第53話  ようこそ、東京へ

 マグナス卿とパブで話し込んでから数日後、俺は再びパブに来ていた。

 俺、どんだけこのパブ好きなの? っていうことなんだが、いや、あの、ここ居心地いいだよね。客もほとんど来ないし。それで営業成り立ってるいのかはなはだ不思議なんだが。

 それに美味い酒と食いもんあるし。ほぼ入り浸ってる訳よ。

 しかも今回は春日も一緒だった。


「ほっほー、ここが師匠がよく飲んだくれている、ぱぶというところですかぁ、へー」


「飲んだくれてねーし。大人しく座ってろ」

 ちょっと一杯引っかけてくるから晩飯はいらねーつったら「また外で食べてくるんですか、自分の作る食事がそんなに嫌いなんですか」と騒ぐので、仕方なく連れてきた。


「マスター、とりあえずエールと、コイツには・・・」

「今夜は息子さんとご一緒で?」

「はぁ⁉ 俺に息子なんている訳ないでしょ!」

「そうっすよ!」春日も一緒になって反論し出した「おれは、トキジクさんの、トキジクさんの・・・」


 そこで言葉尻が消えていく。

 いったい俺のなんなんだよ。そして不必要に顔を赤らめるな、恥じらうな。


「俺の下働きだろ?」

「なんでいつもそうやってふざけるんですか⁉ 師匠のそういうとこ、おれ嫌いですから‼ だいたい、下働きなんて破廉恥過ぎですよ‼」


 おまえ下働きをなにと勘違いしているんだ?


「まぁなんでもいいから、コイツには牛乳でもくれてやって下さい」

 ぷりぷりしている春日を無視して、注文した。


 そこでドアのベルが鳴り響き、誰かが店に這入ってきた。

 少し栗色がかった髪を七三に分け、ウール仕立ての腰丈コートと半ズボンに長靴下、革靴という、いいトコのお坊ちゃんといった少年だった。


 どこか不安そうに店内を見回した後「あの、トキジクさんという方はおられますか?」と訊いてきた。

「あ、俺だけど?」

「えっと、あの、マグナス卿からお手紙を預かって参りました」


 いつもの元気なガキと違うんだ。

 少年は近づいてきて、「どうぞ」手紙を差し出した。


「あれ、もしかして、宇良、じゃないのか?」

 不意に隣の春日がスツールから降りた。

「えっ、あ、あー、地下牢に居た⁉」

「そう!」

「泥棒の助手!」


 なんだよ、それ。


「違う! 探偵の助手だ!」

 そう叫んだ春日は、俺の方をちらりと見て、気まずそうな顔をした。

「と、とにかく、おまえ無事だったのかよ。切られた傷は?」

「僕の能力は知ってるだろ?」

「ああ。だけど、お前の姉ちゃんは・・・」

「うん。叔父さんをそそのかしてたドイツ人に攫われたんだ。伯爵に聞いた」


 ?


 こいつが桃雛家の坊ちゃんか。そしてマグナス卿の遣いっ走りをしてるっていうことは。 


「なぁ君。もしかして今はマグナス卿のところに居るのかい?」

「はい。病院にいた僕を引き取ってくれたんです」

 随分礼儀正しい坊ちゃんだ。卿の趣味か? それに比べてウチの・・・。

「はぁ? なんすか?」

 俺の視線に気付いて、春日が不審そうな顔をした。


 いろいろと話が盛り上がっているところで、再び鐘が鳴ってドアが開いた。

「ウラ、どうした? なにかあったか?」

 入り口から心配そうな顔で這入ってきたのは、長髪のブロンドを後ろ手束ねた厳つい白人男だった。

「カールさん。すみません。ちょっと知り合いがいまして」

 宇良君は振り返って謝った。


「へー驚いた、まさかアンタまで卿の厄介になってるとはね」

 そいつは写真記憶男だった

『やれやれ、またおまえか。ドイツ語か英語で話せ』

『どういう心変わりだっていったんだよ』

『私はマグナス卿に完敗だった。そして失礼千万な私に慈悲を下さり、驕り高ぶっていた私を訓戒して下さった。私は今、ようやく正しい主に巡り合えたのだ』

『そうやって直ぐ影響されて妄信するの、ちょっと怖いねー』

『おまえのような無頼のものになにがわかる!』


 ま、こいつにはちゃんと導いてくれる存在が必要だろうな。

 能力的にはまだ生まれたての赤ん坊みたいなもんだ。

 不完全とはいえ、持て余すには危険過ぎる。

 その辺のことは、マグナス卿が一番わかってると思う。

 ていうかどうすんだ? こいつら抱え込んで。


 治癒能力のガキに、どんな魔法も記憶出来る写真記憶能力者、そして完全不死魔人のマグナス卿。

 どっかの国でも亡ぼすつもりか?


 俺は呆れ果て、宇良が春日にカールを紹介してわいわいやっている間、マグナス卿からの手紙を開いた。


“イモータルであるザラツシュトラから、手紙が届いたよ。

 内容は一言。


 光りと闇の決戦に備えよ


                     以上だ。”


 俺はそっと手紙を閉じ、店の奥にある暖炉の火の中に放り込んだ。


 今どき光とか闇とか、流行んねーぜ。


『あ、おいこら。卿からの手紙を』

 目ざとく見つけたカールが俺を咎めた。

『バーカ、いいんだよ。それよりエール飲むかい? 好きだろ?』

 俺はマスターにカールの分のエールを頼んだ。


『ようこそ、東京へ』

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明治幻想奇譚 不死篇 藤巻舎人 @huzimaki

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