第17話 子どもでも、ホントの本気で恋してた

 数週間後、お姉ちゃんとたもっちゃんが結婚した。

 と、いっても前に聞いていた通り、式は春以降になるとのことで、婚姻届を出して両家で食事をしただけで終わった。


「おめでとう」


 そう言った私に二人は、ありがとうと微笑んだ。

 髪をかき上げるお姉ちゃんの手に、銀色の指輪が光っているのが見える。

 それは、隣に座るたもっちゃんとお揃いで……。


「ね、お姉ちゃん」

「何?」

「幸せ?」


 私の質問に、一瞬驚いた顔をしたけれど、お姉ちゃんは恥ずかしそうにはにかむと、言った。


「幸せよ」

「そっか」


 もう胸は痛まなかった。

 代わりに、あたたかな気持ちが胸に溢れた。


 食事会もお開きになり、お姉ちゃんとたもっちゃんに見送られながら、私は両親とお店をあとにした。

 少し歩いたところで、後ろを振り返ると――お姉ちゃんたちが寄り添って歩き出すのが見えた。

 その後ろ姿を見て……自然と涙が溢れた。

 でもきっとこれは、失恋の悲しさとかじゃなくって……。


「たもっちゃん!!」


 突然叫んだ私を、両親が、お姉ちゃんがなにごとかと見つめる中、たもっちゃんは黙って私の姿を見ていた。


「っ……お姉ちゃんのこと、世界一幸せにしないと許さないんだからね!」


「……任せとけ」


 私は涙を拭うと、二人に手を振って歩き始めた。

 いつかきっと、私もあんなふうに誰かの隣を歩く日が来るのかも知れない。

 誰かの――。

 頭の中で思い浮かべたその姿が、優しく微笑んでいる貴臣君と重なって見えた。



 翌日、朝から学校の中はざわついていた。


「ね、ねえ! 美優!」

「美咲、おはよう」

「おはよう……って、そうじゃなくて! 藤原先生、結婚したって本当!?」

「あー……うん、そうだよ」


 私の言葉に、美咲がその場に崩れ落ちた。


「大丈夫……?」

「今、職員室でその話聞いて慌てて走ってきたの……」

「そっか」


 はあはあと息を切らせている美咲とは対照的に、落ち着いている私を見て美咲は言った。


「知ってたの……?」

「うん」

「まさかと思うけど……美優、あんたじゃあ……」

「んなわけないでしょ」

「だよね」


 そもそもまだ結婚できる年になっていないというのに、どうやって結婚するというのか……。

 そう言った私に、美咲は不服そうな視線を向けた。


「じゃあ、どうして教えてくれなかった?」

「それは……」

「その態度を見るに、昨日今日知ったって感じじゃないよね」

「……口止めされてたの」

「口止め?」


 友人たちだけにでも教えてもいいかと、たもっちゃんに聞いたことがあった。

 でも、誰か一人に話すとどうしてもどこかに漏れることがあるから、自分の口から言うまでは黙っていてほしいと言われた。


「何で口止めなんて……?」

「それは、相手が――」


 私が口を開いた瞬間、クラスのざわつきがいっそう大きくなった。

 視線をそちらに向けると、教室の入り口にたもっちゃんが立っているのが見えた。


「せんせー! おめでとー!!」

「結婚おめでとー!!」

「相手はどんな人―?」


 口々にお祝いを伝えると、たもっちゃんは照れくさそうにありがとうと言ってみんなを席に座らせた。


「あー……なんでかみんなもう知ってるみたいなんだけど……」

「朝職員室で聞いたよー!」

「はええよ! ……と、いうことで先生、結婚しました!」


 歓声が上がる。

 あちこちからおめでとうという声が聞こえてきて、なんだか私まで嬉しくなってくるのを感じた。


「それでな」


 ゴホン、と咳払いをするとたもっちゃんは喋り始めた。


「先生、みんなに謝らなきゃいけないことがあるんだ」


 たもっちゃんの言葉に、みんなは不思議そうな顔をする。

 謝らなきゃいけないこと……?


「そう。前にな、彼女がいないって言ったことがあったと思うんだけど――あれ、嘘でした! ホントはあの時点で付き合ってたし、なんならプロポーズまでしてました! 嘘ついて、ゴメン!」


 勢いよく頭を下げるたもっちゃんに、その話を聞いていたはずの女子たちはひそひそと何かを言っていた。

 けど……。


「んでもさ、プロポーズしてたってことは婚約者だったってことだろ? 婚約者と彼女は違うし、そしたらあながち間違いでもないんじゃないの?」

「まぁ……そう言われたら、確かに……」

「あんた頭いいわね」

「な、なんだよ!」


 教室が笑いに包まれる。

 そんなみんなの姿を見て、たもっちゃんがホッとした表情を浮かべたのがわかった。


「っ……」


 よかった、と思っていると――たもっちゃんと目があった。

 その目が何を言いたいかが分かった。


「あと、もう一つ」


 私が頷いたのを確認すると、たもっちゃんは口を開いた。


「そのうち、どこかで知る機会があるかもしれないし、その時に変な噂が流れるのも嫌だから先に言っとくな。……俺の奥さん、このクラスの新庄のお姉さんなんだ」


 ざわついていた教室内がシーンとなる。

 そして、みんなが一斉に私を見た。


「え、新庄って……美優の?」

「前に言ってた幼馴染が美優のお姉さんってこと?」

「そういうことだ」

「えー! じゃあ、先生って美優とも幼馴染なの?」

「そういうことになるな」


 たもっちゃんの言葉に、誰かが口笛を吹いたのが聞こえた。

 そして――。


「それってさー! なんかちょっとえっちー!」

「っ……」

「何考えてんのよ、男子!」

「えーだってさー!」


 からかうような口調で男子たちがはやし立てる。

 正直、こういう反応をされることは予想していた。でも……実際に目の当たりにすると、ちょっとしんどい……。


「はい、そこまで。お前らが思うようなことは何もないし、それにな。あんま言い過ぎると、女子たちにドン引かれてるぞ」


 たもっちゃんは落ち着いた声で男子たちを諌める。


「ホントは別に言う必要もなかったんだろうけどな、隠してて外で一緒にいるところを見たら、お前ら今みたいに言うだろ? ってか、俺がお前らの立場でも絶対言う。だから、言ったんだ」


 たもっちゃんは……頭を下げると、みんなに言った。


「俺が新庄のお姉さんと結婚するのは、新庄とは何の関係もない話だ。それで、新庄のことをからかうようなことはやめてやってほしい。そしてできれば……もし今回のことで他のクラスのやつらが何か言って来たら……助けてやってくれると嬉しい。先生として……新庄の義兄としてのお願いだ」


 たもっちゃんの言葉に……教室の中がシーンとなった。

 私は……たもっちゃんの気持ちが、優しさが嬉しくて……涙が零れそうになるのをこらえるので必死だった。


「まあ、ね……」

「うん、別に先生に言われなくてもね……それぐらい……」


 ぼそぼそとクラスメイト達が言う中……美咲が立ち上がった。


「当たり前だよ! 美優は友達なんだから!」

「美咲……」


 一瞬、驚いた顔をしたたもっちゃんも、美咲の言葉を聞いて笑顔になる。


「須藤、ありがとな」

「へへへ……」


 照れくさそうに美咲は椅子に座ると、私の方を見てニッコリと笑った。

 そんな美咲の態度が、言葉が嬉しくて……いつの間にか堪えていたはずの涙が、頬を流れ落ちていた。



 その日の昼休み、ご飯を食べ終わった私は何気なく教室の外を見ると、貴臣君の姿を見つけた。

 ちょっとトイレに行ってくると美咲とゆきちゃんに言うと、私は貴臣君の元へと向かった。


「美優!」

「貴臣君、どうしたの? こっちまで来るの珍しいね」


 私たちはざわつく教室をあとにすると、中庭へと向かった。

 並んでベンチに座ると、貴臣君は言った。


「……その、先生のこと、聞いたよ」

「あ……」

「大丈夫?」

「もしかして……心配してきてくれたの?」


 私の言葉に貴臣君は頷いた。


「っ……ありがとう。昨日ね、みんなで食事に行ったんだ」

「みんなって……」

「たもっちゃんとお姉ちゃんとあとうちの両親とたもっちゃんのご両親」

「そっか」


 昨日の夜のことを思い出すと、自然と笑顔になれた。


「あのね……幸せそうだったよ」

「うん」

「だからね、もう辛くないよ」

「よかった」


 ホッとした表情を浮かべる貴臣君に、私はありがとうと伝えた。


「え……?」

「辛くなかったのは、貴臣君のおかげだよ」

「俺?」


 貴臣君は不思議そうな表情を浮かべるけれど、それでもいい。

 私が勝手に、貴臣君の優しさに救われただけなのだから……。


「なんかわかんないけど……美優が笑ってるならよかった」


 そう言って、貴臣君は笑った。

 そんな貴臣君を見て、私は感じた。

 きっとこの人のこと、私は好きになる。

 ううん、もうすでに好きになり始めているんだと――。


 その証拠に、心臓の音がいつもより大きく鳴り響いているのが聞こえた。

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