第6話 性に関するタブー

新しい宇宙船は真ん丸い形をしていた。広さは六畳に内接する円ぐらいで、さっきのに比べると窮屈ではあるが、二人乗りには丁度良い。一番の特徴はというと、船体が全て半透明で、外から中も、中から外も、丸見えだと言うことだ。入り口は球の表面の一部がぱっくりと上下に開くというもので、全体の外観は妖怪の「べとべとさん」に近い。船内の機材までスケルトンで、重なった部分が濃くることで、複雑な構造が見てとれる。


「じゃっ、〈ハッブル・ドライブ〉に入るよ」


「〈ハッブル・ドライブ〉? 今度はどんな超光速航法なんだ?」


「いいから見ててね」


ティマが複雑な操作をすると、船外で眩い一瞬の爆発が起こった。その反動でだんだんと船が加速し、周囲の星達が伸びていく。後方を振り向けば、ドップラー偏移によりレモンジャーネの色がどんどん変わっていくのが分かる。緑から黄色に、黄色から赤へと遷移しながら縮小し、周りの星とともに一点へと吸い込まれて消えた。


しかし奇妙なのは、この船が消失点からずっと尾を引いているということである。この船は「移動している」というより、「伸びている」のだ。


「実はこの船の船体は物質ではなく、空間そのもので出来ているんだよ。この宇宙には、光速を超えるものは存在しないって言われてるけど、実は例外もあって、遠くの方にある銀河が、宇宙の膨張で離れていくスピードがそう。なぜそんなことが起こるかっていうと、宇宙の膨張は空間自体が伸びていて、中の物質が移動してるわけじゃないからね。物質は無理だけど、物質を含んだ空間の速度は光速を超えられるんだよ」


「つーか、何かこの船だんだんと色が薄くなってきてないか?」


「そりゃあ、膨張してるからね。でも、大丈夫。この船、1400億光年は伸びるから」


彼女の母星であるテルヴォール系第二惑星ファバラがモニターに映るやいなや、俺は驚きを隠せなかった。その時には、船はもはや完全な透明になってしまっていて、俺達と船に持ち込んだ備品が生身で宇宙空間に浮いているようにしか感じられなかったことも驚きなのだが、それ以上にこの星のデザインが・・・


「これは、一体どうなってるんだ?」


「ああ。今流行りの〈痛惑星〉よ」


なんと、惑星の表面に美少女キャラクターの絵が描かれているのである。白いワンピースに麦わら帽子を着た清楚系の女の子に、赤髪の凛とした女戦士、日本刀を持ったどこか陰のある制服少女や金髪ツインテールの幼女etc。地球が白い雲に包まれた珠であるように、この星は宇宙から見た外観に計八体のキャラクターがラッピングされているのだ。


「ちなみに裏はこんな感じ」


上半身がはだけた美男子二人が三組、計六人が抱きあっている。うちヤクザとサラリーマンらしきカップルは、サラリーマンが上になる形で互いに接吻。


「こういう絵柄になるように、建物や地形を加工してるんだよ。まあ、ほとんどはホログラムが補ってるんだけどね」


俺達の宇宙船は、丁度赤髪女戦士がこれ見よがしに晒している腋のあたりに着陸した。同時に、空間宇宙船は縮んでいき、尾っぽを吸収すると小さなビッグクランチを起こして跡形も無く消滅した。どうやら使い捨てだったらしい。


「ここはファバラの首都アクシラル」


「なんか、学校みたいな建物が一杯あるんだが・・・」


近未来的な縦長のビル群に混じって、地球の高校や中学の校舎のような建造物が沢山。それもお金持ち私立学園のようにきらびやかなものばかり。あるものは緑屋根の赤煉瓦、あるものは純白の神殿風。全て校庭まで付いていて、全体の外観からそれが学校であるという印象を受ける。


「これはファバラの伝統的な民家だよ。大昔の学校のデザインが基になってるのは確かなんだけど、大人になってもまた学生時代に戻りたいって思う人が多かったから、だんだんとこういうデザインの家に住むようになったらしいよ。ちなみにウチのこの服も、昔の学校の制服をモデルにしてるんだけど、今じゃれっきとしたファバラの伝統的民族衣装なんだ」


「ふーん」


「ああっ、今日丁度『文化祭』やってる。行こう、らばる」


グラウンドに人だかりと屋体が沢山出来ていた。看板がホログラムであることや、ホログラム製の美少女や美男子や小動物マスコットがウロウロしていること以外は、地球の学園祭とさほど変わりはない。紙コップに入ったポテトフライや出来の中途半端なお好み焼き、地球のアイスの天ぷらに似た食べ物などを食べ歩く人達とすれ違う。しかし、大きな紙袋を提げていたり、ディスクや冊子の束を抱えている人も多い。


「らばるー、何か買ってかない?」


ティマが案内した屋体にに並んでいたのは、服がはだけていたり、白い例の液体にまみれていたり、俺の股間に付いているあれを大口でしゃぶったりしている美女や美少女。紙の本や物質のフィギュアはもちろん、ホログラム製のフィギュアやソフトウェアのディスクもある。一人の女性が、頭にかぶって何かを試していた。その隣には、なんと小学生ぐらいの子供はまでいる。


「えーっと、何だこれは?」


「何って、エッチな本とかゲームとかの屋体だよ。一つの『学校』で年1~2回の『文化祭』があるんだけど、どこの『文化祭』でも大人気だよ。今回のウチのお薦めは、『量子セックス~無数の並行世界であの娘とエッチ~』っての。あっ、でも、これは純愛系だかららばるには向かないかも。凌辱系なら、『再帰姦』がお薦めかな。宇宙刑事のヒロインがレイプを具現化した魔物に犯されるフルダイブ式3Dムービーだよ。ちなみに、今度の文化祭で発売予定の続編『再帰姦2』は、『レイプを具現した魔物に犯される』という概念を具現化した魔物に犯される予定なんだって。それから今年は『超概念モノ』もアツいくって・・・」


こういう文化が地球から遠く離れたら星にもあるってのは嬉しいんだが、どれもこれも「超越者向け」タグが付きそうなものばかりだ。読み物としてはともかく、ズリネタには使えないだろう。


「うーん、性癖やジャンルの違いにとやかく言うつもりはないが、大丈夫なのか? 小さい子供にこういうの見せて」


「うーんとね、〈汎宇宙連邦〉だと、そういう考え方の星が多いんだけど、ウチのところじゃ、そうは考えないんだよ。子供が自分から見たいものを見るならね。むしろ、こういうのを小さいときから見せておかないと、〈リアコン〉になってしまう危険があるんだって」


「えーっと、その〈リアコン〉ってのは?」


「〈リアル・ヒューマン・コンプレックス〉略して〈リアコン〉。現実の人間に欲情する人達のことだよ。偉い人達が言うには、育ちが悪かったり、異性を見下していたりすると、〈リアコン〉になってしまうんだって」


えーっと、カルチャーショック。この星では、二次元が多数派で、「現実の人間との性交渉」がタブーなのか?


「そうだよ。現実の人間とセックスするのは、ウチらの星系だとれっきとした犯罪だよ。これもまた偉い人達の考え方なんだけど、たとえ大人同士で合意のものでも、現実の人間との性交渉を許容しちゃうと、現実の人間を性欲の対象とする風潮を助長して、強姦をする人や、子供と性行為をする人が出て来てしまうらしいんだ。しかも、大人同士のそれも、本当に合意の上で行われているかは怪しいし」


「恋愛は?」


「あんなの論外だよ。あんな関係が『愛』だなんて妄想が許されるのは、絶対に二次元だけだって。だって考えてみて、『愛してる』はずの人が、他の異性と仲良くしたり、場合によっては遊んだりしただけで大激怒して、場合によっては殺人まで起こるんだよ。異性をモノ扱いしているでもないんなら、あんな関係を現実の人間に望んだりは絶対にしないよ。純粋な友情に基づく関係で十分。またまた偉い人の話だけど、あれは『愛』でも『性欲』でもなく、『支配欲』なんだって」


ティマによれば、〈テルヴォール系連邦〉と〈汎宇宙連邦〉が対立している事柄というのは、そのことだったらしい。800年ほど前に恒星間宇宙で性暴力や性差別が社会問題化し、その対策が叫ばれるようになった。〈汎宇宙連邦〉は、愛に基づく夫婦間の性行為のみを認め、強姦や年少者との性行為はもちろん、愛のないセックスも現実とフィクションとを問わず禁止することを主張した。一方ファバラを始めとした〈テルヴォール系連邦〉は、フィクションの世界では強姦であろうか小児性愛であろうがありとあらゆる性的傾向を認める代わりに、現実世界での性交渉はパートナー関係にある成人間同士の合意を含めて、一律禁止にすることを主張した。家族は友情や趣味に基づくパートナーシップ、子供は人工受精で作られ、学校で児童心理学や教育学の専門家により育てられた。


二つの恒星間国家は、試験期間を設け、それぞれの施策を実行した。そして、性犯罪の減少率や男女平等指数を、犯罪の定義や暗数を含めて算出し、比較した。その結果、〈テルヴォール系連邦〉の方が良い成績を上げだのだ。


「ウチらの国は、〈汎宇宙連邦〉に、現実の人間との性行為を禁止するように勧告した。これ以上女性や子供、とくに架空のキャラクターを性の対象とする普通の女性達や子供達が、〈リアコン〉の倒錯した欲望の被害に遭わないようにって。でも、彼らはそれを受け入れなかった。それどころから、彼らは新たな理論を組み立て、ウチらに強姦や拷問の空想を止めるように言ってきた。その理論が、らばるの罪状にあった、『脳内で計算シミュレートされる副次的な意識』の問題」


そこに、一人の男性現れた。薄桃色の髪をしたベビーフェイスの青年で、上半身は白いカッターにベージュのベストと赤いネクタイ、下半身は黒いズボン。おそらく男性用のファバラの「民族衣装」だ。右手には、ソフトウェアのパッケージらしき箱を持っている。可愛らしい感じの男性が二人並んで、上裸で白液まみれで触手に絡まれているイラストだ。地球で言うところの腐男子なのだろうか?


「やぁ、ティマ」


「あっ、オーフェン」


「この人は一体?」


「紹介するね。オーフェン=カレンビア。ウチと同じ〈カレンビア学園〉の『クラスメイト』なんだ」

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