第16話 魔の十三階段ドライブ

「何だそれ? 確かに学校の怪談とかでよくあるけど・・・」


「らばる君だったけな。時計を見たときに、4時44分であることがやたらと多いと感じたことはないかね?」


確かに、昼ふと時計を見たら4時44分であることは多い気がする。でもそれは、単に4時44分という不吉な数字が、印象に残りやすいからじゃないか?


たとえば、時計を見て2時46分だったとして、別の日にまた2時46分だったとしても、そんな半端な数字は覚えているはずもないので、気づくことはない。一方、忌み数である4時44分は印象に残り、別の日に偶然4時44分の時計を見たとき、「またか」と感じるのである。


「でも、その錯覚を考慮しても、やはり4時44分は多いんじゃないかな。それはなぜかというと、『4』という数字が、〈並行数学オルタナティヴ・マス〉と密接に関係しているからだよ。」


はぁ?


〈並行数学オルタナティヴ・マス》というのは、我々が普段接している数学、つまり1+1が2になるようなものとは異なった数学的世界のことだ。そこでは1+1が3になり、マラソンで2位を抜いてゴールした人が1位になる。

我々の数学の世界と〈並行数学オルタナティヴ・マス〉は隣接し、時に干渉しあっている。よく、学校試験や就職の適性検査のときに、普段なら当たり前に出来るような問題の計算が何度やっても合わないということがあるだろ。あれは、向こう数学の論理が、こちらの数学の世界に流入してきているから起こることだ。そして、そうした〈並行数学オルタナティヴ・マス〉の干渉が最も起こりやすい環境が、深夜4時44分の古びた学校の階段なのだ。

時計を見たときに4時44分が多いのは、流入した〈並行数学オルタナティヴ・マス〉の法則が確率を歪めてしまうからだ。学校の階段が一段増えるのも同様。我々は、この原理を応用して数式をねじ曲げ、物理法則を書き換えているのだ」


流石に無理があるだろ・・・と言いたいところなんだが、現にこの校舎の切れ端は宇宙の中を猛スピードで疾走している。しかも、俺達は生身で宇宙に晒されているにも関わらず、体調に一切異変はない。通常であっても、血液が瞬時に沸騰したり、身体が凍り付いたりということは起こらないそうだが、酸素が枯渇し十数秒で意識を失うはずなのに。


「見て、らばる。後ろから追手が迫って来てる」


四つの青い扁球体のシルエットが、順に暗闇の中から出現した。おそらく特高警察の宇宙船だ。機体の前面はデロデロの顔を模したもので、デザインセンスはアンパンマン号に近い。


光速を超えているにも関わらず追手を目視できるのは、〈並行数学オルタナティヴ・マス〉の力が働いているからだろう。


「大変、攻撃が来るよ」


警告を発したのは、ウィリー教授の息子だった。デロデロの顔の意匠が鮮やかに発光し、そこから緑のラインが出現、何かを描き始めている。巨大な五芒星。日本の陰陽道における安倍晴明の桔梗印、西洋の悪魔崇拝、古代メソポタミア、様々な時代の様々な地域において魔術のシンボルマークとされた記号。その中から髑髏を象った霧が飛び出して来た。


「大変だ。〈魔の十三階段ドライブ〉は予め定められた軌道を進むだけで、進路を変更できないんだ。砲撃されたらかわせない」


ウィリー教授が慌てて言う。


「らばる、〈壱の目揃えファンブル・メイカー》でウチらの軌道を操作して」


「わかった」


俺は四人と一本 (オーフェン) が乗っている巨大な校舎の破片の軌道をイメージした。進行方向左に大きくスライドし、魔法を回避する。


それが現実にも反映される。左に傾きややぎこちない動きをしたものの、移動は成功。右端スレスレ緑の霧が通りすぎる。


続いて上に移動、ニ発目をかわす。下に動いて三発目、そのまま左斜め下に反らして四発目を回避。


「よし、こんどはこっちが反撃だ」


俺は自分の背後から四機の標的に向かって貫く、巨大な四本の光線をイメージした。相手が宇宙船なので、こっちもそれ相応の威力で迎撃だ。


ドドーンと白い光柱が放たれ、目映い明かり周囲に迸る。


視界が晴れた時に現れたのは、疵一つ無い四機の宇宙船。何だと!? 全くダメージが入っていない。


「無駄だよ、らばる。デロデロの宇宙船は霊体だから、物理的な攻撃は一切通用しないの。この技術は〈顔面セーフ〉って呼ばれてる」


「じゃあ、一体どうすりゃいいんだ? 逃げるしかねぇってのか?」


「ウチがやるから。見てて」


〈携帯収納空間ハンマースペース〉から取り出されたのは、巨大な漆黒の重火器。四本のミサイルを備えており、先端レドームは紅く鋭く、クリアな弾頭部分には白い粉末が詰まっている。


ティマはそれを右肩に背負うと、後方に向けてトリガーを引いた。右上、左上、右下、左下と、四連続でミサイルが発射される。反動で大きくのけ反り、深緑のブレザーが靡く。


ミサイルはくるくると不規則な軌道を描きながら、敵機に突っ込んでいく。


内二つのミサイルが右端と左から二番目の宇宙船を射抜き、大爆発を起こした。残り二機はするりとスライドし、攻撃をかわす。白い粉末が巨大な煙となって飛び散った。


「何なんだ、あれは?」


「対デロデロ用兵器〈NaClスティンガー〉。このミサイルは、弾頭に塩化ナトリウムを搭載していて、敵に命中すると爆発して撒き散らす仕組みになってるんだ」


ただのお浄めの塩じゃねぇか。何科学っぽく言ってんだよ。まぁ、オカルトにはオカルトで対抗するしかないと言うことか。


「また来るよ」


と教授の息子。今度はそれぞれの船の前面に三角形と逆三角形が描かれ、前後に並ぶことで巨大な六芒星を形作った。またしても髑髏の霧が放たれる。今度は一つの印から連続して五発。しかも軌道が複雑で読めない。


「どうしよう、お兄ちゃん。あんなのかわせないよ」


教授の息子が嘆く。


「大丈夫だ。俺にまかせろ。あれぐらい、CAVE製シューティングゲームの真ボスの弾幕に比べたら難しくねぇ」


俺達のいる破片が、ビュンビュンとうねるように動き出す。通常なら振り落とされるスピードだが、数論の歪みが守ってくれている。一、ニ、三発目と回避成功。


しっかし、相手が魔術を使う度に宇宙の物理法則が人間原理によってゼロから書き直され、こっちは移動をする度に意識だけ量子的並行宇宙に飛ばされ、おまけに数論の歪みまで発生している。俺達、宇宙の法則に迷惑かけ過ぎだろ。


少し遅れた四、五発目が来る。俺は大きく左下に進路をずらした。


やばい・・・・・・


運が悪いことに、四発目の髑髏の霧も同様の進路をとったのだ。


緑色の靄が、今にも俺達を包もうとしていた。時間の流れが遅く感じる。走馬灯のように。


この魔術を受けるとどうなるのだろうか。セーラー服美男子のように、マメ目マメ科インゲンマメ属の袋になってしまうのだろうか? 豆袋になったとして、豆袋に自我や意識はあるのだろうか?


そんなことを考えたものの、杞憂に終わった。緑色の霧に人間を豆にする力は無かったのだ。しかし、校舎の破片全体が、古新聞紙を束ねるようにロープで縛られ、そこから伸びるニ本でデロデロの船と結び付けられてしまっている。破片は、どんどん失速してゆく。


「あれはおそらく、同音異義語ホモニム呪文だ。『光速』を『拘束』に変えたんだ」


奴らに拿捕されれば、今度こそインゲン豆化は免れないだろう。しかし、ウィリー教授は笑顔ですぐに付け足した。


「だが大丈夫。ここまで来れば、デロデロ星の物理法則の領域外だ」


自信満々に杖を振り、掌に何かを出現させる。銀の粉末状の物質だった。


それはやがて一人でに宙に舞い始め、破片を縛るロープにまとわりつき、残りは特高警察の船に向かっていった。すると不思議なことに、破片を縛っていたロープが、黒いドットで塗りつぶしたように消失し始めたのだ。


六芒星から、髑髏が再び放たれる。今度は一発だが、凄い速さだ。


「ぐおぉぉぉぉぉ!!」


焦りのあまり、思わず声をあげてしまう。拘束から解放された破片を右に大きくスライドさせようと念じる俺。


しかし、魔術は銀の粉末の群れにある程度接近すると、ひとりでに消失した。追手の船のスピードも段々と落ちてゆき、粉末の群に呑まれるやいやなや、遠くの闇の中へと消え去ったのだった。


「ウィリー教授。一体、あれは何? 」


ティマが教授に尋ねる。


「以前、ネフォンバスの同人形而上学サークルから貰ったマイクロ人工知性体、愛称〈意識あるよ君〉だ。以前魔術の分析に来た科学者もここに所属しておってな、私の魔術に関するさっきの仮説を話したところ、もし〈サンサン教会〉に狙われた時の為にってくれたんだ。こいつらは超小型ではあるものの、知性と意識を有していて、デロデロの物理法則を打ち負かすことができるんだよ」


なるほど。〈宇宙後付け説〉で矛盾する理論に辿り着いた知性体同士が邂逅した場合、多数決になるってわけか。


「〈意識あるよ君〉は、ホムスと同じ物理法則に辿り着いた人工知能だ。そこでは当然ながら、我々の魔術は非科学的なものとなり、言語と物理的世界は全くの別物だ。デロデロ星近辺だと、デロデロの数が多すぎて〈意識あるよ君〉は負けてしまう上、勝ったとしても周辺宙域の魔術が軒並み無効化されてしまい、大混乱をもたらしかねなかった。だが、ここまで引き離せば、あとは楽勝だ。我々の〈魔の十三階段ドライブ〉は、『数学』という物理法則に先行する基盤を利用しているため、デロデロの魔術的世界と〈意識あるよ君〉の科学的世界のどちらが勝とうとも影響を受けない。しかし、追手が使っていた〈言い訳ドライブ〉は、光の速度という意味の『光速を破った』のではなく、単に学校の規則という意味の『校則を破った』ことにして相対性理論を無効化する、同音異義語ホモニム呪文の一種だ。〈意識あるよ君〉の物理法則が優勢な中では、このような魔術は無効化されてしまうのだ」


追手を振り切り、静寂が訪れた。しかし、ティマは握り締めたインゲン豆を眺めながら、目に涙を浮かべていた。


「ごめん、オーフェン。こんな姿にしてしまって・・・ウチが絶対元に戻すから。それまで待っててね」


「そうか、取り返しのつかないことをしてしまったな・・・」


魔術が無い世界では、インゲン豆はもはやただのインゲン豆なのだ。元人間のインゲン豆など科学の世界にはありえない。


「デロデロ星に行こうって、最初に提案したのもウチだった。物理法則を無視できるデロデロなら、宇宙の根本原理や物質と意識の関係についても何か知ってるかもしれないって。ごめん・・・そのせいで、オーフェンをこんな姿にしちゃって。おまけに、〈宇宙究極集合説〉への反論となるような証拠を、二つも見つけてしまった・・・・・・」


「えっ、『二つ』だって? 一つが宇宙が単一もしくは有限であることが前提の〈宇宙後付け説〉だってのは分かるんだが、もう一つは何なんだ?」


「〈魔の十三階段ドライブ〉だよ。〈宇宙究極集合説〉は、数学は人間が自然を分析する為に産み出した道具ではなく、客観的な実在であるという『数学的実在論』の中の『プラトニズム』に基づいてるんだ。それは数学は歪んだりねじ曲がったりしない不変の真理であることが前提だった。なのに・・・〈並行数学オルタナティヴ・マス〉はそれを覆してしまった。『数学的に可能な構造は全て予め実在する』。これが〈宇宙究極集合説〉だったはずなのに、『数学的に可能』なものをねじ曲げられたりなんかしたら・・・もうこの理論はおしまい。ウチ、オーフェンの命を、意識を無駄にしちゃった・・・」


「なるほど。でも、まだ〈宇宙究極集合説〉は完全に反証されたわけじゃない。」


俺は、ティマを励ます為に、古代ギリシャで起こった(という説のある)、事件の話を始めたのだった。

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凌辱物エロゲーのヒロインは究極集合宇宙の夢を見るか? matsmomushi @sakana535

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