第10話 模型に乗って?さぁ出発!!
ティマは電子ペーパーを俺とオーフェンに手渡す。どうやら〈エロ本破り捨てドライブ〉の台本らしい。
「じゃあ、始めるよ。まずは宇宙船を真ん中の地面に置いて、みんな一個づつフィギュアを持つ。ウチが〈
ティマは、鉄塔にケーブルで繋がった装置の黄色い蓋を空け、中のスイッチを弄り始めた。バリバリという音と共に、無数のアンテナが光ると、四つの鉄塔とそれらを結ぶ金属線に蒼白い稲妻が迸り、周囲の景色を白く明滅させ、雷鳴をとどろかせる。全身の体毛が癇癪を起こした狼のように逆立った。意外と臨場感はある航行法みたいだ。
「3、2、1、アクション!!」
「ワープドライブ準備。エネルギーチャージ開始します」
オーフェンが、フィギュアを前にかざしながら、迫真の演技で台本を読み始めた。稲妻はどんどん激しくなり、大気を乱し、制服のネクタイとカッターシャツを靡かせる。
「エネルギー、チャージ10パーセント。あれ、おかしいな。上昇速度がいつもより遅い。まさか、空間制御システムに不具合か!?」
「たっ、大変よ。さっきの戦闘で第二燃料庫が破損して、エクストリウムが流出していたみたい!! メフィスト帝国の奴等、最初からこれが狙いだったのよ!! 私達に正面切って戦ったら勝てないから、ワープドライブを失敗させて、その隙に船を攻撃するつもりなんだわ!!」
続いてティマ。つーか、こんな設定いるのか。
「次、らばる。早く!!」
「えーっと・・・ ティ、ティマ船長。エクストリウムなら、第四格納庫に予備があります」
「はっ、早くそれを入れるのよ!! エネルギーチャージが完了する前に」
「ええーっと・・・ はい、すぐに補給いたします・・・って、これ、本当にやらなきゃ駄目なのか?」
「差し迫ったシチュエーションの方が、臨場感が出て、〈エロ本破り捨てドライブ〉は成功しやすいの。 心配しなくても、余計な情報は後で一緒に消し去るから、早く続けて!! 途中で演技を止めると、予期しない事態が起こって危険!!」
「えーっと・・・船長、補給完了まで約一分かかります。たっ、大変です。後部モニターにメフィスト帝国の追手が迫っています。どっ、どうしましょう? 」
「さっきの戦闘で武器は殆ど使い果たしたか、或いは破壊されたかです。唯一の例外は・・・」
「主砲の〈
「そんなものをワープドライブの準備中に撃ったりしたら、船体にエネルギーが集中して大爆発を起こしてしまいます」
オーフェンの台詞。
「ということは、待つしかないわけか・・・」
俺の台詞。
「いいえ、撃つわ」
ティマは誇らしげに胸を張りながら、宇宙船の模型を曇天に捧げるように持ち上げた。
「しょっ、正気ですか!? 」
「いまこの船を襲撃している敵機は反陽子ビーム砲搭載の〈アーリャマン281〉よ。このまま攻撃を受け続けたら、私達はいずれにせよ宇宙の塵。一方的にやられるぐらいなら、一か八か掛けてみる 」
「成功確率は1パーセント未満です」
「構わないわ。エネルギ・チャージ開始!!」
校舎が揺れ、光の明滅がさらに激しさを増した。フィギュアを片手に、もう一方の手を床に付けて身体を支える。宇宙空間での戦闘で飛び交う様々な光で目を痛めないよう、窓には遮光性の高い材質を使用しているそうだが、それでも目を細めずにはいられなかった。
「ただいまワープ・エネルギー・チャージ30パーセント。主砲エネルギー・チャージ20パーセント」
オーフェンが叫んだ。モニターの二つゲージが上昇していく。ゲージの色が青から緑に、緑から黄色へと色を変わっていく。そして、ワープ・エネルギーの容量を、主砲エネルギーの容量が追い越した。
「ワープ・エネルギー・チャージ40パーセント。主砲エネルギー・チャージ50パーセント」
ゲージに比例するように、室内の温度もどんどん上昇。全身から汗が流れ始める。
「ワープ・エネルギー・チャージ50パーセント。主砲エネルギー・チャージ80パーセント」
船体が激しく揺れる。〈アーリャマン281〉の攻撃も激しさを増しているらしい。船内の室温も極限に達し、地獄の釜で蒸し殺されているかのようだ。俺は、ここが自分の死に場所になるのではないかという覚悟をした。だが、それでも構わない。祖国の人々を皆殺しにし、大切な両親の命まで奪ったメフィスト帝国の勢力に一撃を加えられるのならば。
「ワープ・エネルギー・チャージ60パーセント。主砲エネルギー・チャージ100パーセント。〈
ドドーンと轟音がして、室内が純白の光に包まれた。船体が激しく揺れ、気がつけば俺はフロアに倒れ伏していた。オーフェンも同様だった。ティマ船長はというと、左右の肘掛けを固く握り締めながらパイロット席に座って後方を写すモニターを眺め、この船の最終兵器が放った一撃の行方を見守っていた。
巨大な蒼白い閃光の柱は大きく拡散し、後方から追尾する合計8機の黒い影を呑み込んだ。約15秒。光が晴れると、そこには宇宙の漆黒をバックに輝く星達の他に、何も残っていなかった。
「やっ、やったわ・・・」
そう言葉を残し、気を失う船長。凛々しい紫髪が背もたれによれかかる。
「ワープ・エネルギー・チャージ80パーセント。90パーセント。100パーセント。只今より、ハイパースペースに突入します」
窓の外が一瞬にして、油膜のような虹色の空間へと変貌した。船が三次元では無い方向に方向転換したことで、平衡感覚が狂い始め、いわゆるハイパースペース酔いが始まる。それにしても、船の軌道が不安定だ。俺はハイパースペースにいる始終、脱出が出来ずこの超次元空間に取り残されるのではないかという焦燥に駆られた。
「あれ、私・・・」
ティマが目を覚ます。同時に、外界は見慣れた宇宙の景色に戻った。
「船長、ワープ・ドライブ無事成功しました。ハイパースペース脱出成功です!!」
「オーフェン、やったのね!! 私達、助かったのね!!」
泣きながら抱き合う二人。俺もそこに加わり、同じ感動を味わう。窓の外には、目的の星の姿があった。
「あれがデロデロ星か?」
「うん」
「やっぱり、オカルト文明というだけあって、不気味な星だな」
全体が黒い雲で覆われた惑星だった。時々真っ赤な閃光がその中を走る。大地は全体として球形に密集ものの、粉々に砕けており、一つに纏まってはいない。その切断面には、緑の魔方陣(少なくとも俺にはそうとしか見えない)が無数に描かれていて、互いを引き合っている。
恒星の色は蒼白く、巨大で、不気味さをより引き立たせていた。デロデロ星にここまで接近していてもデロデロ対恒星の比率は5対1程度。
モニターがズームして、惑星の細部を映し出した。同じく魔方陣に支えられた、空飛ぶ建造物。それはまたしても「学校」だった。
しかし、今度のものは小規模な木造校舎ばかりで、どれもボロボロ。昭和の香りがするというか、不穏な噂のある旧校舎として学校の怪談に出てきそう。
「じやっ、今から入国の連絡をするね。大丈夫。ここはテルヴォール系からは300万光年ぐらい離れてるけど、〈テルヴォール系連邦〉の領域だから。らばるも事情を説明すれば入れてもらえると思う」
俺はティマに言われるままモニターの前に立ち、ピンセットで腕の表皮を採取。それを前の容器に置いた。遺伝子情報がパスポートの代わりなのだろう。
無事許可が下り、俺達はデロデロ星の中心都市であるアッシリマヘンカに着陸することになった。
蒼白い光に照らされた夜のグラウンド。目前に聳える不気味な小学校風の木造校舎。生暖かい風が全身に吹き付ける。背後を振り替えると、緑のフェンスの向こう側に、何もない真っ暗闇が広がりっていた。時折遠くの方で、赤い稲光がしている。ふと足下を見ると、宇宙船の模型と三体の人形が転がっていた。
「うーん・・・」
「らばる、何か嫌なことでもあった?」
「俺達、この星にどうやって来たんだっけ?」
「まぁまあぁ。あまり気にしないで下さい。僕も覚えてないんですけど、多分アレでしょう。少しばかり情報を消し過ぎたみたいです」
アレって何だよ。つーか、気が付いたらこんな星に急にいて、凄く気味悪いんだが。俺は二人に連れられ、恐る恐る校舎の中へと足を踏み入れた。
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