第12話 サンサンは妄想である

その後、警察の人達が到来し、ウィリー教授の取り調べ行われた。警官は短い魔法の杖風の棒を教授の喉元に突きつけながら、息子の性癖について根掘り葉掘り聞いていたが、〈サンサン教会〉とやらには触れることはなかった。唯一口にした宗教染みた台詞が、帰り間際に言った、「人間に、宇宙を決定する力などない」というものだった。


調子の狂った洗濯機のようにガタガタと身体を震わせるウィリー教授。至極脅えているようで、周囲のデロデロ達はサトーがランドセルから取り出した水筒のお茶を、彼に薦めていた。


教授が平静を回復するのを待ってから、俺は質問を投げ掛ける。


「あの、教授。〈サンサン教会〉って何なんですか?」


話し方に威厳があったので、ついつい丁寧語になってしまった。こいつも一応は小学生星人の仲間なのに。〈宇宙翻訳機トランスレイター〉が、他星語のどの要素をヒュングルカ語の位相に対応させているのかはよく分からない。


「サンサンというのはだな、この星で古くから信仰されている、聖人のことだよ。〈サンサン教会〉はサンサン信者の総本山で、デロデロ星全域を支配している超有力宗教組織なんだ。〈サンサン教会〉の信者達は、その教えに異を唱える者を見つけては、言いがかりを付けて襲撃するんだ。ある者は、街で突然『てぶくろの反対は?』と言われて鉄の棒で頭を六回ぶたれて殺された。またある者は、『タイヤキって食える?』と聞かれて切断したタイヤを喉に詰め込まれて殺された。警察も例外ではない。私の友人の兄は、〈サンサン教会〉の息かかった警察によって、『『いっぱい』の『い』を『お』に変えると?』と問われ、その質問に答えたところ、迷惑防止条例の『卑わいな言動』の罪で逮捕されたんだ」


曇った眼鏡の下から涙をしたたらせる教授。なるほど、宗教団体ね。この星では地球の中世ヨーロッパみたいな異端審問が横行してるってわけか。


「で、そのサンサン信仰って、どんな教義なんだ?」


「サンサンは、赤い服を着た初老の男だ。巨大な白い袋をかついでいてな、橇に乗って空を飛ぶんだ」


「名前は忘れましたが、赤い鼻の動物がその橇を曳いてるんですよね」


横からオーフェンが割り込む。


「そう、そう。サンサンは年に一度、聖なる夜に、人々に財宝をもたらすと言われてるんだよ。サンサンはサンサンを信仰している者の元にしか現れないと言われているから、信者達は、皆自身の信仰を示すのに必死になり、異端審問紛いのことや、密告が行われるわけだ」


完全にサンタクロースのおじさんじゃねーか。いや、この星サンタさんの存在を否定したらヤバイことになるのか?


「それはつまり、ウィリー教授が〈サンサン教会〉に立て付いたために、息子が社会的に葬られたってことだよね?」


「ティマ、だったけな。『社会的に葬られた』などという言い回しは止めてくれんか。まだ私の息子にはチャンスがある。ホムスの世界は、我々とは全く異なる純粋科学的な技術で溢れているそうだな。どうか、それらを生かして息子を助け出してくれんか」


オーフェンと顔を見合わせ、考え込むティマ。左腕を土台にして右腕で頬杖を付き、首を傾げる姿が可愛いらしい。


「構わないけど、もしこの問題を解決出来たら、教えてくれる? この宇宙の根本構造について」


「ああ、いいとも。教えてあげよう。私の研究を〈魔の十三階段ドライブ〉で航行可能な星域の人物には誰一人として漏らさないという条件付きでな」


こうして、俺達は、ウィリー教授に「宇宙の根本構造」について伝授してもらう約束を取り付けるのに成功した。教授は、俺達の帰り間際、同伴していたデロデロ達を整列させ、こう演説した。


「アッシリマヘンカの聡明ブライトな君達であれば、十分承知のことだとは思うが、〈無サンサン論〉というのは、過激な思想でも何でも無い。かつて信仰されていた古代の聖人達、例えばウッターマンやプリキュロワの存在を信じている者はもはやこのデロデロ上に皆無と言ってよいだろう。では、どうしてサンサンだけ例外なのか? これは単なる文化の成り行きに過ぎない。〈無サンサン論〉というのは、今大多数の人々がウッターマンやプリキュロワに対してとっているのと同じ態度を、サンサンに対してもとるということに過ぎないのだよ」


孤独な男の力の籠った演説を、デロデロ達はこくりこくりと頷きながら聞き入っていた。


「それはそうと、ティマやオーフェンは、ウィリー教授のことをどこで知ったんだ?」


屋上に向かう階段の踊り場にて、ホムス三人だけで話し合う。〈サンサン教会〉の信徒に見つかって密告されないよう、人目に付かないこの場所を選んだ。異様な静けさが緊張感を際立たせる。


「僕が最初に読んだ彼の論文は、『デロデロの出生の仕組みに関する研究』というものでした。この論文で彼は、デロデロの子供はファッキン鳥が運んでくるのではなく、他の生物同様交尾で生まれるということを書いていたんですよ。これはかなり危険な背教行為でした。〈サンサン教会〉は、デロデロの出生の仕組みについて隠蔽するのに必死で、大半のデロデロ達は自分がどうやって生まれてくるのかを知らないんです。さっきの『近親相姦』も、単に近親の性別の違う者同士が一緒にお風呂に入ることに関するタブーが、そう訳されただけで、彼らがそういう言葉を知っていた訳ではありません」


サンタクロースの次はコウノトリかよ。まあ、地球人の信仰も、神という概念を持たない種族にはこれぐらい奇異に映るのかもしれないな。


「なぜ性行為の存在を社会ぐるみで隠蔽しないといけないかというと、それはデロデロが交尾により生まれるという事実が分かると、進化論を肯定することになってしまうからです。デロデロは自然淘汰によって別の生物から進化したという考えは、『デロデロはサンサンによってサンサンの息子へのプレゼントとして創造された』という〈サンサン教会〉の教義と矛盾します。だから、教会の聖職者達はセックスという行為の存在を世俗の者には知らせず、自分達だけで生殖を行い、ファッキン鳥に括り付けて飛ばすんですよ」


デロデロ人達の信仰が超珍妙なことは判ったが、それと宇宙の根本構造がどう関係するんだ?


「それなんですけど、彼の論文は、その全体を通して記述が妙なんですよ。彼は『デロデロはファキン鳥に運ばれてくるのではなく、交尾によって産まれる』とは言い切らずに、『『今となっては』デロデロはファッキン鳥に運ばれてくるのではなく、交尾によって生まれる』と書いているんです。この『今となっては』だとか、『現時点においては』だとかという文言、彼の論文では頻繁に出てくるんです。〈サンサン教会〉に配慮したものなのかもしれませんが、これで教会が納得するとは思えません」


「それで、この『今となっては』だとか『現時点においては』だとかが、形而上学的な洞察を意味していると考えたわけか」


「まっ、そういうことね」


経緯は理解できた。しかし、どうやってウィリー教授の息子を助け出すかだ。単なる説得で、狂信的な人間を相手に出来るとは思わない。かといって、暴力に訴えれば、この星の政府を敵に回してしまうことになる。既に〈汎宇宙連邦〉という超大国に追われる身であるのに、得体の知れないオカルト文明に狙われるのは御免だ。


「僕、一つ思い付きましたよ。デロデロ星の当局に対抗する手段」


最初に案を出したのは、オーフェンだった。


「彼等に、僕達と同じ世界を見せるんです」

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