第27話『人魚の怒り』
アリスリット号から放たれた閃光は海岸を一瞬で消滅させ、そこを起点に発生した爆発は島全体を飲み込んでいった。
各国から狙われるアリスリット号には自衛のための力が必要だった。そのために搭載された荷電粒子砲。しかし、ものがものだけにこれまで試射ができずにいた。彩兼にとって異世界の離島は恰好の標的であり、ついでにそこが危険生物の住処とならばまさに一石二鳥である。
そのはずだった……
(やばい! なんだこの威力!?)
VRシステムの中でその光景を目撃した彩兼は、予想を遥かに超えた威力に息を呑む。
「何かに掴まれ!」
彩兼が叫ぶ。そのコンマ数秒で高熱を帯びた衝撃波は発射地点であるアリスリット号にまで及び、船体が大きく揺れる。
「きゃぁぁ! 何? 何なの?」
「喋るな! 舌を噛む!」
カーボンジェルコートによってキャノピーが黒く遮られ、ファルカとフリックスには外の様子がわからない。それでもフリックスの反応は早かった。片腕でファルカを抱え、もう片方の腕でシートを掴んで体を支える。
やがて揺れが収まり、赤い非常灯が灯る操縦室の中は静寂に包まれる。
「無事ですか!?」
彩兼はかぶっていたVR筐体を外して操縦室を見回す。
「う、うん……」
「ああ、なんだったのだ……今のは……」
「すみません。俺の不手際です。使用した兵器に想定以上の威力があったため衝撃波がこの船にまで影響を及ぼしました……」
「何を言っているのかさっぱりわからん」
「そうだよ! 嵐の中にでも入ったのかと思ったよ!」
ファルカもフリックスも怪我はなさそうなのを確認すると、彩兼はモニターへと目を移す。
「ごめん、少しだけそのままで我慢しててくれるか?」
ふたりに外の状況を直接見てもらった方が早いが、すぐに外に出たり、カーボンジェルコートを解除するのは危険だった。荷電粒子砲は高熱だけでなく、少なからず放射線も発生させる。アリスリット号に搭載された荷電粒子砲にはそれがほとんど発生しないカラクリがあるのだが、すでに想定外が起こっているため安心はできない。
「アリス、船外環境はどうなっている?」
『……船外環境、周辺外気温82度、放射線量基準値内です』
船外の放射線に異常がないことを確認すると、彩兼は深く息を吐いた。
「荷電粒子砲、発射シークエンス終了。通常モードへ移行する」
『……荷電粒子砲発射シークエンス終了します……カーボンジェルコートを解除します』
カーボンジェルコートが解除され、キャノピーがクリアになる。
AIによる自動チェックでは異常はどこにも検出されていないことに彩兼は一安心する。だが外装への影響やM.r.c.sなど重要箇所は実際に人の目で確認する必要があった。
「船内の状態を見てきます」
だが、返事はすぐにない。ファルカとフリックスはキャノピーごしに見える外の様子に釘付けになっていたからだ。
「……何がおこったの?」
「わからん、何をしたらこうなる?」
2人が目にしたのは、赤い空に濁流でも流したかのようなに立ち上るきのこ雲だ。
しばし呆然とそれを眺めていたファルカだったが、彩兼のに対して声を荒げた。
「ねぇ! いったい何をしたのアヤカネっ!」
「ファルカ?」
「アヤカネはこの海でいったい何をしたの? 答えてっ!」
「落ち着くんだファルカ殿」
これまでの朗らかで能天気な印象からは考えられないほど激しく怒りを表し、目を吊り上げて彩兼に詰め寄る。見かねて間に入るフリックス。
「でもっ!」
「ファルカ殿」
彼女はまだ言いたいことはありそうな様子だが、フリックスに止められて引き下がった。
「メロウ族にとって海は大切な生活の場だ。彼女の気持ちもわかってやってほしい。そして俺からもこの状況がいかにして起こったのが説明してもらいたい」
「……もちろんです」
フリックスの口調は穏やかだったが、適当にはぐらかしたりできる雰囲気ではない。
彩兼も彼等とできるだけ協力関係にありたいと考えている。だから正直に事情を説明するつもりだった。
「まずは、安全確認を怠り、危険な状況に合わせてしまったことを謝ります。すみませんでした」
彩兼は腰をおって2人に向かって頭を下げる。
「ファルカ殿も俺もこの通り怪我はない。それについては気にしなくて構わん」
「ありがとうございます。それで、何が起こったかを説明します」
「ああ」
「うん」
ファルカもフリックスも真剣な表情で、彩兼の言葉を一語一句聞き逃すまいとする様子がうかがえる。
「荷電粒子砲……プラズマ化した重金属粒子を亜光速投射する兵器を使用しました。照射地点を中心に発生した膨大な熱エネルギーによって付近一帯の物質が雪崩を起こすように原子崩壊の連鎖をひきおこし、結果として島を焼き尽くしたんです」
嘘偽り無く、できるだけ簡単に今わかっていることを説明したつもりだった。
だがファルカとフリックスはさっぱりわからないという様子で顔を見合わせる。
「……ニホンジンは何を言っているんだ?」
「あたしに聞かれてもわかんないよっ!? アヤカネ! もっとわかりやすく説明してよ!」
おそらく基礎的な物理学もこの世界にはまだ存在しないのだろう。フリックスは困惑し、ファルカはますます機嫌が悪くなっているようだ。
仕方なく若干の虚構を織り交ぜる。
「でっかい雷をぶっ放したら、予想以上に威力があって島ごと吹っ飛ばしてしまった」
「「最初からそう言え!」」
2人の理解が得られたところで、彩兼はファルカに向かってもう一度頭を下げた。
「ごめん。決して海を荒らすつもりはなかった。俺もこんなに威力があるとは思ってなかったんだ」
「アヤカネ……」
ファルカは意外そうな顔をして彩兼を見ていた。強力な力を奮った後に奢ること無く頭を下げる。彼女にとってそれは新鮮で、意外なことだった。
「すみません。荷電粒子砲発射による周辺環境への影響を観測するため本船はここに留まります。間もなく日が暮れますし、帰りは明朝になりますがよろしいですか?」
「あ、ああ。俺は海の上のことは門外漢だ。任せよう、ニッポンジン。いや、アヤカネ船長」
「彩兼でいいですよ」
「そうか? 俺のこともフリフリでかまわんぞ?」
「そ、それは……長官と呼ばせてもらいます」
「ふむ。そうか……」
少し残念そうなフリックス。せめて名前で呼んでもよかったのだが、彩兼的に長官という呼び方がかっこよかったからそうしたかったのだ。
「ファルカもそれでいいか?」
「う、うん。ごめんねアヤカネ。アヤカネはあたし達を助けてくれたんだよね」
「……そのつもりだったんだけどな」
「アヤカネ、その気持だけでもあたしは嬉しいんだよ」
「許して、くれるのか?」
「うん……」
「ありが……っ!?」
彩兼の頬に柔らかいものが触れる。
「怒鳴っちゃったお詫び」
「あ、ああ……ありがとう」
そんな様子をフリックスは苦笑いしながら見つめていた。
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