第18話『フロッグハウスの人々』

「こいつは旨そうですね!」


 運ばれて来た料理に彩兼は目を丸くする。

 陶器の皿に乗せられていたのはなんとハンバーグステーキだった。ボリュームたっぷりの猪肉のハンバーグである。

 それにバケットと野菜炒めとスープ。

 バケットは地球にあるものとほぼ同じ。この国の食卓に欠かせない主食だそうだ。

 野菜炒めはネギと玉ねぎと豆、ブイヨンに塩で味付けされたスープもネギと玉ねぎと豆。

 使うのはナイフとフォーク。スープにはスプーン。全て木製だった。


「「「いただきます!」」」


 この国にも作り手や食材に感謝する文化があるらしい。驚いたことにそのときの言葉は日本語で「いただきます」なのだ。この世界に彩兼以外の日本人がかかわっていることは間違いない。


 若い男3人は、早速メインのハンバーグを口にする。


「うーーん、旨い!」

「気に入ってくれたかい? アヤカネ君」


 つい口に出てしまうくらい美味しい。


 ただ残念なのは地球にある食材や調味料を使えばもっと美味しくなるだろうと感じたことだろう。


 もちろんこの世界で創意工夫を繰り返して発達した食文化を地球と比べて甲乙つけようというのは野暮であると思う。しかし、ハンバーグには香辛料が使われていないようだ。だからこそ惜しい。


(胡椒が無くてもそれを補って十分旨い。使われているのは酒とにんにくと……)


 かみかみ、もぐもぐ。咀嚼のたびにクセのある肉の味が口に広がる。猪のひき肉と刻んだ玉ねぎ。パン粉、玉子は日本のものでは無いため彩兼が知っているハンバーグの味とは大きく異なる。だが日本人の彩兼にとって違和感なく美味しいと感じる。そう、あまりに違和感がなかったため、それにすぐに気がつかなかったのだ。


「この味、醤油ですか!?」


 日本の食卓に欠かせないソイソース! 海外に出た日本人が味噌と共に求めてやまない伝統調味料。それがこの世界にもあるというのか!?


「醤油がどうしたんだい?」

「アヤカネさんの国には醤油もあるんですね。本当に似てるんだなぁ」

「……なんてこった」


 この国で醤油はごく一般的な調味料だという。あと、話を聞いてみると味噌もあるらしい。これなら日本人の彩兼がこの世界に長期滞在になっても故郷の味に飢えるこ事はなさそうだ。


 しかしそんな話をしている間に衛士2人の前にある皿は既に空になっていた。


「「ごちそうさま」」

「早いよっ!」


 選ぶのも早かったが、食べ終わるのも早い衛士2人。結構な量があったにもかかわらず10分とかかっていない。

 彩兼はまだ3分の1も食べ終えていなかった。


「美味かったよルワちゃん」

「もーー。本当にちゃんと味わってるんですか?」

「早く食べるのも衛士の仕事なんですよ」

「それは聞き飽きました!」


 食器を下げに来たルワとラッテ。共にジト目である。

 お店側としては客の回転が速いのは悪いことではない。礼儀も正しいし絡まないし支払いもしっかりしている衛士は良いお客さんである。


 しかし彼等はとにかく食べるのが早い。時間がもったいないとばかりに料理を胃に詰め込むとさっと会計を済ませて店を出てしまう。


 せっかくの料理なんだからもう少し味わって食べて欲しいというのもあるが、ラッテとしては気になる人ともうちょっと長く接していたいと思うのだった。


 待たせては悪いと食べるペースを速める彩兼だったが、パンもハンバーグも噛みごたえのあるもので彩兼は喉を詰まらせる。


「ンガググ……」

「わ! 大丈夫ですか!?」


 ルワが水を持ってきた水で流し込んでほっと一息。


「ゆっくり食べてればいいよ。俺たち調書の準備してまた来るから」

「はい。僕たちの分までじっくり味わっていってください」

「「もーー」」


 可愛らしいウエイトレスに呆れられながら会計を済ませると、すたこらさっさと店を出ていってしまうチョウタとシラベ。彼らは撤収も早かった。



***



 同日夕刻。

 以下はフロッグハウスの一室にて行われたサバミコの町近辺の森で起きた乱闘事件の事情聴取の様子である。


 担当、チョウタ一等衛士。手記シラベ二等衛士。


「つまりは、最初から暴行に及ぶつもりはなかったと?」

「ええ。大体最初に槍持って襲ってきたのあれ。ちょーさんだったじゃないですか」

「ああ……、ふむふむ。そうだったっけ? では、その後衛士3人に危害を加えたことに関しては?」

「あのおっかない長官様が『やれ!』って部下をけしかけたんですよ」

「……ああ、ふむふむ。ああシラベ、そこのとこ書かなくていいから」

「はい、心得てますよ先輩」

「いいのかよ! それで!」

「まあまあ、あの人見た目怖いからいろいろ誤解されやすいんで」

「誤解じゃなくて現に……」

「まぁまぁ、ところでホワール士長が最初に妙な武器で攻撃されたそうだけど何をしたんだい?」

「テイザーガンといって強い電流を流して相手を気絶させる俺たちの世界の護身具です」

「電流?」

「ええ、あの時は50万ボルトで使用しましたね。ああ、ボルトというのは電圧のことで……」


 以下中略。


「オームにジュール……? あー、シラベ今のとこ書いたか?」

「ごめんなさい。さっぱりわからなくて書いていません」

「そうか、まあいいか。……では取り調べはこれで終了。ご協力ありがとうございました」

「え!? もう?」

「うん。この件は不幸な行き違いだし、幸い重傷者も出ていないしね」

「なんか都合の悪いこともみ消そうとしてませんか? 問答無用で襲ってきたのそっちですよね? 俺、被害者だと思うんですけど」

「やだなー、人聞きの悪い。まぁ、こっちも悪かったと思ってるからさ。この町にいる間の滞在費持つってことで、堪忍してよアヤカネ君」

「もー、しょうがないなー」

「シラベ、例のモノは?」

「はい。ちょうど出来上がったようですね」

「失礼します。カツ丼お待たせしました」

「ありがとうラッテ」

「……あの、ちょーさん達、本当に仕事してるんですか?」

「してるしてる」

「これでも取り調べ中だよ」

「ほんとかなぁ?」

「こ、これは醤油カツ丼! 越前大野が聖地を目指して全国にアピールしているB 級グルメが何故ここに!?」

「え? カツ丼っていえばうちはこれよ? 他にあったかしら?」

「俺は聞いたことないな」

「異世界では普通に全国区だった!?」

「あ、以前北の方ではソースでかけるっての聞いたことありますよ」

「本当かい?」

「へー、今度エルさんにも聞いてみよう」

「で、お味はどうだい? アヤカネ君」

「うーん! 旨い!」



***



 警邏隊はどうやら事を大きくするつもりはないらしく、取り調べは実質形だけのものだ。そうでなければ若いチョウタ達に任せられることはなかっただろう。


 余談であるが、今この時も警邏隊はリーパー大襲来に備えて昼夜を問わない警戒態勢を敷いている。


 チョウタとシラベもそのローテーションに入っており、呑気に遊んでるように見えるが実は休憩時間を割いてこうして調書を取りに来ているのだ。

 市民を守る警邏隊員、わかりづらいところで頑張っていたりする。


 取り調べ(のようなもの)が終わるとチョウタもシラベもすぐに店を出て行った。


「シラベさんが心配?」

「わ、ごめんなさい!」

「いや、こっちこそ驚かせてごめん」


 玄関まで2人を見送った後、ラッテはその扉を見つめたまま佇んでいた。

 それは無意識だったようで、声をかけたことで驚かせてしまったらしい。


 彼女とシラベがお互い好意を持っているのは彩兼もすぐに気がついた。


 2人の関係は顔見知り以上、恋人未満。そんなところか?


「警邏隊の皆さんなら大丈夫に決まってます。でも、わかっていても、それでもなんだか不安で、落ち着かななくて……ごめんなさい! 今日会ったばかりのお客様に言うようなことではないですよね」


 マリンリーパーは十分な備えをして挑めばそれほど脅威となる魔獣ではない。大量発生したとは言え所詮は数が多いだけだ。警邏隊が遅れを取ることはまずない。海から上がってきた連中が尻尾を巻いて逃げ出すまでにどれだけ駆除できるかという話でしかないのだ。


 しかし彼らが危険と隣り合わせでいることに変わりはない。


「いえ、お気になさらず。現地の人の悩みを聞くのは冒険者の嗜み。俺でよければいつでも相談にのりますよ。もっとも大して力にはなれないでしょうけどね」


 他人の恋愛相談など、自身に恋愛経験の無い彩兼にはそもそも難しい。


 つい先日彼女が出来たという幼馴染に対して某国のスパイであると疑ったばかりだ。


「う~。アヤカネさんカッコイイし、そういう経験豊富そうですもんね。あ、実は何度も女性を泣かせてきたとかですか?」

「そ、そんなことないですよ……」

「ほんとですか?」

「本当ですって」


 思わぬ返しを受けてしまった彩兼。結局ラッテもそれで自室へと戻っていった。


(シラベさん。無事帰ってきてくださいよ? そしてどうか2人に幸せな結末を……)


 これまでお互いの想いを伝えられなかったシラベとラッテ、けれど明日には変わるかもしれない。彩兼はそう予感した。



***



 そして時間は流れてすっかり日が暮れた頃……。

 彩兼は星空の下で湯に浸かっていた。


「お湯加減はいかがですか?」

「とても気持ちがいいよ。ありがとうルワちゃん」

「いいえー」


 風呂は五右衛門風呂だった。

 自分は汗だくになりながら湯を沸かすルワの姿に身も心も温まる。


 こうして風呂を堪能した彩兼、ルワに冗談で「一緒に入ろうか」と聞いたところルワは真っ赤になって「あわわわ」し始め、それをどこからか聞いていたエルが「ではわたくしと」と言い出したものだから、「ごめんなさい!」とその場で土下座。


 変わって2人のために湯加減を見させて頂く。


 最初は「お客様にそんなことは」と言っていたエルだったが、これも経験だからとお願いしたらようやく了承してくれた。


 費用は警邏隊から出すという話ではあるが、それは元々は町の人が支払った税金であるはずだ。

 どっかの妖怪気分で幼女の沸かした風呂を堪能していていいはずがない。


「火起こし、湯沸しは冒険者の嗜み! ……湯加減はいかがですか?」

「えぇ、お上手ですねアヤカネさん」

「気持ちいい……」


 彩兼が沸かす五右衛門風呂の釜の中で母娘仲良く気持ちよさそうに釜茹でになっている。

 どうやら満足いただいているようだ。


 竈の扱いも慣れたものの冒険者鳴海彩兼。


(フィールドワーク中に風呂に入りたいって言い出した弥弥乃のためによくやらされたしな。ドラム缶風呂)


 妹様の我が儘聞いてるうちになんとなく身に付いたスキルは枚挙に暇がない。


 しかしこうして頭だけ出ているとこの2人の区別が全然付かない。

 彩兼の母親のティーラも若く見えたが、エルも中々のものである。


 ちらりと2人の裸が見えた(偶然である)が、これまたほとんど見分けがつかなかった。むしろ娘さんの方が……いや、きっと湯けむりがみせた幻覚だろう。



***



 宛てがわれた部屋のベッドに横になる。


 フロッグハウスでは2階部分が宿になっている。5部屋あるというが彩兼の他に客は無く空室だそうだ。

 魔獣騒ぎで人が来ないとラッテは言っていたが、元々この町に他所から人が来ることが稀だそうで、部屋が埋まることなど滅多にないらしい。


 この世界の繊維産業はかなり発達しているようで、綿の布団が一般にまで普及している。


 日本でも庶民にまで布団が広まるのは明治に入ってからのことなので、この世界の文明レベルは彩兼の知る地球の歴史に当てはめて考えることはできないのかもしれない。


 電気も普及していない中世レベルの文明なのにそこに暮らす人びとの生活はやたらと豊かだ。


 かと思えば治安を守るべき兵士……この世界では衛士と呼ばれているが彼らの装備は埴輪レベルで武器の類はそれほど発達しているように見えない。


(産業、文化、技術の発達がちぐはぐすぎる。思い当たることといえばこいつだが……)


 彩兼はスマホを取り出すと、そこに保存された動画を再生する。土星のようなリングを持った多面体の未確認飛行物体。

 こいつのせいで彩兼はこの世界にやってきた。

 想像もつかないほど高度なテクノロジーで作られた人工物であることは間違いないが、この世界とどのような関係があるのかがまだわからない。


(まずはマイヅルとやらに行ってみないとな)


 ……こうして異世界での1日は過ぎていった。

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