた。爪が肉に食い込む。


 そして唇を噛んで叫んだ。


「俺の求めるエロじゃねぇええええ!」

 

 そうだ、そうなのだ。こんなのは真のエロじゃない。


「据え膳食わぬは男の恥」といわれようが知った事か。

 そんなもんはクソ食らえだ。


 ……俺はどこまでいってもエロスのプロ、紳士中の紳士なのだ。

 

 こんなわかりやすいエロに、がっついてたまるか。

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