第4話 壱の目揃え(ファンブル・メイカー)

再び独房に独り残される俺。脱出方法を考えたものの、あれだけのテクノロジーのレベルを見せられた以上、不可能という結論しか出なかった。ああ、「俺」はこのまま死んでしまうのか。


そう思った時だった。ドン!!という爆音がした。薄ピンクの部屋が深紅に染まる。あまりに突然の出来事に、俺は反応を示すどころか硬直してしまった。


「やあ、君がらばる? 」


背後から声がした。振り替えると、そこには割れた壁をバックに、白煙に包まれる美少女がいた。


「ウチはテルヴォール系第二惑星ファバラのティマ=カレンビア。よろしく」


どれほどの美少女かというと、テレビタレントや映画女優も含めて、俺が今まで見てきたリアルの人間に彼女ほどの美人はいない。今いる二次元のキャラクターを遺伝的アルゴリズムで進化させて、百代目の一番美少女だったキャラをそのまま現実世界に投影したかのよう。目はどんぐりのように大きいものの、全体として顔立ちは整っており、肌はコンピューター・グラフィックスのように艶やかで、スタイルも抜群。それでいて、精悍な表情をしている。 髪は濃いめの紫でロング。地球の女子高生の制服のような衣装とは対称的に、赤い口紅を塗っている。一つ気になるのは、頭に謎の輪っか型の機械を嵌めているということだ。


「さあ、今から脱出するよ。これを頭に付けて」


差し出されたのは、彼女とお揃いの輪っかの型機械。これ頭に装着しろと? 怪しい感じもしなくはなかったが、これに賭けるしか、「俺」が生き残る方法はなかった。サイレンが鳴る。


「追っ手が来る。とりあえず、一緒に逃げるよ。ウチは前を担当するから、らばるは後ろを時々振り返って、警備員が来たら爆発で吹き飛ばすのをイメージして。大丈夫。今のらばる君は、念じれば大抵のことはできるから」


ティマは、俺の手を引いて、割れ目から駆け出した。突き当たりを右に曲がると、左に警備員が二人。俺達を確認するやいなや、ダンシーニが持っていたライトセイバーの柄のようなものを向けてくる。


「早く!! 爆発をイメージ」


俺はティマに言われるとおり、迫りくる二人の警備員の間に白い閃きが生まれ、爆発を引き起こすのをイメージした。


駄目だ、何も起こらない。もう一度。


次の瞬間。俺のイメージとは少し違う爆発が起こった。


ドン!!


爆発の色は真っ赤だった。それも、警備員の二人の身体の内部から発火し、別々に弾け飛んだ。悲鳴をあげる暇もなく、肉片がその場に散乱する。……グロい。


「らばる!! こっち!!」


ティマは何も無い壁に穴を開けながら(というより彼女の進路にひとりでに穴が現れる感じ)、真っ白な廊下を進んでいく。俺も後を追う。再び振り替えると、今度は三体の追っ手。警備員が二人と、銃口を備えた飛行機械が一台だ。すかさず爆発をイメージする俺。赤い爆発を想像したが、青い爆発が起こった。警備員は吹っ飛び、機械は粉微塵だ。


「すげぇ。一体何なんだこれ?」


「〈壱の目揃えファンブル・メイカー〉。シュレディンガーの猫って知ってるかな?」


「ああ。人間が箱の中を見たことで、猫の生死が決まるってやつ? 」


シュレディンガーの猫というのは、こういう話だ。量子力学の世界では、粒子の状態は確率でしか表すことができない。たとえば、粒子が「どこに存在しているか」は実際に観測するまで分からず、「どのあたりに存在している可能性が高いか」しか分からないのである。だから、量子力学の世界では、人間が観測していない時、粒子はありうる可能性の「重ね合わせ」の状態で存在してるという擬制がなされていた。


そこで、「じゃあ、粒子の状態を感知して毒ガスを出す装置と猫を箱に入れるとどうなるんだ? まさか、人間が箱を開けるまで、生きている猫と死んでいる猫が『重ねあわせ』になってるとか言わないよな?」って言う人が出てきたんだ。それがシュレディンガーさん。でも、結果的に、実はその通りなんじゃないのって説が有力になった。つまり、粒子はもちろん、それに連動した現象も人間が観測することで状態が決まるのだ。


「そう、それそれ。この〈壱の目揃えファンブル・メイカー〉を使うと、どんなに確率の低い現象でも体験できるんだよ。たまたま凄い数の粒子が一点に集中したり、一斉に原子崩壊を起こしたりして、何もない所で爆発が起きるとか、割れた花瓶が勝手に元通りになるとか・・・」


自分が高校生の頃読んでいたライトノベルにも、量子状態を脳でコントロールして、限りなく確率の低い現象を引き起こし、超能力を使うという設定があったな。それと同じ原理だろうか?


「じゃあ、この機械は、俺の脳が都合の良い状態に結果を収縮させ、現実をコントロールするのをサポートしてるってことでいいのか」


振り替えると新たな追っ手が一体。さっきの飛行機械だ。せっかくなので、そのライトノベルに出てきた技を使ってみよう。ポケットに十円玉が入っていたので、それを投げて、電流で射出するイメージ。宇宙で貨幣損傷等取締法なんて気にしてられるか。


ドン!! 電流ではなく黄色い爆発だったが、コインで敵を撃ち抜くことに成功した。


「正確に言うと、ちょっと違う。それはコペンハーゲン解釈。とっくの昔に否定されてるよ。正しいのはエヴェレット解釈の方」


「エヴェレット解釈って、猫が生きてる世界と、死んでる両方の世界が存在して、箱を開けた時に、自分のいる世界が分岐するって奴だろ。いわゆる並行世界解釈」


「そう。〈壱の目揃えファンブル・メイカー〉は爆発や電撃を『起こしている』わけじゃないんだよ。この機械の役割は、装着者の意識を装着者が思った世界に分岐させること。それがどんなに『確率の低い』、つまり『数の少ない』世界でもね。このらばるの意識は、『偶然に偶然が重なって何も無いところで爆発が起こってコインが吹っ飛ぶ世界』に飛ばされた。だから、今何億何兆という無数の並行世界の中で、何億何兆という無数のらばるが、現実に出来るわけのないラノベの技の真似をしならがら追っ手に確保されたり、あるいは、現実に出来るわけのないラノベの技の真似をしながらレーザーで撃ち殺されたりしてるよ。ただこのらばるの意識はそれを感じないだけで」


・・・嫌だなー、それ。


俺達は、上下左右に入り組んだ建物を駆け、出口を探し回った。ときには、穴を下に開けて階層を飛び降りることもあった。〈壱の目揃えファンブル・メイカー〉があれば、落下直前で宙に浮いて衝撃をなくすこともできるのだ。


「くそっ、また追っ手だ。しかも今度は飛行機械が五体も」


「前からも来てる」


八連続の爆発を引き起こし、追っ手を退ける俺。前の敵はティマが音も立てずに蒸発させてくれた。


「らばる、始めてなのに、〈壱の目揃えファンブル・メイカー〉使うの上手いね」


「まあ。実は似たようなことをするのは、始めてじゃないからな」


思ったことが、ちょっと違った形で起こるというのも、明晰夢と似ていた。夢で夢だと分かっていても、完全には夢をコントロールできない。だが、練習すれば、思い通りの事象を引き起こすことができるようになる。


夢で鍛えた想像力で敵を倒しながら、俺はティマと共になんとか建物の脱出に成功した。たまに電撃を出そうとしてレモンが現れたりしたこともあったが、気にしないことにする。


ティマがセキュリティをクラッキングして、定置してあった宇宙船に乗り込む。型式としては先程の〈シンシア5型〉と同じものだ。宇宙に飛び立つと、俺達は、「絶対に自分の母親を殺しません」「絶対に自分の父親を殺しません」「絶対に自分の宇宙船にぶつかりません」と叫びながら、宇宙の彼方へと逃避行した。

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