四話:君の心は

「それにしても結婚か……」


「何? キミも結婚とか憧れる?」


「いや、全く想像できないってのが正直なところかな。僕、まだ学生だし」


 確かにそうだ。私はもう25歳で、彼はまだ18歳なのだ。私ぐらいの歳になれば、目の前に『結婚』という二文字がちらつくらしいが、彼にはまだ縁遠い話だろう。


「それもそうね。じゃあ、キミは結婚とかってしたい?」


「そうだな……憧れはするんだけど、お姉さんの話を聞くとね?」


「あら、私みたいなののせいで諦めるのはもったいないよ?」


 そう、結婚というのは素晴らしいものなのだ。私の場合が特殊なだけで、世の中には素晴らしい恋をしている人など沢山いる。


「で、結婚とかしたいと思う?」


「おう、結構突っ込んでくるね……結婚はしたいと思うよ? けど、相手を探すのが大変そう」


 確かに、婚活とかで苦しんでる友人は沢山いたな……けど、結婚したいと思えばある程度はなんとかなるものだ。


「だから、いい相手がいれば結婚したいと思うかな」


「それ、結婚できない人の常套句だからね? けど、キミなら引く手あまたかな」


「まさか。僕なんて全然モテないからね?」


 違う、それは彼が鈍感すぎて気づいていないだけだ。彼に言い寄る人はたくさんいるのに、その鈍感さに心を折られてるだけだ。


「そうか……気づかなかったよ。なんだか複雑だな……」


「もっと周りに目を向けたほうがいいかもね? 身近に、思わぬ出会いがあるかもよ?」


「出会い? あると嬉しいけどね……そんなことよりも、お姉さんは今のままでいいの?」


 ふと真面目な表情で問うて来る彼。いきなり、どうしたのだろう。


「お姉さんは望まない結婚をさせられて、こうして年端もいかない僕に愚痴って。そんなの、やっぱりおかしいよ」


 少年らしい、彼らしい潔癖さ。それがどこか眩しくもあり、恨めしくもある。


 もう、私は諦めてしまったから。


「結婚なんてあの人も、私も望んでないのよ。けど、周りが望んでいるとしたら?」


 私の言葉に、彼は怪訝な表情を浮かべる。そりゃそうだろう、こんなこと、そうそうあるはずがないのだから。


「私の父が、あの人の父親に借金してるらしくてね。もう首が回らないってことで、私をどうしようもないバカ息子にあてがって返済の代わりにしようってことらしいわ」


「そんなの、お姉さんは全く関係ないじゃん……」


「そう、関係ない。けど、私が拒めば父がどうしようもなくなるのも事実なのよ。どれだけどうしようもない父親でも、私の親であることには変わりないのよ」


 逃げようと思えば逃げられるし、本当に嫌なら絶縁でもすればいいのだ。しかし、実の親を見捨てるのはどうにも寝覚めが悪いのだ。それに、あの人の元にいれば、生活に困ることはないのだから。


「———借金って、いくらぐらいなの?」


「え?」


 彼の唐突な言葉に、固まってしまう私。


「お姉さんが望まない結婚をしなきゃならないのは、借金があるからなんでしょ? なら、その借金さえなければ自由になるわけだ」


「ちょっとまって、キミは全く知らない人のために大金を払おうというの? 一時の同情で言ってるだけなら、そういうのはやめてほしいな」


「そんなんじゃない。僕は本気だ」


 そう、彼は同情なんかで言ったりしない。そんなことはわかってたけど、それでも私のプライドが許さなかったのだ。


「それでも……キミに大金を用意するだけの力はないでしょう? 親御さんも、きっと許しはしないわ」


「それでも……いつか、お金を用意できたら……」


 気持ちはとても嬉しいし、彼のことだから実現してしまうような気もする。だが、何がそこまで彼を駆り立てるのだろう。


 彼にとっては、『私』は見知らぬ人間のはずだ。


「何でそこまでしてくれようとするの……?」


「んー、ちょっと秘密。けど、僕は諦めるつもりはないから。ちゃんと待っててね」


 そう言いながら笑う彼は、私が見たどの彼よりもカッコよくて、思わず見とれてしまったのは内緒である。

 

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