第7話 性愛のイデア
「はじめまして。オーフェン・カレンビアです。ブリカ・シマーラ」
オーフェンは、甘いマスクでにっこりと笑ながら、胸の前で両手を繋ぐ仕草(星に祈るメロドラマのヒロインのよう)をした。これはおそらくこの星の挨拶で、「こんにちは」は翻訳の例外なのだろうか。
「ブリカ・シマーラ」
真似ることが失礼に当たらないかとひやひやしつつも、同じポーズをする俺。横からティマが、
「らばる、違うって。こういうときは、『下級巫術に用は無い』って言うんだよ」
と笑ってつけ足す。
これはファバラで流行中のアニメ(ホログラムやフルダイブ式BMIなどではない地球と同じような画面で見やつ)のワンシーンで、それを真似るのが最近の正式な挨拶らしい。主人公に回復魔術をかけようとしたヒロインに対し、主人公が「そのレベルの魔法はいらない」という趣旨の発言をしたことが、「酷い」「主人公らしくない」という理由でネタにされ、ミームとして広まったらしい。ちなみに、百合作品なので、ここで言うヒロインとは女主人公の恋人のことだ。
「そういや、さっき『クラスメイト』って言ってたけど、あんたら、学生なのか?」
オーフェンが、にこやかな表情で、いやいやと手を振って答える。
「本当の学校はもう卒業していますよ。〈知識チップ〉が実用化されてからは、義務教育の知識については脳の機械にインストールすれば良いんで、学校の役割は精神面の発達だけです。14歳で卒業ですよ」
「じゃあ、『クラスメイト』ってのは? 」
「あなたたちの星でいう、夫婦のことです。僕達の星に性関係のパートナーシップはないので、『夫婦』とは訳されなかったのかと。『クラスメイト』とは言っても、メンバーは一人から五人までと決められているんで、本物の学級ほど多くありません。しかしまぁ、大胆な訳し方だ」
〈
後頭を掻いて笑うオーフェン。自分の性愛対象は小学校で変わって以来ほぼ女性だが、けっこう萌えた。(おっと、いけない。この星でこれはタブーだ)
「ちなみに、フルネームはオーフェン=デ=ノア=カレンビア。直訳すると『カレンビア学園三年二組のオーフェン』という意味です。ティマはティマ=デ=ノア=カレンビア。あっ、『カレンビア学園』なんて何処にでもある苗字なんで、プライバシーは気にしなくても大丈夫です」
「ウチらは、『ゲーマー×テイマー』ってゲームのファン同士だったから、付き合うことにしたんだよ。美少女や美男子のARゲーマーを育ててゲームで闘わせるVRゲームなんだけど、とっても面白いよ。らばるも家に来て、一緒にやらない? 」
『ゲーマー×テイマー』とやらが本当に面白いのかとか、原題でも韻を踏んでるのかとかは置いておくとして、とりあえず俺はティマの家にお邪魔することにした。
アクシラルの街を散策しながら、この星の文化・慣習について尋ねる俺。しっかし、右を見ても左を見ても『学校』ばかりだ。私立お嬢様学園風が多いが、一般的な公立小学校風の校舎や、ファンタジー世界の魔法学校っぽいのも。民家だけでなく、店舗や本物の教育機関もあるのかもしれない。
「それはそうと、この星って、現実の人間に欲情することがタブーなんだよな。なのに、二人はどうして美少女や美男子なんだ? 顔やスタイルは生まれつきだから仕方ないとして、結構着飾ってるようなんだが・・・」
「美少女? 美男子? 嫌だな。現実の人間に性別なんてありませんよ。僕達はただのAAとAGです。『男性』や『女性』は、架空の世界にしか居ません」
「実は、『リアルの人間を性の対象にしてはいけない』タブーにも一つだけ例外があるんだよ。それは自分自身。ウチらはオートガイネフィリアとオートアンドロフィリア、つまり女性化した自分や男性化した自分が好きだから、こういう姿をしているの。〈リアコン〉文化で言うような女性や男性じゃあないんだよ」
「まあ、一応は現実の身体を使ってセックスアピールするわけですから、中には〈リアコン〉を助長するって言って、批判する人も多いんですけどね。この星では現実の身体は基本的に無性化して、架空のキャラクターと恋愛や性交渉を楽しむ時だけ、仮想現実や拡張現実を使って、気分でどちらかの性別になるという人達が多数派ですから」
地球のSNSで男オタが美少女キャラ、女オタがイケメンキャラのアイコンを使うようなものだろうか。それはそうと、「男性向け」作品のところに女性がいて、男性であるオーフェンは美男子のゲームを持っていた理由がやっと分かった。しかし、いわゆる性同一性の問題は生じないのか?
「それは、現実世界で性別を持つ文化特有の問題かと。この星では、身体的に無性化してる人もいない人も、普段は大半が中性的な装いをしています。私たちAAやAGも、中身はバラバラ。この星では、『女性として生きる』『男性として生きる』という言葉自体、意味を成さないんです」
なるほど。これは個人的には理想郷かもしれない。ティマやオーフェンのことは可愛らしいとは思うけれど、別に他の人間達から彼らを独占したいとは思わないし、俺はそもそもラブラブエッチには興味がない。そんなことより、この二人と純粋に友達になって、宇宙を旅したい。性欲なんぞ、イシキちゃんにでもぶつけりゃいい。
しかし、本当にこんな文化が成立しうるのか? みんな、実はひっそりとセックスしてるんじゃないか?
「確かに、この星でも、年に数十件ほど『同意わいせつ』事件が起こりますし、〈汎宇宙連邦〉ほどではないものの、強姦事件もないわけではありません。しかし、〈コチニール画法〉が発明されてから、実在する人間に性欲を抱く人自体が減少しています。『機会的同性愛』って、ご存じですか」
「機会的同性愛」というのは、異性に触れる機会が極めて少ない状況下においては、本来的に異性愛者である人が、同性に恋愛感情や性的欲求を抱くという現象だ。男子校や刑務所がその代表例。しかしながら、環境を離れると元に戻り、同性には関心を抱かなくなるらしい。
「つまり、人間は、性の対象として最も理想的な存在を見ることがなければ、代償として別の対象に性的欲求を抱くんです。そして、進化論のランダム性ゆえに、実在する人間の異性が、『異性愛者』と呼ばれる人達の性の対象として最も理想的な存在であるという保障はどこにもありません。〈リアコン〉の人達はいわば『機会的異性愛』の状態にあるわけです。すなわち、『現実の異性』よりも理想的な存在、いわば性愛のイデアというべきものに囲まれてさえいれば、現実の人間に欲情する危険は減少するんです」
「コチニールってのは、エッチな漫画を描いてる同人サークルの名前。そのコチニールが、約300年ほど前に、さまざまな最先端技術を使って人間の性愛のイデアを分析し、それに最も違い絵の描き方を発明したのが〈コチニール画法〉。今じゃこの画法はこの星のありとあらゆるメディアで使われていて、『機会的異性愛』の発現を防止しているわけ」
確かに、この星の美少女キャラクターや美男子キャラクターの画風は地球のものとは少し違っていた。今の自分には、地球の画風の方が良く感じるんだが、それは恐らく俺がまだ〈コチニール画法〉に慣れていないせいだろう。現代人が「引目鉤鼻」を魅力に感じないのも、慣れの問題だ。
「これでも、〈汎宇宙連邦〉のような〈リアコン〉文化の人達は、ウチらのことを性差別者呼ばわりするんだよ。本やアニメやゲームのキャラクターに『男らしさ』や『女らしさ』があるとか、本やアニメやゲームの中に『恋愛』でないエッチがあるってだけで。現実世界で性別を持って、セックスして、家族までセックスと結び付いてるような文化圏がだよ」
「この星は今でこそ自由なセクシュアリティが認められていますが、遥か昔、まだ現実の人間との性行為が許されていた時代には、成人した
地球の業界ルールとはやや異なるが、馬鹿馬鹿しい表現規制というのはどこの星にもあるようだ。
「まあ、そのページは結局のところ、破り捨てられたり、削除されたりしてたんだけどね」
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