第28話『マター』

 冒険譚の最後は大崩壊に大爆発。お約束だがそれが許されるのはフィクションの中だけだ。のこのこやってきたよそ者がそこに暮らす人々の生活を場を吹っ飛ばしてめでたしめでたし……現実でそんなことが許されるはずがない。


 危険な生物の繁殖地となっていたとはいえ、彩兼は島をひとつ吹き飛ばしてしまった。それがこの世界の生態系にどのような影響を与えるか現段階では見当もつかない。


 荷電粒子砲にしても初めての使用だったこともあり、発射時のデータに目を通す彩兼の顔は真剣だ。画面に映るデータとにらめっこしていたかと思えば、ものすごい勢いでキーボードを叩き、時にメモ帖にペンを走らせる。


 まさに鬼気迫るといった感じで作業をこなす彩兼。


 そんな彩兼を邪魔しないよう、異世界組のファルカとフリックスは静かにそれを見守っている。


 実際何をやっているのか彼等はほとんど理解できていなかったのだが……


 彩兼は頬に手をやりながらひとつ小さく息を吐く。


(荷電粒子砲の威力は精々空母のハートを撃ち抜ける程度だったはずだ。どうしてこうなった?)


 実は全然集中できていなかった。


(現在存在する戦闘艦に対して抑止力となる威力があればそれでよかったはずだ。戦略核兵器級のノーパン人魚のキスの威力はあきらかに過剰だ。それでは逆に彼女のいない男心を刺激して敵を増やすことになる……さすがの親父もそんな設計ミスを犯すはずがない)


 データを眺めながら、頬で受けた柔らかな唇の感触を思い出す。


 海外へ行くことが多く、欧米人の知り合いも多い彩兼はほっぺにチューには慣れていた。マウス・トゥ・マウスの経験もある。だからこれまでキスされてもそれほど意識したことは無かった。


 しかし、人魚姫の口づけは純情な王子の心を掻き乱した。


 当然嬉しい。だけど本気になってはならない。彩兼はいずれ日本に帰るのだ。ファルカはこの世界の住人でありしかも人魚だ。連れてはいけない。


 それに今日は人の死を目の当たりにしたばかりだ。


 そんな思いもあって彩兼は浮かれた心に蓋をしようとするが、それが中々に難しい。


(カーボンジェルコート消耗率27パーセント。随分削られたな。発射時のエネルギー量が想定の1万倍……)


 ……流石に目が冷めた。


「ってなんだそりゃぁぁぁぁぁ!?」

「えっ! なに!?」

「どうした!?」


 突然声を上げた彩兼にファルカとフリックスが驚くが、なんでもないように愛想笑を浮かべる。


(なんでそんなアホなことに……? 考えられる原因は……やっぱりマターか)


 島を消し飛ばしてしまうほどの威力を発揮した荷電粒子砲だが、実際にはあらゆる元素に擬態するマターの特性を利用した疑似荷電粒子投射砲と呼ぶのが正しい代物だ。


 本来マターを収集するための集光パネルを逆に利用し、太陽から受けるマターを標的に向けて照射する。そこに荷電粒子ビームを実際に投射するとマターは同質のエネルギーへ変化するため、最初は小さな威力でも発射後に威力を増大していくという仕組みである。


 雪玉を転がして大きくしていくようなものと言えばわかりやすい。


 アリスリット号の荷電粒子砲はあくまでも自衛用であり、威力は軍用艦船の装甲を抜ける程度を想定していた。それでも標的となった島の海岸一帯を焼き払うには十分だっただろう。


 しかし、実際発射された荷電粒子砲は、当初の予測を遥かに超えて戦略核兵器クラスの威力を発揮してしまった。


(原因は単純にマターの量が多かったという以外考えられない。この世界にあって地球に無いエネルギー。魔法の秘密を解く鍵はマターにあるのかもしれないな)


 魔力の正体がマターだとすれば、この世界の生物が不可思議な進化を遂げたり、魔法なる現象がまかり通っていたりしても納得はできる。


(まだ仮説の域はでないが可能性は高い。……まったく、こんなのどうやって見つけたんだよ親父……)


 実はマターについてわかっていることは少ない。M.r.c.sではその性質を利用してはいるものの、その実態を解明しているとは言い難い状態だ。


 本来なら何人もの研究者によって長い年月をかけて研究すべき代物だろう。しかし譲治はその存在を秘匿しており、マターを発見するまでの顛末についても、どこにも記録がない上に、彩兼がどんなにせがんでも教えてはくれなかった。


(マターだけでこの世界で言う魔法が成立しているとは思えない。精霊とやらも調べてみる価値がありそうだ。アリスリット号に積まれているM.r.c.sのようにマターを活用するための何か媒体があって、それが解明できれば魔法を俺でも使えるようになるかもしれない。地球科学では解明できないその力が手に入れば元の世界へ帰る手がかりも掴めるかもしれないな……)


 彩兼は思考を巡らせるうちに希望が見えてきた気がした。


 今はまだ仮説というより空想だ。しかし真っ暗な海を進む先に小さく故郷の明かりが見えたかのような、そんな温かい気持ちが彩兼の心の中に生まれる。


 祝福の鐘が鳴る。


 ぐぅ~。


「……またかファルカ」

「だって……」


 それはは美しき人魚姫のお腹の虫。昨日に続いて2度目である。

 この場にいた男2人の視線が彼女の白いお腹に集中する。


「ちょっと、あんまり見ないでよ! 昨日からずっと何も食べてなかったんだから!」


 昨日別れた後、ファルカはメロウ族の里がある北の海まで泳ぎそこで仲間に話をつけて回ってと、大忙しだったのだ。


「よし! まずは飯にしようか。細やかだけど俺達だけで打ち上げといこう」


 好奇心を満たす前に腹を満たせとは譲治の言葉である。要は健康管理が一番大事ですよ? という、熱中するとぶっ倒れるまでそれに没頭してしまい失敗することが多々あった譲治の含蓄ある言葉だった。


「でもみんな心配してないかな?」

「なら、ファルカが行って無事だって伝えてきてくれるか?」

「えー、あたしも今日はもう疲れたよー」

「なら、いいだろう?」

「そうだな。悪くない」


 フリックスの賛成も得られたためリアデッキにテーブルを出し、星空の下で3人で細やかな立食会を行うことになった。

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