第15話 量子論vs人間原理

「警察上層部が、異星人の技術で幻覚を見せられたと主張し始めたんだ!!」


幻覚? 俺達は決して幻覚なんか見せていないぞ。現実世界についてのより精巧な情報を与えただけだ。


三人で顔を見合わせる。持って来た〈壱の目揃えファンブル・メイカー〉でも装着して、ウィリー教授と息子を助けるべきか? でも、もし失敗したら。あいつらのことだから、「にんげん」 である俺を「にんじん」に変えたりしかねない。


「早く屋上に向かえ!! 階段を数えながら上るんだ!!」


ウィリー教授が叫んだ。階段を数えながら上る? 一体なぜそんなことを?


「ティマ、オーフェン。どうする?」


「とりあえず逃げよ。教授の言うとおりにしよう。何か凄い技術があるのかもしれないし」


「そうですね」


俺達は、先端が闇に呑まれてしまうほど長い木造廊下を駆け出した。生暖かい風が顔を打つ。床の羽目板が、もの凄い勢いで背後に流れてゆく。遠くの暗闇からどんどん道が現れる。


「△◎&◎Ж@Θ◇○!!」


呪文らしき声が響いた。背後を振り返る俺。教授やその息子に異常は無い。


しかし、床の様子がおかしい。木製の萎びた床が、どんどん白い液状のものに変化し、こちらに迫ってきているのだ。


米粒だ。あの青いデロデロは、俺達を足止めしようと、アナグラム呪文で「ゆか」を「かゆ」に変えたんだ。


瞬く間に、俺達の進路までもがお粥の海に侵された。一部「たい」に変わった「いた」が泳いでいて、お粥漬けの小学校風廊下を泳ぐ魚達というシュールな光景が展開されているが、それどころじゃねぇ。脚が底無し沼のように沈んで上手く歩くことが出来ない。


「どうしよう、このままじゃ追い付かれちゃう」


「足がとられて上手く進めません」


警察連中は、お粥の沼を走るのに慣れているのか、一向にスピードが落ちる気配が無い。まずやられるのは、後方にいる教授や息子だろう。


「ティマ、〈壱の目揃えファンブル・メイカー〉を貸してくれ。それで足止めする」


携帯収納空間ハンマー・スペース〉から取り出された銀色の輪っかを頭に被る。教授と警察の間、追手に限りなく近い位置で、爆発をイメージ。


ドン!! ドドン!!


一発、間を置いて二発の黄色い爆発が巻き起こる。お湯に浸された米粒と鯛が通路に舞い上がる。ドバーと。紅白の花吹雪のように。やったぞ。特高警察どもを蹴散らしたぞ。


と、思ったのも束の間。ライスシャワーの中から現れたのは二頭の神々しい純白の毛並みを持つ馬だった。背中には、青いデロデロ二人が乗っている。


「あいつら、『ばくは』を『はくば』に変えやがった!!」


しなやかな脚どりで米を巻き込み、ジェットスキーのような白い飛沫を上げながら、馬達は疾走してくる。そして今にも教授と息子を蹴散らさんとした時、二頭は大ジャンプした。なんと、警察達は教授そっちのけで俺達に狙いを付けてきたのだ。真っ赤な鯛を蹴散らしつつ、小学校の廊下そっくりな木造の通路を、猛スピードで迫り来る。


俺はポケットから十円玉 (またレールガンがやりたくて持ってた)を取りだし、宙に放り投げた。どうせ爆発するのは分かってるので、最初から電撃ではなく爆発をイメージ。


バシュシュシュシューン!!


青い稲光が廊下を貫き、轟音が響いた。正真正銘の電撃だ。案外逆をイメージした方が良いのかもしれない。やったぞ、初レールガン成功だ!!


某ラノベのヒロインと違うところは、量子状態を収縮させて電撃を起こしているのではなく、俺の方が偶然電撃が生じた並行世界に飛ばされているということだが。


放たれた十円玉は、見事右の白馬に跨がる青いデロデロにジャストで命中した。しかし、敵にに異常はない。変わりに水色っぽいような、黄緑っぽいような鳥が舞っている。


「今度は『コイン』を『インコ』にしやがった!!」


もう距離がない。白馬との距離は5メートルほどだ。そして、二頭は回り込んで俺達の行く手を塞ごうと、大きく跳び上がった。俺は一か八か、奴らの着地点に巨大な穴が開くのをイメージした。廊下の幅の三分の二ほどある、二頭がすっぽり入る穴だ。頼む。上手くいってくれ。


ドボーンっとお粥の沼が陥没し、巨大な奈落が出現する。周囲の米粒や鯛達が排水溝のようにどんどん吸い込まれていく。二頭の白馬は、そこにジャストで身を投げた。


「やったぞ。ひとまずは俺達の勝利だな」


「そうだね。でも、もうこの星に居ては危険。早く、今のうちに階段に向かおっ・・・・・・てあれ、オーフェンは?」


追っ手を退けたのは良いが、水色襟セーラー美男子がいない。どこにいったんだ?


「おい、ティマ。あれを見ろ」


ティマの傍ら、鯛達と一緒に、一本のインゲン豆が今にも穴へ吸い込まれそうになっている。


「あれ、インゲン豆?」


「早く取ってくれ。あれはオーフェンだ。さっき魔術を打たれて、『にんげん』が『いんげん』に変えられたんだ!!」


「えっ、ええーっ!!」


ニンジンじゃなくてそっちだったかー。間一髪、お粥にダイブして、ギリキリのところで豆を掴むティマ。ブレザーとズボンがべちょべちょの米まみれになる。


「どっ、どうしよう? ウチの大切な『クラスメイト』が」


「と、とりあえず、今は階段に向かうのだ。解呪の方法は後で考えれば良い。あと一分しかない」


疲弊して呼吸を荒くしながら追い付いたウィリー教授が言う。あと一分? 一体何の時間制限なんだ。


穴に落ちないよう注意しながら、俺は、インゲン豆になったオーフェンを握りしめるティマと、ウィリー教授、教授の息子とともに、さきほどの屋上に通じる階段へと向かった。


一、二、三、四、五・・・


階段を駆け上がり始めたときだった、後方から怒号が響いた。


「見つけたぞ〈無サンサン論者〉ども!!今度こそお前らを全員インゲン豆にしてくれるわ!!」


奴らが戻ってきた。後ろを振り返ってる暇はない。俺達は一目散に階段を駆け上がった。


六、七、八、九、十、十一・・・


「△Ё◎×ДΘ&■◇Ψ!!」


呪文が響いた。やばい、このままでは皆揃って仲良く豆にされちまう。


十二 ・・・ 十三?


あれを、おかしい。以前来たときは、踊り場まで十二段だったはずだ。それが、一段多い。


俺が違和感を感じつつも、踊り場に右足を着いたその時だった。突如ミシミシという音がして、校舎が揺れ始める。いや、校舎全体が揺れているというより、俺達の立っている踊り場と前後の階段数段のみが震動しているのだ。


何だこれは? ポルターガイストか?


バランスを崩し、前傾に倒れ、地面に膝を着く。見上げれば、壁にはビシビシと亀裂が生じ始め、次々と木材の破片が散逸し始めている。巨大な一塊が飛び出すと、向こう側の宇宙空間が露になった。吹き込んできた猛烈な強風が、嵐が、俺達に吹き付ける。


バッキィイイーン!!!


と音がして、俺は方向感覚を失った。周囲で木片が舞い、無数の星々が回転している。その一方角に、緑の魔法陣に支えられた木造校舎群と、不気味なデロデロ星の黒い大地が顔を見せる。なんと俺達は、ちぎり取られた校舎の一画ごと、宇宙空間に投げ飛ばされていたのである。


床はぐるぐると回転し、校舎はどんどん離れていく。同乗者はティマとウィリー教授と息子だ。


回転が収まり始めたとき、ふと、隣を別の校舎が通り過ぎた。その時計の針が示していたのは、丁度4時44分。


俺達が乗っている欠片はどんどん速度を増し、デロデロ星は吸い込まれるようにバックに消失した。


「一体何が起こったんだ!? もしかして魔術をかけられたか?」


「いや、これは我がデロデロ星の超光速航法〈魔の十三階段ドライブ〉だよ。夜4時44分に学校の階段が一段増えて十三段になる現象を利用して、速度を水増しするんだ」

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