第9話 宇宙は究極集合!?

夕食は新校舎二階の家庭科室で、三人で食べることになった。食材は教室から持ち込むが、料理は家庭科室の設備で行うのがこの星の慣習のようだ。


その後、教室にて就寝。現実の人間を性の対象としない文化なので、寝床を性別で分ける慣習も存在しない。修学旅行の夜みたく、布団の中で天井を眺めながら話す。


「で、〈テルヴォール系連邦〉と〈汎宇宙連邦〉の対立について、もう一度分かりやすく整理してくれないか」


「前にも話したみたいに、約800年前、私たちの二次元オンリー政策と彼らの現実恋愛オンリー政策が、恒星間性暴力の対策を競いあって、私たちが勝った。でも、〈汎宇宙連邦〉の人達はそれを受け入れたくなかったみたいなんだ。だから、『脳内でシミュレートされる別の意識』という反証不可能な形而上学的理論で、私達の文化を抑制しようとしているの」


「いや、反証不可能なら、そもそも問題にしなければ良いんじゃないか? 恒星の周りを回る小さなティーポッドが存在しないことを証明しなかったからといって、それが存在することになるわけじゃない」


「地球なら、そういう理屈も通じたかもしれません。しかし、僕達の星には既に知性のあるAIがいて、人権も与えられているんですよ。それが外形的に人間の感情を模倣できるのであればね。当然ながら、人権を認められたプログラムを実行すれば、映像が画面に表示されていなくとも、人権は認められます。そして、人間の脳も、自分以外の第三者の感情を模倣できることに変わりはありません。そこで、それを区別することが本当に出来るのかって言う話なんですよ」


「純愛物好きのグループからは、〈汎宇宙連邦〉の考えを受け入れ、『脳内嫁』や『脳内婿』に人権を認めようという動きも出てきちゃってるの。だって、彼ら彼女らからしてみれば、自分達の愛するキャラクターに心があることになるわけだからね。一部の業界団体も自主規制を始めていて、最近の凌辱ゲームの最初には、こんな注意書きが入るようになっちゃったんだ。『このゲームの登場人物は全員哲学的ゾンビです』」


何だそれ。そんなの書いたからって、意識が脳内でシミュレートされるかされないかが変わったりはしないと思うが。


「純愛好きと凌辱好きの対立はどんどん激化していて、このままじゃウチらの〈テルヴォール系連邦〉は、純愛好きの国と凌辱好きの国に分裂してしまうかもしれないんだ。そうなれば、〈汎宇宙連邦〉には対抗できない。現実の人間を欲望の対象とする野蛮な文化が復活してしまう」


「そこで、僕達凌辱好きのグループが唱えたのが、〈宇宙究極集合説〉なんです。以前も説明しましたが、この理論によれば、計算によりシミュレート可能な構造は、すべて実在していると考えるんです。そして、情報構造が同じであれば、それを体験する意識も同じものとみなします。すなわち、計算という行為は、予め存在しているその情報と繋がることに過ぎず、情報を新たに生み出すわけではない。この理論であれば、凌辱物の同人誌を読んだり、凌辱物のゲームをプレイしたりしても、脳は別の宇宙の凌辱を受ける人物の情報と繋がったに過ぎず、世界に新たな苦痛が生まれるわけではありません。一方、純愛好きからしてみても、意識のある存在と繋がり、愛し合っていることになるんです。『脳内嫁』や『脳内婿』は心を持つ。たとえそれが、宇宙に存在するありとあらゆる数学的構造の一つに過ぎないとしても」


「〈宇宙究極集合説〉は、凌辱好きと純愛好きが共存できる理論なんだ。だから、ウチらはそれを証明しようとしているわけ」


途方の無い話を聞くのに疲れて、俺はそのままうとうとと眠りに落ちた。エロの話が壮大なものと繋がるのは、せいぜいアメリカ合衆国憲法修正1条までにして欲しい。並行宇宙や「私とは何か」という問題にまで飛ぶのは御免だ。


とは思ったものの、俺だってこれから凌辱好きとして生きていくためには、エロゲーはおろか脳内妄想をするたびに、宇宙に苦痛を産み出してしまうという状況は非常にまずい。


また、俺には否定されたくないものがある。俺の今までの人生、-苦手な数学を必死に克服して大学に合格したこと、準決勝で破れた中学最後の剣道の県大会、小学校のときなかなか捕まえられなかったウラギンヒョウモンを捕まえた感動、そして幼稚園のときウルトラマンティガで性に目覚めたこと-は、従来の宇宙観では全く存在しないことになる。


しかし、宇宙には計算可能なありとあらゆる数学的構造が存在するという〈宇宙究極集合説〉では、俺の「偽」の記憶にある宇宙と全く同じ宇宙も、存在していることになる。さらに、〈宇宙究極集合説〉では、情報パターンが同じであれば同じ意識であると捉え、意識の同一性は、情報構造(すなわち記憶)が連続していることで担保されると考えるのだ。つまり、ある時点tの記憶を持ったその次の状態の脳t+1と、t+1の状態の記憶を持ったその次の状態の脳t+2があるとき、逆の順番にコンピューター上でシミュレートされようが、全く別の宇宙に存在しようが、それは同じ意識であり、t→t+1→t+2の順に流れていく。


つまり、俺の「偽の」記憶を経験していた意識は確かに存在し、その意識と俺の今の意識は繋がっているのだ。


俺は「人類は地球出身で、まだ地球と月以外の星には行ったことがない」と信じている3Dプリンター製の芸術作品だった。同時に、地球出身で、まだ地球と月以外の星には行ったことがない人類のほうでもあった。ふたつのパターンは継ぎ目なく合流した。一方の歴史が真実で、もう一方は虚偽だなどとは誰にも言えない。


俺は凌辱ゲーの未来と自分の過去を守るため、ティマやオーフェンと共に、〈宇宙究極集合説〉を証明する旅に出ることを決意した。


「じゃっ、らばる。今日はデロデロ星の調査に出かけるよ」


「デロデロ星って、一体どんな星なんだ?」


「〈テルヴォール系連邦〉で唯一、オカルト文明を持つ星です」


オーフェンの言葉に愕然とする俺。こんな先端テクノロジーの溢れた場所で、「オカルト」なんて言葉を耳にするとは思いもしなかった。


「あのなぁ。オカルトっておいおい。一体どいいう風の吹き回しなんだ。まさか、『脳内で計算される別の意識』を反証できないからって、肉体と霊魂は別みたいなデカルト的な心身二元論に回帰しようって魂胆じゃねぇだろうな」


「そんなんじゃありませんよ。デロデロは〈テルヴォール系連邦〉の中でも最先端の技術を持つ国家です。ただ、その仕組みが全くといって良いほど未知で、僕達にはオカルトにしか見えないんですよ。『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』って言うじゃないですか」


「デロデロ星に住んでるのも、ウチらホムスとは別の種族なんだよ。そのまんまデロデロって言うんだけど。彼ら彼女らのような先進種族なら、宇宙の根本構造について何か凄い研究があるかもしれない」


なんか激しく不安だが、背に腹は変えられない。


それはそうと、この準備はなんだ。俺は早朝「校舎」の屋上にいて、人型のフィギュアが三体と宇宙船の模型が一つ。持って来いと言われたから教室から持ってきた。屋上の四隅には、八木アンテナのようなものが沢山付いた、巨大な鉄塔が聳える。鉄塔型機械はなんだか凄そうだが、フィギュアと模型なんか何に使うんだ? 超光速航法の準備だそうだが、どう見てもポリ塩化ビニル製の普通のやつで、時空を歪めるのに役立ちそうな要素は何一つとして見当たらないぞ。


「じゃっ、今から〈エロ本破り捨てドライブ〉に入るよ」


何だそれ? ネーミングが謎過ぎるんだが。


「以前、私達の星がまだ〈リアコン〉達に支配されていた時代には、凌辱ものやロリ系作品が禁止されていて、『大人が演技をしている』ことを示すシーンを入れてたって話をしたの覚えてる? それから、買った人がみんな『演技である』ことを示す部分を破り捨ててたって話も 」


そういえば、何かそんな話してたな。しかし、それと超光速航法と一体何の関係があるんだ。


「凌辱やロリは禁止でも、『凌辱やロリの演技』は禁止じゃなかった。それと同じで、相対性理論は光速を超えることを禁止しているけど、『光速を超える演技をする』ことは禁止していないんだよ。超光速の宇宙戦艦ごっこなんて、子供でも出来る。だから、まずは『光速を超える演技』をして、後から『それが演技であるという情報』を消し去る。それがファバラの伝統的な超光速航法〈エロ本破り捨てドライブ〉だよ」


さっきの〈宣誓ドライブ〉といい、こいつらは相対性理論を何だと思ってるんだ。

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