第26話『荷電粒子砲』

「クレア、あの家の下だ!」

「らじょ~! 火精爆煙魔法弾すーぱークレアボム! どっかーーん!」


 当初は町のいたるところに潜んだマリンリーパーの発見に難儀していた警邏隊だったが、クレアとアズが戦列に加わったことで、状況が一変。サバミコの町で繰り広げられていた警邏隊によるマリンリーパーの殲滅戦、それも人類側の勝利で終わりが見え始めていた。


 アズが風の精霊による空間認識魔法、風精の眼シルフアイによって隠れたマリンリーパーを見つけ出し、クレアがそれを燻り出す。


 クレアが使うのは火精爆煙魔法弾すーぱークレアボムという音と煙を発生させる非殺傷系魔法である。彼女が得意とする火精誘導魔法弾ヘルファイアなどの強力な攻撃魔法は町を火の海にしかねないので使えない。だが、警邏隊のサポートとしてはこれで十分だった。


 アズの指示でクレアが魔法を発動。縁の下に隠れていたマリンリーパーが火精爆煙魔法弾すーぱークレアボムに驚き飛び出してきたところを衛士が仕留めていく。


「さんきゅーな! 流石マイヅルの生徒だぜ!」


 衛士達は彼女達に礼を言い、倒したマリンリーパーの始末を始めた。


 アズのおかげで隠れたマリンリーパーに不意を突かれることもないため、警邏隊の被害はほとんど無い。元より精鋭ということもあるがほぼ一方的な蹂躙になっていた。


 しかし町の外へと逃げ出そうとするマリンリーパーを追いきれない場合もある。


 数匹のマリンリーパーが衛士達の目をすり抜けて逃げ出そうとしていた。風精の眼シルフアイでそれを見つけたアズは魔法による攻撃を開始する。


「逃がすか! 風精誘導魔法投射スティンガー、マルチロック!」


 アズは腰に幾つも矢筒をぶらさげていた。だが肝心の弓はその手には無い。彼女は矢筒から矢をまとめて抜き取ると、それを無造作に空中へと放り投げた。それらの矢は風の精霊の力で一旦空高く舞い上がるとマリンリーパーめがけて飛んでいく。矢は正確に急所を射抜き、逃げようとしていたマリンリーパーを仕留めていく。


「アズたんかっこいい!」

「ふふん、まかせろ!」


 クレアの称賛に親指を立てるアズ。


 しかし、ここで少し油断があった。精霊の力を攻撃に使ってしまったため、アズは一時的に風精の眼シルフアイを使用できなくなっていた。そこに10匹以上のマリンリーパーが襲いかかってきたのである。衛士達もマリンリーパーの死体の片付けに忙しく彼女達はそのとき無防備な状態で、気がついたときにはもうマリンリーパーに囲まれてしまっていた。


「うにょぁぁああ!? ど、どうしよう!?」

「落ち着けクレア! どんぴょんだ!」

「ぅーぅ? どんぴょん?」

「ほらあれだ。ぴょんと跳んで地面がどっかーんてなるやつ」

「それ、地精爆裂散弾クレイモアのことかなぁ? あれ、町の中でやるとすっごく怒られるんだぉ?」

「いいからやれ! 死にたいのか!?」

「ひぃ! や、やだぉ……」


 泣きそうな顔をしたクレアが切迫した状況にそぐわないコミカルな動きでステップを踏み始め、アズは耳を塞ぎ地面に伏せる。


「いち、にの、さんで! 地精爆裂散弾クレイモア!」


 ぴょんと跳んで着地と同時に地面が大爆発を起こす。土煙が収まった後には、大穴が空き大量の土塊で周囲の民家や壁が破壊されていた。襲いかかろうとしていたマリンリーパーに至っては粉々に吹き飛んで、肉片あたり一面にこびりついている。


 まさに凄惨たるという言葉がぴったりな光景が広がっていた。


「あーあ、やっちまったな」

「ア、アズたんがやれって言ったんだぉ!」


 爆発音を聞きつけて警邏隊が慌てた様子で集まってくる。先頭に立っているのは警備部局長のべらんめえ男、ケニヒスだ。


「なんだなんだ!? っておい! お前らいったい何やらかしやがった?」


 状況を目にしたケニヒスは、最大限に眉間にシワを寄せた顔をバツの悪そうにしているふたりへ向ける。


「「ひぃぃぃぃ!?!?」」


 ふたりの魔法少女震え上がった。


 一緒に来た衛士は気の毒そうな視線を送っているが、彼女たちを弁護しようとする命知らずはいなかった。


「クレアがやりました」

「ぅーぅ。絶対言うと思ったぁ!」


 あっさりとクレアを売るアズに諦めたようなクレア。そして……


「おぉぉぉまぁぁぁえぇぇぇらぁぁぁかぁぁぁーーっ!!!!!!」

「「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!!!!!」」


 ケニヒスの眉間に凝縮された怒りが爆発したその時、ケニヒスの背後で空が光った。


 赤い空に一瞬眩い光が差し込んだかと思うと、その後、海の方角に空に向かって灰色の雲が登る。


 それには流石に誰もが言葉を忘れ、それに見入った。


「いったい何やらかしやがった……」


 怒りを忘れて呟くケニヒス。


 ケニヒスも、クレアもアズも、その場にいた衛士達もそれに応えること無く、ただ呆然とその雲を見つめていた。



***



 人が入ることのない深い森の中でマロリンは仕留めた獲物を食らう。囮のために狩った熊よりもさらに大きい。1トン以上ある巨大な野牛だ。それでも成体の皇狼と比べれば子犬ほどの大きさでしかない。


「マロリン、本当にいいの?」


 サクラの手には小さなナイフが握られていた。サクラは自分の血をマロリンに与えようとしたのだが、マロリンはそれを拒んだのだ。


 サクラが自らの血を与えようとしたのは、それによって自分の気を鎮め大切な友人や後輩を自分の牙から守ろうとしているのだろう。それをマロリンは理解している。


 そういったことはこれまでも度々あったことで、それによって救われたこともある。


 本来マロリンのような魔獣にとって人や魔族は餌でしか無い。人など食っても大して腹の足しにもならないが、魔族は別格だ。


 人から派生した魔族の血肉は魔獣にとって麻薬と言われている。強い依存性を持ち一度食べたらその味が忘れられなくなってしまう。


 マロリンはまだ食べたことはなかったが、知識としては知っていたし、皇狼として体が求める捕食衝動が無くなったわけでもない。特にサクラ、クレア、アズ。そしてファルカは魔族の中でもめったにいない上物だ。美味しそうで美味しそうで仕方がない。彼女達がご馳走に見えていた時期が確かにあった。


 だが、今は違う。サクラと出会ってからの歳月がマロリンを変えた。


 ナイトメア族は人や魔族の心を操る能力を持つ。しかしその力は魔獣には通用しないはずだった。


 ところがサクラだけはそれを可能とするだけの力を持っていた。


 マロリンがサクラに初めて出会ったのは10年前。マロリンがナイトメア族の里を襲撃したときだった。


 アルビノとして生まれたサクラはその見た目故に集落で孤立しており、里の者は当時6歳だった彼女をマロリンへの贄として放った。


 彼女が自身の強力な力に目覚めたのはその時である。


 最初はサクラの力によって保護欲と愛情を強制されたマロリンだったが、年月が経つうちに人間の言葉を覚え、文化に触れ、やがて人の男に恋をし、人間を愛するようになっていた。


 その体は皇狼であったとしても、彼女は高い理性と知性を持つ人間なのだ。


 ならば愛しい者が手に傷をつくり血を流す姿など見たいはずがない。


 巨大な狼の姿が霧散し、光り輝くような乙女の姿があらわれる。マロリンが人であったならば丁度彼女達と同世代だ。この姿はそれを仮定したものだとされている。


「マ、マロリン!? どうしたの!?」


 乙女へと変幻したマロリンは自分より少しだけ背が高いサクラを抱きしめて頬ずりする。


 こうして誰かを抱擁出来る喜びは何者にも代えがたい。


 急に甘えてきたマロリンに驚きながらもそれを受け入れるサクラ。


 マロリンが人に変幻メタモルフォーゼできるのはほんの10秒ほどだ。人の体ではその程度の時間しか皇狼の力に耐えられない。


 マロリンはその僅かな時間、愛しい少女のぬくもりを堪能する。それは血を得るよりもよほど満たされるものだった。


 空が光ったのはそのときだった。



***



 時間はサバミコの町でクレア、アズコンビがケニヒスに怒鳴られ、森でサクラがマロリンの抱擁を受ける少し前に遡る。アリスリット号の操縦室は静まり返っていた。


 せっかくマリンリーパーの繁殖地を見つけたというのにフリックスにもファルカにもすぐには打つ手がなかったからだ。


 繁殖地となっている離島には警邏隊もすぐに討伐隊を向かわせる事はできない。


 メロウ族も大技の後で疲労しており、今頃ねぐらに帰っていることだろうとファルカは言う。


 間もなく日が暮れる。そして朝になればここからまた腹を空かせたマリンリーパーの群れが町へ向かうことが想像できる。


 やむをえんか……


 単身島に乗り込もうとフリックスが口を開きかけたとき、彩兼の声を上げた。


「アリス、火器管制システム起動。荷電粒子砲スタンバイ!」


 荷電粒子砲。プラズマ化した重金属イオンを亜光速で発射するアリスリット号の切り札だ。彩兼は現状を打破するためその使用を決意した。


『荷電粒子砲発射シークエンスを開始します……キャプテンのVRリンク接続を確認しました。FCSを起動します』


 彩兼は頭にVRシステムの筐体を装着すると、筐体から彩兼の網膜を読み取られ、アリスリット号の火器管制システムが起動。船外カメラの映像が彩兼の網膜に直接投影されて、海の上に立っているかのように視界が広がる。


 彩兼の手にはパレットが握られていた。これがFCSと連動してトリガーとなる。


 彩兼が島へ視線を向けると、アリスリット号の船体もそれに同調して船首が島へと向けられた。


「砲門開け。射撃モード《デストロイア》」


『射撃モードを確認しました。コンデンサーへの充電を開始します。集光パネルを外部掃射モードで展開します。荷電粒子砲、砲門開きます』


 水素タービンエンジンが最大出力で稼動を始め、不穏な音と振動に包まれる船内。また船外では格納されていた集光パネルが開き、パーツが組み変わり砲身を形成する。


 荷電粒子砲には幾つかの発射パターンがあるが、彩兼はその中で最大の威力を持つ《デストロイア》へと設定。彩兼はパレットを発射方向へと向けて、慎重に照準を島の海岸へと合わせた。


『カーボンジェルコートの塗布を開始します』


 アリスリット号の白い船体が黒く染まる。


 荷電粒子砲発射時には、1億度を超える熱が発生するためそのまま撃ったらアリスリット号も大きなダメージを負ってしまう。


 そこで船体表面に電磁層を作り、そこに特殊な耐熱耐衝撃ジェルを塗布し固着させることで、荷電粒子砲の発射時に発生する熱と衝撃から船体を保護するための防御皮膜を生成する。それがカーボンジェルコートだ。


「え? なに?」

「ニッポンジンはまた何を始めたんだ……」


 漆黒の防御皮膜にキャノピーが覆われて外の様子が見えなくなると、流石にファルカとフリックスが動揺を見せはじめる。


「ふたり共落ち着いて。これからアリスリット号であの島を攻撃する」

「攻撃? 彩兼が戦うの?」

「ふむ。勝てるのか?」

「うん。それで少し揺れるかもしれないからふたり共どこかにしっかり掴まっていてくれ。大丈夫、すぐ終わるから」


 外が見えないためふたりにはこれから彩兼が何をするかがわからない。だが、何の不安もないことをふたりに伝えると、彩兼は再び意識を白骨の散らばる海岸へと向ける。


(生きている人間はいない……相手はあの化け物、ためらう理由は無い!!)


『コンデンサーへの充電率100パーセント。最終セーフティロックを解除しますか?』


「解除する」


『パスワードを入力してください』


「ルティア・ヴィンセント・クローネ・ゼファース・サーラ・アルシード・アリスリット」


 パスワードを設定したのは譲治だ。だが言葉の意味は彩兼も聞かされていない。ただ譲治からはとても大切な言葉だと聞かされていた。


『パスワードを確認しました。セーフティロックが解除されました』


「荷電粒子砲発射!!」


 トリガーを引く。


 あらゆる物質を塵に変える超科学の閃光が、異世界の海に放たれた。

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