第52話  腐れ縁

「出会い、ねぇ」俺はジョッキのエールを飲み干し、お代わりを頼んだ。「そんなこといって、都合のいい手駒のことなんでしょ?」


「そうともいうね」

 マグナス卿は満面の笑みを浮かべた。

 まったく嫌みの無い笑顔。本心隠す気無しかよ。

「しかし私は、身内は大事にするタチでね」

 なんかあんまり嬉しくねーな。


「ていうか、さっき話し流されたんすけど、異能を移植する技術ってどういうもんなんですか?」

 確か春日がごちゃごちゃいってたが、どうもまとまりが無くて、訳わかんなかったからな。

「不死の霊薬、その応用さ。ソーマ、エリクシル、エッセンティア、あるいは若水。昔からいろんな呼び名があるけどね。君の不死性もその効果だろ?」


「あれはあんたたちが作ったものなのか?」


「断定は出来ないけれど。七人の内の誰か、あるいは・・・」


 俺は死の間際で口にした液体を思い出す。

 あれを俺に進呈した者は・・・。


「霊薬に手を加え、特殊溶液とする。それは思念に反応し、物質を変化させる」

「それで肉体を思いのままってことか」

「生命操作。まるで神の御業だ」

「大きく出たね。あんた、神を信じるのかい? まさか、自分たちが神だなんていうんじゃ」

「まさか。しかし私はそれに近しい存在を知っている。今は亡き方々・・・」


 なにをいってるんだ? この人は。なんだか胃が痛くなってきた。飲み過ぎか? いや、まだまだ飲み足りないんだ。

 俺は新たに並々と注がれたエールを飲んだ。


「その特異な能力を持った少女が、連れ去られた」

「え? それって桃雛家の娘? 生きてたのか?」

 それも春日が騒いでたな。双子の姉弟。

「そう。クルップと一緒に、今頃空の彼方」

「飛行船で⁉」


 マグナス卿は軽く溜息をついた。


「生物の組成を操る異能と、思念に反応する溶液。これらを組み合わせ、溶液に転写した異能を別の溶液に複写し、違う個体へ移植するのさ」

「クルップはそれで異能者を量産、あるいは複数異能保持者を作って、兵士として売り飛ばすといってた」

「ザラツシュトラめ、永遠の命の果てに、己の妄想に取り込まれたか・・・」

「なんだか、長生きなんてそうそうするもんじゃないんすかねぇ」


 唐突に暗い気分になってきた。

 四百年も生きてると、気分を保つのにも苦労する訳よ。


「クフフフ」

 そんな俺の横で、マグナス卿は笑い出した。

 え? とうとう気でも振れたか?

「いや、すまない。君はやっぱり面白いなぁ。出会えて良かったよ、本当に」

 そういってグイっとワインを飲み干した。

「さて、私はもう帰るよ。いろいろやることがあるからね」

 マグナス卿は片目を瞑り、パブの代金をカウンターの上に置くと、店の出口へと向かった。

「それじゃまた、近い内に」


 ドアを開け、出ていった後に、冷たい夜気と深い暗闇の匂いを残していった。

 あんたの闇は、底知れない。

 だが、お互い不死の腐れ縁同士、なんとかやっていこうぜ。

 永遠に呑み込まれないように。

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