第9章 心地いい曖昧な関係

第18話 心地いい、曖昧な関係

 たもっちゃんにフラれて、貴臣君の前で泣きじゃくったあの日から数か月が経った。

 色づいていた紅葉の葉も散り、気付けば季節は冬を迎えていた。

 当たりの様子はどんどんと移り変わっていくのに、私はというと何も変わらない日々を送っていた。

 朝が来れば学校に行き、たもっちゃんの授業を受けて、放課後はゆきちゃんや美咲とお喋りをして帰ってくる。

 もちろん貴臣君とのだってそうだ。友達というには近すぎて、でも付き合っているわけでもない。そんな曖昧な関係を続けていた。

 そして今日も、スマホには貴臣君からのメッセージが届いた。


『今週の日曜日って暇?』

『暇だよー』

『どこか行かない?』

『水族館がいいな』

『おっけー』


 私は返信を送ると、カレンダーに丸を付けた。

 二週間ぶりの貴臣君とのお出かけ――。はやる気持ちを抑えきれず、私はクローゼットを開けると、当日の洋服を選び始めた。



 お出かけ当日、待ち合わせの駅に着いた私は、貴臣君の姿を探した。


「まだ来てないのかな……」


 きょろきょろと辺りを見回してみるけれど、貴臣君の姿は見当たらない。

 とりあえず待とうかな――そう思った私に、誰かが声をかけた。


「すみません」

「え……?」


 顔を上げると、そこには知らないお兄さんが立っていた。


「あの……?」

「このお店に行きたいんだけど、分かりませんか?」


 そう言ってお兄さんが見せたお店は、少し入り組んだところにある最近話題のお店だった。

 私もゆきちゃんや美咲と食べに行ったけれど、話題になるだけあってとっても美味しかったのを覚えている。


「あ、そこならその路地を――」

「え、どこですか?」

「だから――」

「……分かりにくいんで、一緒に来てもらえませんか?」

「え、でも……」


 貴臣君との待ち合わせ時間はもうすぐだし、この場所を動きたくなかった。

 目の前で困っている子のお兄さんには申し訳ないけれど……。


「すみません、待ち合わせしてるのでここから動けないんです」


 頭を下げた私の言葉なんて聞こえていないように、お兄さんは続ける。


「一緒に連れて行ってくれませんか? お礼もしますし。あ、なんならパンケーキ奢りますよ。俺一人じゃあ入りにくいなって思ってたんです。決まりですね!」


 一方的に喋ると、お兄さんは私の腕を掴んだ。

 振りほどこうとするけれど、力ではとてもじゃないけど敵わなかった。


「やめて……!」

「大丈夫だって、俺変な人じゃないし――」

「十分変な人だと思うけど?」

「っ……貴臣君!」


 お兄さんと私の間に割って入るようにして、貴臣君が現れた。


「ごめんね、遅くなっちゃって」

「ううん、大丈夫……」

「で、何この人」


 貴臣君は冷たい視線をそのお兄さんに向けていた。


「あんた誰? 美優に何の用?」

「君こそ誰だよ。俺はこの子に――」

「何って、彼氏だけど?」

「っ……」


 貴臣の言葉を聞いて、その男性は走り去った。


「大丈夫だった?」

「うん、ありがとう」

「こっちこそ遅くなっちゃってごめんね。……行こうか?」

「うん」


 歩き出す貴臣君の隣に並ぶと私たちは駅へと向かった。

 彼氏だと、さっきのお兄さんを追い払うために貴臣君は言ったけれど、実際は私たちは付き合っているわけじゃない。

 だから、こうやって隣を並んで歩いていても、腕を組むこともなければ手を繋ぐこともない。

 十数センチ横には貴臣君がいるのに、その距離は近くて、とても遠かった。



「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 手渡された切符を受け取ると、ホームへと向かう。

 休日の電車は思ったよりも混んでいて、私たちは入口のあたりに並んで立った。


「人多いね」

「だね。……っと」


 電車がカーブを曲がると、バランスを崩した人が私の方へと倒れてきた。


「きゃっ……」

「美優……!」


 瞬間、貴臣君は私の手を引っ張ると、電車のドアと貴臣君の身体の間に、私を滑り込ませた。


「あ、ありがとう……」


 見上げるようにして貴臣君にお礼を伝えると……思った以上の距離の近さに、思わず心臓がドキッとなった。

 その近さに貴臣君も気付いたのか、頬が少し赤くなっているのが見えた。


「気をつけてね」

「う、うん」


 本当はとっくに気付いていた。……貴臣君のことを、好きだという気持ちに。

 連絡が来れば嬉しくなって、姿を見るだけで胸がキュッとなる。

 会えない時間が切なくて、一緒に過ごす時間がずっとずっと続けばいいのに、とそう思うこの感情が恋じゃないというのなら、いったいなんだというのだろう……。

 でも……。


「ん?」

「ううん、なんでもない……! そ、そういえばこの前新商品のお菓子を買ったんだけどね!」

「お菓子?」

「そう、それが凄く美味しくて……」


 ジッと見つめていた私の視線に気付いた貴臣君がどうかしたのかと不思議そうな顔をしたから、私は慌てて話を逸らした。

 けれど、そんな私の不自然さは貴臣君にはお見通しのようで……クスッと貴臣君は笑った。

 ……本当は、私から貴臣君に気持ちを伝えるべきなんだと思う。好きだと伝えて、こんな曖昧な関係はおしまいにするべきだとそう頭では理解している。

 ――でも、ついこの間まで、たもっちゃんを好きだった私を貴臣君は知っている。

 それなのに、フラれたからじゃあ次は貴臣君、なんて都合がよすぎじゃないだろうか。だって、私は一度貴臣君をフッているんだから――。

 そんなことをぐるぐると考えてしまって、結局気持ちを伝えられないまま、貴臣君の隣に今日もいた。



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