第25話『メロウダンス』

 アリスリット号を飲み込もうとするかのように、無数のリーパーによる鉛色の影がまるで暗い雲のように広がっている。


「アヤカネ、もう少しゆっくり! リーパーがついてこれないよ!」


 ファルカは今アリスリット号の上部に上りそこから様子を見ながら支持を出していた。


 夕日を受けきらめくシャンパンゴールド髪を風になびかせて立つその姿は神々しさすら感じさせるが、振り返って見上げることは許されない。彼女の腰に巻かれたボロ布パレオも風に揺られ、むき出しになった白いふとももとその奥、見えてはいけないところが見えそうになっていたりする。


「ああ! まったく、難儀だなこりゃ!」


 いらついた様子でアリスリット号を操る彩兼だが、ファルカの姿が気になるのではなく、速度の維持が難しかったからだ。


 リーパーは手足を真っ直ぐ伸ばし、をするかのように海面を進む。


 メロウ族と同じく魔法によって海水を操って進んでいるようだ。速度は15ノット程度といったところで、船外機シードラだけでは追いつかれるがイオンパルスブースターだと突き放してしまう。群れの誘導には丁度アリスリット号が苦手な速度を要求されていた。


(日暮れまで後40分。燃料は問題ないけれど日が暮れると帰りが厄介だ)


 ファルカに言われるがままに船を走らせてから30分。既に丘は見えないが沖合10キロ程だろうと予想はできる。


 しかし、ここは見知らぬ世界の海であり、GPSどころか海図も無く、丘には船を導く灯台もない。日が暮れてから真っ暗な海原を進むには危険が伴う。


「ファルカ! あとどれくらいだ?」

「もう少しだよ! ほら!」


 アリスリット号の向かう先で何かが跳ねた。

 夕日の逆光になってシルエットでしか確認できなかったが、間違いなく人魚のものだ。


 アリスリット号に搭載されたスーパーマイクロ波レーダーはこちらを包囲する存在を探知していた。それがファルカの連れてきたメロウ族の仲間に間違いないだろう。その数はおよそ200。


「フリフリ様! 綱を斬って!」


 ファルカがリアデッキで待機していたフリックスに向かって叫んだ。


「うむ」


 静かに答え、太刀を振るう。その動きは目で追うことは出来なかったが、彼はアリスリット号に一切傷をつけること無く、刀身の長さよりはるか先を寸断してみせた。


「……まったく非常識な」


 種も仕掛けもまるでわからない芸当に、操縦席からモニターで見ていた彩兼が嘆息する。


(この世界の人達はおかしいと思わないのかね?)


 フリックスの絶技にもファルカは特に気にする様子もなく、船から切り離され沈んでいく熊の躯を見つめている。


 程なくしてそれに数多のリーパーが食らいつき、海面は血と夕日で緋色に染まる。


「……ひどいもんだ」


 500キロを超える大熊といえど、1万匹のリーパーを賄うには小さすぎる。興奮したリーパー達は僅かな餌を奪い合い、仲間に潰され圧死したものや仲間に食いちぎられたリーパーの残骸が周囲を漂う。


「アヤカネ! ここから離れて!」


 開きっぱなしだった上部ハッチから逆さまになったファルカの頭が覗く。


「あ、ああ。何をする気なんだ?」

「このあたりには急に深くなってる場所があるの。あんな魔獣は海の底に処分しないとね」


 そう言って白い歯を見せるファルカ。彩兼は軛から解き放たれたアリスリット号の舵を切る。


 メロウ達は囮の肉を貪るリーパーを囲み、踊るように周回を始めていた。すると海面が窪むかのように渦が発生したではないか。


 やがて渦は大きく広がりリーパーを飲み込んでいく。


 最終的に渦は直径100メートルを超える程にまで成長し、数万のリーパーは1匹残らず飲み込まれ海底へと叩きつけられていった。


 上半身が人であるメロウ族は肺呼吸で実は潜れる深さは人と大差がない。正当な進化を経ていないため、海洋生物としては歪で不完全な存在なのだ。クジラのように深く長く潜れるように体が出来ていない。


 それはリーパーにしても同様だ。一気に1000メートル近い深海に送り込まれてはひとたまりもない。


 こうしてリーパーの群れはあっけなく海の藻屑となったのだった。



***



「見事だ」


 渦が消え、静かになった波間を漂うアリスリット号。


 リアデッキから様子を見ていたフリックスの声がスピーカー越しに聞こえてきた。彩兼もフリックスの言葉に同意であったが、言葉を発する余裕がなかった。


 まさか彼女達にあそこまでの力があるとは思わなかったのだ。例え地球の船でも沈没を免れないい。天変地異にも匹敵する力ではないか!


 この世界の木造船など話にならない。フリックスが目をかけるのも当然だ。この国の海は彼女達人魚によって支配されているといっても過言ではない。


 そんな彩兼の意識は耳障りな警告音によって引き戻された。


『11時方向、2キロ先に特定害獣反応』

「何?」


 すでにリーパーは害獣としてデータをアリスリット号のデータバンクに登録されている。アリスリット号のセンサーが鳴き声からその存在を捕らえて警告してきたのだ。


「まだ生き残りがいたのか?」


 アリスの示す方向には周囲1キロもない小さな島がある。嫌な予感がした彩兼はその島へとアリスリット号を向かわせると観測用のドローンを飛ばす。そしてファルカとフリックスを呼んだ。


「どうした?」


 彩兼の招きフリックスが操縦室に入ってくる。長身の彼にはかなり窮屈そうだ。ファルカも仲間の元へは向かわなかったようで、フリックスの脇をすり抜けるかのように入ってくる。


「これを見てください。これにはあの島の現在の様子が映されています」


 そのモニターに映っているのは島に接近したドローンからの映像だ。


 フリックスもファルカも彩兼が扱う文明の利器への驚きや興味もあっただろうが、ひとまずそれを脇においてモニターの映像を凝視する。


「うっ……」


 ファルカが気分悪そうに目をそらしたのも無理はない。


 潮の流れの影響だろうか? その島の海岸には様々なものが流れ着くらしい。


 挫傷した船、大型生物の死骸、流木と白骨にまみれた浜辺には無数のリーパーの姿が確認できる。


 彩兼がフリックスに顔を向けると、彼もうなずく。


「長官、どうやら見つけたみたいですね」

「ああ。あの島が奴らの繁殖地だ!」

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