第11話  恐怖!? ヤマーダの呪い

入れるやいなや、ギシギシと床が軋む音がした。生暖かい空気が奥から押し寄せ、すごく嫌な感じ。


左右に下駄箱、突き当たりには、クレヨンで描いた横長の絵が掛かっている。その中では色とりどりの奇妙な生物がかけっこやボール遊びをしているのだが、足がちぎれていたり、ボールの中にその生物の首が紛れていたりと、不気味すぎる。木製の壁や床には黒い染みが無数にあり、ところどころ人の顔に見える。悲しむような顔や、叫ぶような顔、いわゆるシミュラクラ現象なのだろうが、錯覚と分かっていても不快なことに変わりはない。


「ねぇ、らばる。いいこと教えてあげよっか」


ティマが絵の前で茫然と立ち止まる。何だ何だ。こういうホラー的な場所で教えられることと言えば、ろくなことじゃない。誰かがどこどこの場所で死んで幽霊が出るとか、何かをしたら土着の神の祟りがあるとか。


「デロデロ星には、〈ヤマーダの呪い〉っていう伝承があるの」


やっぱり来た。


「なっ・・・ 何なんだ、その〈ヤマーダの呪い〉ってのは?」


「今はそういうものがあるとだけ言っておく。文化人類学用語で言うと、『感染呪術』の一種なんだけど、ホント、身の毛もよだつような恐ろしい因習だから」


「特に、僕のような過去を持った人間には、あれは恐怖ですよ」


ティマとオーフェンは、顔を見合せながらにやにや笑っている。頼むから変な布石を作らないでくれ。俺が期待してた冒険は、スターウォーズとかギャラクシークエストみたいな爽快感のあるやつで、仲間が順番に変死体で発見されるようなやつじゃないんだ。


ティマが言うには、デロデロ星には〈ヤマーダの呪い〉以外にも、様々な因習や言い伝えがあるらしい。その呼称は〈黄泉渡りの飛石〉〈穢れた机〉など。


ふと、俺は再び不気味な絵に目をやった。転がるボールや首に紛れて、妙なものが。それは茶色いクレヨンで描かれ、とぐろを巻いている。


・・・ウンコにしか見えないんだが。


その時だ。右手側から何かの気配がした。振り向くと、廊下の暗闇に赤いものがぼんやりと見えていた。それは、だんだん大きくなり、こちらに迫って来ているようだ。まさか、あれが噂のヤマーダか?


「ひっ、あそこ!! 何かいる!!」


「大丈夫ですよ。あれこそ、この星に住む知的種族、デロデロです」


やってきたのは、赤い半透明の体をもった、身長30センチぐらいの生物。背には、黒い光沢のあるランドセルのようなものを提げている。第一村人ならぬ第一星人発見だ。


「わー、お客さんだー。みんなー、お客さんが来たよー」


「ホントだー、ホントだー。お客さんだー」


「すげー。ホムスっやつだー」


一体ではない。気がつけば、緑、青、黄、紫と色々な奴が居て、ワラワラと集まってくる。不気味な星の住人であることとは裏腹に、意外と人なつっこい種族のようだ。


「ねぇ、どこから来たの? ちなみに俺の名前はサトー。お姉ちゃん達は?」


「ウチはティマよ。この二人はこっちがオーフェンで、もう一人がらばる。ウチとオーフェンはファバラのアクシラル出身。らばるは、ちょっと色々あってね」


姿はみな半透明で、蝟集している様子は雰囲気的に『もののけ姫』に出てくる木霊っぽいが、姿はまるで似ていない。着色料満載の子供用ゼリーで、人型を作った感じ。人型とは言っても八頭身のそれではなく、縦長の丸から手足が生えただけと言ったところ。確かにお化けっぽくはあるが、子供向けの絵本、それもお化けと仲良くなる感じのファンシーなやつに出てきそうで、恐さは無い。


「みんなー、ウチとオーフェンとらばるを、ウィリー教授の研究所まで案内してくれない?」


「わかったー」


こんなデザインの奴等だが、〈宇宙翻訳機トランスレイター〉は搭載しているらしく、言葉は通じる。小さな知的種族たちの案内を受けつつ、階段を二階ほど上がる。一つの都市に学校風の建物が林立しているファバラとは異なり、デロデロ星は校舎自体が一つの街であるため、廊下は異様なまでに長い。まるで同じ所をループしているかのように感じる。勿論、そんなことは無いのだが。


暗闇の中から、何かが見えてきた。床に白線が描かれている。


「ここは地獄だから、白い線の上を歩かないといけないんだよ」


緑のデロデロが、俺の服の袖を掴みながら言う。なるほど、これがデロデロの因習の一つ、〈黄泉渡りの飛石〉らしい。本当なのか迷信なのかは分からないが、皆に合わせて読んで白線の上だけを踏んで進む。ティマやオーフェンも同じく。


何か、小学校の時似たような遊びをやってたなぁと思い出に浸る。残り二本というところで、紫のデロデロがバランスを崩し、線のない所に足を着いてしまった。


「うわっ、タナーカ落ちよった。お前地獄生きなー」


「地獄や地獄。身体燃やされて骸骨なってる。骸骨タナーカや」


「逃げろー、骸骨やー」


落ちたデロデロを囃し立てると、先に〈黄泉渡りの飛石〉を渡り終えたデロデロ達が逃げていく。タナーカはそれを追いかけると、


「はー、ちゃんと結界張ったからセーフやし」


混乱も収まり、廊下をさらにに進んでいく。今度は向こうから、新たなデロデロが二人やってきた。すれ違ったとき、そのうちの一人が、俺の右腕をいきなり触ってきた。


「〈ヤマーダの呪い〉、べちょ」


そいつは、すぐさま走って逃げ出した。


「うわー呪いだー。みんな、らばるから離れろー!!」


一人がそう叫ぶと、俺の回りにいたデロデロが一斉に離散していった。


「完全小学生じゃねぇかこいつら」


追いかけるべきなのか? それとも大人になって放っておくべきなのか? どうしたら良いものかとオロオロしている俺に、ティマが解説。


「〈ヤマーダの呪い〉は、デロデロ星に大昔からある言い伝えの一つなんだよ。700年前に、ヤマーダっていうそれはとても醜いデロデロが居たんだって。古文書によれば、ヤマーダそれはとてもとても不気味な姿だったらしいの。周りのデロデロ達は、ヤマーダのことを忌み嫌い、しまいには、ヤマーダの身体や所有物に触れると呪われて、ヤマーダみたいな醜い姿になると言いだしたんだ。〈ヤマーダの呪い〉を受けても、醜い姿にならずにいる方法は、それを誰か別の人になすりつけること。文化人類学用語で言うと、接触により呪いが移るという『感染呪術』の一種だね」


ただのイジメだろ。つーか、こいつら、「山田菌」的なイジメを700年も引っ張ってんのか。たしかに「身の毛もよだつような恐ろしい伝承」だが意味が違う。


「で、その〈ヤマーダの呪い〉を持ってると不細工になるって、流石に嘘だよな?」


「うん。デロデロ星はオカルト文明の星で、物理的に不可能な現象を平気で起こしてみせることがあるのはその通りなんだけど、〈ヤマーダの呪い〉については完全に迷信だよ。以前文化人類学の本で読んだんだけど、〈ヤマーダの呪い〉は、誰かが急に『はい、〈ヤマーダの呪い〉つけた』って言って始まることが殆どなんだって。その文化人類学者は呪いが伝わっていく様子を観察したんだけど、〈ヤマーダの呪い〉を最後に持っていたデロデロが、次に〈ヤマーダの呪い〉を始めるって訳じゃないみたいなんだ」


文化人類案件じゃなくて、児童心理学案件に思えてならない。


その時、建物の外から音が響いてきた。ずっしりとした、低い鐘の音だ。


ゴーン・ゴーン・ゴーン


遠くから、こちらの様子を伺っていたデロデロ達が戻って来た。そして一斉に、俺に向かってこう言った。


「鐘なったから、呪いつけるんもうなしな」


細部のルールまでそっくりだな。まあ、地球の小学校の方がデロデロ文化のパロディなんだろうけど。なんか腹が立ったので、近くに居た赤い奴に触る。


「おい止めろって、時間切れや」


つけ返して来たので別の黄色い奴に。


「せこいわ」


そいつは、今度は別の緑の奴に。


「はー、なんで俺やねん。」


「うわきっしょ。待てっておい」


「ヤマーダ今誰?」


「俺ちがうって」


「いや、絶対お前やろ。怪しい」


「ちがう。ホンマに違う」


「べちょ」


「うわっ、フジーイ。お前かよ。待てー」


〈ヤマーダの呪い〉で遊んでいる奴等は放っておいて、サトー他数人のデロデロの案内を受けながら先に進む。途中、誰もいない教室にぽつんと置かれた〈穢れた机〉があった。これは、大昔にヤマーダと同じぐらい醜いナカムーラというデロデロが使っていた机らしい。触ると呪われるという言い伝えがあり、誰も動かさないまま500年間放置されているのだとか。


「ここが、ウィリー教授の研究所だよ」


案内されたのは、三階の教室の内の一つ。窓から中を覗いてみると、予想通り、地球の小学校の理科室のような内装。


「ウィリー教授って誰だ」


オーフェンに訊く。


「デロデロ星の科学者です。彼はデロデロ星のオカルト技術について、科学的あるいは形而上学的な観点から説明を試みようとしているんですよ」


扉を開けて中に入る。ガラスケースに置かれた無数のフラスコや謎の薬品、蛇やカエルのホルマリン漬けもある。壁には亀の剥製が掛かっている。地球の理科室と異なるのは、魔方陣の描いた紙や杖がそれらに混じってある点。


「ウィリー教授!!」


デロデロ達が叫んだ。すると、隣りの部屋から白衣を着た黒いデロデロが姿を現した。目に対して少々横長の、銀縁の眼鏡をかけている。体格は他のデロデロより一回り大きい。


「やぁ、みんな。元気にしてたかい?」


「うん」「うん」「元気ー」「俺もー」


デロデロ達が一斉に声を上げる。この辺りでは有名な人物なのだろうか? 人柄も良さそうで安心した。


「このホムスの方達は誰だい? 」


「ウチはティマ=カレンビア。こっちはオーフェン=カレンビアで、こっちは古西らばる。貴方の研究について知りたいことがあって、テルヴォール系のファバラから来たの」


ウィリー教授は、それを聞くやいなやにこやかな表情を一変、憤りを露にした。


「帰っとくれ。私は研究について見知らぬ人間、ましてや他星のホムスに教えるつもりはない」


そっぽを向き、奥の部屋に帰ろうとするウィリー教授。


「そこを何とか。〈テルヴォール系連邦〉の存続に非常に重大なことなんです」


「論文にあった宇宙の根本に存在する原理について知りたいの。それさえ教えてくれれば十分。ウチらは、ウィリー教授の研究を盗もうとか、〈サンサン教会〉に密告しようとか考えているわけじゃない」


オーフェンとティマが懇願するも、教授は一向に態度を変えなかった。説得を止めて帰ろうかとした、その時だった、後ろの扉が開き、誰かが中に飛び込んできた。白いデロデロが二体、かなり切迫しているようだ。


「大変!! 大変!! ウィリー教授!! ウィリー教授の息子が当局に捕まった」


「なっ、何だって!? 本当か?」


「うん。警察の人がもうすぐ来る。近親相姦だって。近親相姦」


近親相姦? いきなりの展開であることはもとより、この感性小学生レベルの種族からそんな言葉が出るなんて思いもよらなかった。


「これは不当逮捕だ」


とウィリー教授。


「常套の手口だ。特高警察達は、〈サンサン教会〉の教義に反する思想を持った人物やその近親者に、こう声をかけ、近親相姦の容疑で逮捕するんだ。『ねぇ、ちゃんと風呂入ってる?』」


やっぱりこいつら小学生だ。

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