第3話 俺って何だ?

眼下に広がっているのは、広大な針山だった。無色や薄い赤、薄い緑の鋭利なモニュメントが、こちらに向かって屹立している。


高度が下がるにつれ、それが窓の付いた建造物であることが分かってくる。それも、もの凄い「太さ」を持った。窓の大きさは横辺十メートルほどで、一つの建物に七~十五個それが付くことのできる幅がある。針のように見えていたのは、あまりに高すぎるからだったのだ。


〈シンシア5型 A-216〉は、それらの谷間を通り過ぎていく。どの建物も、縦にものすごく長いということを別にして、古代ギリシャの神殿やドイツの大学を思わせるような威厳のある造りだった。ダンシーニによれば、これらの建造物は、すべて石材や木材のような天然の素材を加工して作られているらしい。そこに人工金属の生命体を埋め込み、超高層の不安定な構造を支えているのだとか。やがて、ある建物から突き出た宇宙船用ポートと思われる箇所に着陸した。艶やかに加工した花崗岩のビルだった。


「ここは、何という名前の星なんだ?」


アルトが答える。


「アルファ・ケンタウリ第四惑星セントレアだ。連邦議会や裁判所、その他の省庁が集まる汎宇宙連邦の頭脳と言ってもいい」


「ふーん。なるほど。どおりでお堅そうな建物が多いわけか。」


「ああ。この星の街並みはすべてが実在だ。視差映像やホログラムは一切は使われていない。君の星を除けば、今やこんな場所は汎宇宙連邦の領域内ではセントレアぐらいだ」


「ちなみにあなたが今いるこの建物は、〈汎宇宙連邦警察〉の本庁よ。この宇宙で唯一、形而上犯罪を専門に扱う部署があるの」


俺はダンシーニとアルトに挟まれ、建物を長々と連行された。内部は非常に入り組んでおり、地球のものとは違って縦にも横にも動くエレベーターを、四回ほど乗り継いだ。さっきの船から付いてきた乗組員が、三人ほど背後で俺を見張っていたが、この星の地理を全く知らない辺境惑星から来た凡人が、こんな複雑なダンジョンからどうやって逃げ切れるというのだろう。


「さあ、あなたの部屋はここよ」


と言われたものの、そこには何も無い。強いて言うなら、真っ白な壁があり、そこに緑色の上向きの三角形が描かれているだけだ。


「ここって?」


「すり抜けるのよ。さっき船で私達がしていたみたいに」


どうやら、この星ではこれが一般的な「ドア」らしい。 実はというと、壁をすり抜ける体験というのは、これが初めてではない。なぜなら、俺は明晰夢を結構な確率で見ることがあるからだ。夢の中でそれが夢だと自覚しているとき、壁をすり抜けて移動することが多い。とはいえ、現実でそれをするとなると、やはり緊張してしまう。


「そんな怖がらなくていいわよ。少なくとも、途中でトンネル効果が切れて、『いしのなかにいる』なんてことにはならないから」


ダンシーニとアルト、それから他の乗組員達は、俺をその部屋に置いて出ていった。室内は薄ピンク色ので統一されているが、おそらく収監者の精神の安定を狙ったものだろう。


しばらくして、ダンシーニが一人で戻ってくる。


「じゃっ、らばる君のおチンチンについて、もっと詳しく聞か……」


「ちょっと、待て。今度は俺の方からも一つ質問させてくれないか」


俺は自分が今置かれている状況について早くこいつを問い詰めたかった。この〈汎宇宙連邦〉とやら、色々と不自然な点が多すぎる。


「まず、あんたら地球の人間じゃないみてぇだけど、なんで地球の地球の人間と同じ姿してるんだ? 進化の確率上、ありえないんじゃないか? それから、さっき俺が壁をすり抜けるとき『いしのなかにいる』って言ってけど、何で地球のゲームのネタなんか知ってるんだ?」


「ああ、それね」


俺はこのとき、コンタクトをとる相手に不安を与えないよう姿を変えているだとか、そういった類いの答えを期待していた。あるいは、テレパシーで幻覚を見せているだとか。


「地球は実は昨日できたのよ。一週間ほど前にセントレアの芸術家がデータを完成させて、約46億年の記憶とともに、3Dプリンターで出力されたの」


「はぁ? 」


もう一回言う。


「はぁ? 」


「あなたが地球固有の人類だと思い込んでいる種族、ホムスが生まれたのは、実はここセントレア。あなたたち地球人は、『人類は地球出身で、まだ地球と月以外の星には行ったことがない』という記憶とともに、昨日創造されたの。ちなみに『いしのなかにいる』は本当は地球のウィザードリィが元ネタじゃなくて、バーナード星第二惑星ティスチャーのマジシャンリィっていう完全精神移送型VRゲームが元で、地球のウィザードリィはそのパロディよ」


おいおい、それって、いわゆる「世界五分前仮説」ってやつじゃねーか。いや、五分じゃなくて一日だから良かったとか、そういう問題ではない。俺の今までの人生、-苦手な数学を必死に克服して大学に合格したこと、準決勝で破れた中学最後の剣道の県大会、小学校のときなかなか捕まえられなかったウラギンヒョウモンを捕まえた感動、そして幼稚園のときウルトラマンティガで性に目覚めたこと-は全部嘘だったというのか。俺は絶対にそんなの認めないぞ。


「あなたが認めなくとも、それは事実だから。正確には地球だけでなく太陽系も3Dプリンターで昨日出力されたんだけど」


なんだそれ。つーか、もしそれが本当なら、全部こいつらのせいじゃないか。脳内でシミュレートされる意識を虐待した罪云々も、元はといえば俺が『イシキちゃん徹底凌辱拷問』をプレイするであろう初期状態で地球を出力した、セントレア人の責任だろ。


「まあ、その通りね。太陽系を作った芸術家にも事情徴収をするつもりでいるわ。ただ、いずれにせよ、汎宇宙連邦では、殆どの星の法学者は『応報刑主義』をとっていないから、裁判においてあなたに犯罪の責任があるかどうかは関係ないわ。前に言った、『受動的意識仮説』って覚えてるでしょ」


応報刑主義とは、刑罰は自由意思により犯罪を犯した者に「報い」として与えられるものだという、刑法学上の古典的立場のことだ。対義語は『目的刑主義』で、刑罰は犯人を社会的に更正させるためのものだという立場。俺は文学部で言語学専攻をしているが、一般教養科目の刑法を受講していたので、それぐらいのことは知っている。


「『受動的意識仮説』によれば、犯罪の実行を決定したのは『脳』であって、『意識』はその判断を少し遅れて体験しているに過ぎないわけよね。でも、刑罰により苦痛を受けるのは、紛れもなく『意識』の方。『脳』のした行為の責任を、『意識』が背負わなくてはいけないというのは、明らかにおかしいわよね」


言われてみると合理的だが、いかんせん地球人の感覚には合わない。


「宇宙刑法学者の中には、『意識』が犯罪によって何らかの快楽的利益を得たのだから、その対価としての応報刑を認めるべきだという人もいる。でも、犯罪による一時的な利益と、刑罰とそれによる制裁とでは割に合わないでしょ。だから、今の宇宙では『目的刑主義』が圧倒的優位を占めているわけ。刑罰は犯罪に対する報いとしてではなく、犯人を更正させ、また社会一般に対する犯罪の予防を行うために行われる。この学説に基づいて、各星の法律は整備されているの」


「で、その脳内に生じる意識を虐待した罪とやらの刑罰は何なんだ? 罰金か? 懲役か? 死刑か? それとも、脳と機械を繋いで、俺がイシキちゃんと同じだけの苦痛を味わうとか?」


「どれでもない。それだと、あなたの意識を罰することになってしまうでしょ。あなたが有罪になった場合、まず『脳』に対する刑罰として、廃棄処分が行われるの。」


「おい、それだと結局俺は死んじまうじゃねーか。」


「安心して、『脳』を処分するまえに、『脳』から『意識』だけを取り出して、別の脳に移し替えるから。もちろん、これは肉体と精神は別だというような、デカルト的な心身二元論を意味しているわけじゃない。精神はすべてあなたの『脳』にプログラムされているわけだから、『意識』を別の脳に移し替えれば、あなたは、今の性的傾向はもちろん、性格や趣味、それから記憶まで失ってしまう。代わりに、移送の脳のそれらを体験することになるわ。あなたは逮捕されて有罪になったことも、自分が『古西らばる』だったことも思い出せないし、最初から移送先の人物だったと思い込むことになる。でも、あなたがこの世界に存在し、この世界を経験する権利はきっちり保障されるわ」


いまいちイメージが掴めない。つまり、俺は脳を処分され、俺の性格や記憶はこの世からなくなる。身体も当然。しかし、元々俺だった「意識」は、性格や好みも全く違う人間として生きていくと。おいおい、それって、本当に「俺」なのか? 感情も記憶も全く異なる存在に「意識」だけが乗り移ったとして、それを「俺」だと言えるのか?


「俺」は絶対に、そんなの認めないぞ!!

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