第14話 競合する理論

「じゃっ、教授。あなたが発見した宇宙の根本原理とやらを教えて下さい」


空色のリボンとスカートを振り乱しながら美男子は、右人差し指を頬の隣で立ててはにかんだ。別にオーフェンはウィリー教授に媚びているとかではなく、達成感で舞い上がってるのだろう。


「では手始めに、私の魔術をご覧に入れよう」


教授の息子が、キャスター付きの台にメスシリンダーと植物の塊根を乗せて運んできた。教授はそれに、杖を向け、ポンポンと、一、ニ回振る。


「 'mo'te oiponio (ンよ!! 外れよ!!)」


メスシリンダーとその周りの空間が画像編集ソフトで渦巻きのエフェクトをかけたみたいに混沌となったかと思うと、渦が逆回りして、白いゼリー状の物体に変わった。材質はデロデロの身体と同等で、間に切れ目の入った半球型だ。「おおー!!」「ウィリー先生エッロー!! 」「うわぁ、エロが移るぞ。目を塞げ!!」とデロデロ達。


「 patenatokio(並び替えよ!!)」


次は塊根に向かって杖を振る。再度渦が巻き起こると、小学生が大好きな茶色いアレに変わった。


「これは我が星ではポピュラーな脱字呪文とアナグラム呪文だ。私も子供の頃は、杖を振って呪文を唱えれば、『メスシリンダー』が『雌尻だー』に変わり、『ウコン』が『ウンコ』に変わるのは、どこの星でもおんなじだと思っていた」


いや、駄洒落かよ。俺にはこいつらの雌雄の区別なんて分からないが、とりあえずゼリー状のブツはデロデロの臀部らしい。こんな小中学生男子みたいなギャグを実演する奴らの「子供の頃」が気になって仕方ないが、凄いことは認める。宇宙に飛び出したはずが、まるでファンタジーの世界に来たみたいだ。


「しかし、これは別の種族から見れば、物理の法則に明白に反するものだそうだ。以前テルヴォール系第五惑星ネフォンバスの研究者が、我々には理解の及ばない科学文明の計器を使って、我々の魔術の仕組みについて事細かく調べていたが、やがて頭を抱えて帰ってしまった。ただ一言。『こんなことはありえない』と言ってな」


手品のトリックを暴こうと、台を四方八方から訝しげに観察するティマ。天板を取り外そうとしてみたり、裏側を覗き込んだりしていたが、やがて頭を抱え込んだ。


「なぜ、他の星では起こり得ないことが、我々の星では起こるのか。それはこの宇宙の成り立ちと深く関わっている。

我々は、物理の法則やこの世界の真実が、我々の生まれる前から不変のまま存在していると思い込んでいた。はるか昔、大地は平らで、蒼き星が我々の回りを動いていると考えられていたが、その時代からデロデロ星は球であり、自転と公転を続けていたと。かつてウッターマンやプリキュロワという聖人達が悪の手先からこの世界を守っていると信じられていたが、その時代にも彼らは実在しなかったと。しかし、実際はそうではない。物理の諸法則や物事の真偽は、我々がそれを『発見』することによって、始めて『確定する』のだ!!」


「そんな、まさか?」


「嘘でしょ?」


口に手を当てて辟易するオーフェンとティマ。


「嘘ではない。この世界は、人間すなわちデロデロやホムスのような知的生命体が、観測するまではいかなる法則も真実も有していない。そこに広がるのは無という名の可能性の海だ。大地が平面である世界と球である世界、大地が恒星の周りを回る世界と恒星が大地の周りを回る世界、ウッターマンやプリキュロワが存在する世界としない世界、サンサンが実在する世界としない世界、そして魔法の世界と科学の世界・・・・・・。どちらが真実かは、我々が証拠を見つけることで、始めて決まるのだ。我々はこれを〈宇宙後付け説〉と呼んでいる」


この理論、どこかで聞いたことがあるぞ。そうだ、ジョン・ホイーラーの「参加型人間原理」だ。またの名を「ビットからイット理論」。なるほど、ウィリーだからホイールなのか。


ジョン・ホイーラーはアインシュタインの共同研究者として知られる物理学者であり、マンハッタン計画での水爆開発や、ホイーラー=ドラウィット方程式の構築などて功績を上げ、ブラック・ホールやワームホールという用語の命名者でもある。そんな彼が、どういうわけか、こんな奇説を唱えていたのである。


「そして、一度確定した物理法則が有効でありつづけるのは、それが知的生命体の脳に符号化されている間だけだ。一定の領域の空間を共有する知的生命体が、その物理法則が真実である証拠を記憶している間のみ有効であり続けるのだ。

我々デロデロは、他の知的種族から、よく『我々の子供のようだ』と言われる。しかし、これは我々が物理法則を確定させないことに特化した種族であるが故のことなのだ。

ホムスの世界でも、子供の頃にしか見えない妖精というものが存在するそうだな。それは大人になった時、勘違いであったり、はたまたイマジナリー・フレンドという脳の錯覚であったと確定する。しかし、我々の脳はその確定を積極的に回避し、世界を可能性の海にしておくのだ」


「でも、証拠はあるの? その〈宇宙後付け説〉が正しいという」


ティマが詰問した。


「私は、魔術を使用する時のデロデロの脳を分析した。すると、あるデロデロが魔術を試みた際に、この星全域のデロデロの脳に驚くべき現象が起こっていたんだ。それは、知性の急上昇と急低下の繰り返しだ。

まず、前提として、何が真実となるかは、完全にランダムで、信念とは関係がない。したがって、信仰が物理法則を歪めたりすることはない。しかし、次のような手法であれば、ランダム性の中から、望み通りの『真実』を選びとることができる。

我々の脳は、普段は他種族の子供レベルでしかないが、あるデロデロが魔術を試みると、星全体のデロデロの知性が急上昇し、身の回りの些細な要素をもとに、一瞬で物理法則や世界に関する真偽を分析し、証明できるまでに達するのだ。大地が平面なのか球なのか、孤立系のエネルギーの総量は変化するのか、エントロピーが時間ととも減少することはあるのか。それが魔術の使用に適さないものであれば、再び知性を低下させ、記憶を消去、確定した物理法則を無に還す。そして再び知性を上昇させ、物理法則を知覚する。それを発動したい魔術が実在する世界になるまで繰り返す。その間約0コンマ3秒」


すげぇな。この小学生ゼリー星人の身体にこんな大掛かりな仕掛けがあったとは。デロデロの魔法とやらが、「メスシリンダー」を「雌尻だー」にしたり、「ウコン」を「ウンコ」にしたりといった、言葉遊びみたいな奴ばっかりなのも、彼等の知覚が言語そのものであることに由来するのだろう。


「我々は辺境の星に住んでおり、他の知的種族とあまり接触することがない。だから、他の種族の物理法則の干渉から守られているんだ」


机の上のデロデロの尻が、妙にぼやけていることに気づいた。これは「雌の尻」ではなく「雌尻だー」という不安定な状態であるが故なのかなーと、何となく思った。確証はない。


一通り〈宇宙後付け説〉すなわち「参加型人間原理」とデロデロの脳機能に関する講義を受け、俺達はウィリー教授の部屋を後にした。ふと隣を見ると、ティマとオーフェンは俯向き加減で、塞ぎ込んでいるようだった。


「これは、かなり僕達に不利かもしれませんね」


「うーん。来なきゃ良かったね」


「なんで、〈宇宙後付け説〉が、凌辱エロゲー好きにとって不味いんだ?」


「『宇宙の存在には、人間すなわち知的生命体の意識が不可欠である』あるいは『まず人間の意識があって、後から宇宙が生まれた』というタイプの人間原理は、ビッグバン理論においては、宇宙が人間の生存に適した物理法則を持つ確率が限りなくゼロに近いことを根拠にして生まれたものなんですよ。 たとえば、中性子の質量が700分の1大きかったとしたら、恒星内の核融合が止まってしまい、生命は生存できません。重力なんか、10の31乗分の1違うだけでアウトです。それ以外にも、宇宙の様々な物理定数は、知的生命に都合の良いように調整ファイン・チューニングされ過ぎているんです。そしてそれは、ビッグバン理論の必然ではないんですよ。ある人は言います。ビッグバンから人類が生じるなんて考えは、 竜巻が屑鉄置き場を襲った結果、宇宙戦艦が組み上がると主張するようなものだと。人間の意識が最初にあって、宇宙や物理法則は後付けだと考える方がはるかに現実的だと」


「でも、これは宇宙が一つ、あるいは有限だってことが前提なんだ。もし〈宇宙究極集合説〉が正しいなら、宇宙にはありとあらゆるパターンが存在するわけだから、その中に知的生命体が生じる可能性のある物理法則のパターンがあるのは当然。ウチらが知的生命体である以上、知的生命体にとって都合の良い宇宙に生まれるのもまた当然で、『宇宙は人間の意識から生まれた』なんて遠回りな理論を持ち出す必要は無いんだよ。だから、この〈宇宙後付け説〉と〈宇宙究極集合説〉は相性が悪いわけ」


なるほど。俺達は凌辱好きと純愛好きが共存できる平和的な理論の、反論となる証拠を見つけてしてしまったわけか。


「これからどうしましょう」


「うーん」


考え込んでいると、背後から大声がした。


「おーい、君達!! 大変だ!! 特高警察が戻って来た!! 」


白衣眼鏡のウィリー教授が、息を切らせて走ってくる。息子も一緒だ。それを追跡する二体の青いデロデロ。右手には杖を携えている。


「早く逃げろ!! 君らに騙されたと言ってる!!」

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