第2話 超光速の壁

俺は首を少し起こして、窓の外へと目をやった。丁度今船は進行方向をバックにマイナス20度ほど傾いた姿勢をとっており、下の景色がよく見渡せる。今まで俺がいた街並みは、まるで模型のようだった。大きさもさることながら、距離があると建造物の材質も粗く見えるため、偽物っぽく感じるのだ。


ホント、街の上を飛んでいるんじゃなくて、どこかに造られたジオラマの上なんじゃないかと、勘ぐってしまうぐらい。昔ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにあった、ETというアトラクションがふと頭に浮かんだ。


船はどんどん加速していき、街から遠ざかっていく。やがて夕焼けの曇の中を突っ切り、大気圏外へと飛び出した。眼下では、渦を巻く雲に覆われた巨大な球体が、日の光に照らされ、黄金に輝いていた。自分が今窮地にあるとは理解していても、この光景にはちょっぴり感動してしまった。


首を起こした姿勢が疲れてきたので、視線を室内に戻す。しっかし、この宇宙船のレイアウト、一面が真っ白だ。部屋の至るところにある様々な計器や、部屋の照明、俺を縛り付けている寝台に至るまで、全てが光沢のあるホワイトカラーで統一されている。室内に三つあるモニターの内一つに、飛行中の船体をを映しているものがあるのだが、どうやらこいつは外観まで真っ白。


この船で白くないものと言えば、グレーの服を着ていた俺と、その腕を拘束するゲル、それからあいつらの髪の毛ぐらい。まるで感覚遮断実験のよう。一体何の為にこんな様相にしているのだろうか。


ちなみに、あの二人の名前は、女の方はダンシーニ・アラフケス、男の方はアルト・ナトゥーアいうそうだ。 ダンシーニは壁をすり抜けて、部屋に入ってきた。この船には扉は一つもない。巨視的なトンネル効果の発生をON/OFFすることで、セキュリティを管理しているらしい。


白スーツの美女は寝台の横にある円筒形の椅子に腰をかけると、下目遣いで俺の顔を覗き込んだ。


「ねぇ、らばる君。あなたは、どうして女の子に酷いことをするのが好きなの?」


いきなりその質問か。いや、俺がこういう性癖になるまでには色々経緯があるんだが、説明するのがややこしい。第一、言ったところで信じていもらえるかどうか。自分が凌辱ゲー好きになるまでの経緯は、世間の自称心理学者や社会学者が垂れ流しているような、性的サディズムについてテキトーな言説とは訳が違うのだ。


「うーん、なんでって言われてもな。難しいな」


返答にをに詰まる俺。ダンシーニは、俺の垂れた前髪をやさしくかき上げながら、


「ねぇ、らばる君? らばる君のおチンチンは、人を痛めつけることで興奮しちゃうような、おチンチンなのよね」


「見た目は可愛いごく普通の男の子のおチンチンなのに、人を苦しめることでしか、イクことができない、いけないおチンチンなのよね」


はぁ? いや、言い回しが明らかに、その・・・・・・不穏なんですけど。


「そうね、じゃあ、質問を変えるわ。らばる君は苦しんでいる女の子を見ながら、どんなことをするのが好きなのかな?」


とか言いながら、俺の下半身、具体的には、例のブツがある辺りををガン見してくる。


「いや、その・・・・・」


「一週間に何回ぐらいするの?」


「だから・・・・・」


「ねぇ、何回ぐらい?」


「一週間に何回ぐらい、女の子を苦しめる妄想をしながら、その可愛らしいオチンチンをしごき回すのぉぉぉぉ」


これ、明らかにセクハラだろ。こいつ、「他人の性癖に興奮する性癖」だ。釈放されたら特別公務員暴行凌虐罪で告訴してやる。そんな罪名が宇宙にあればの話だが。


俺がダンシーニのセクハラ尋問に困惑していたとき、船内にキィィーンというアラームが鳴り響いた。


「只今から〈宣誓ドライブ〉に入ります。全乗組員は、A-3号室に集合して下さい」


宣誓ドライブ? 何だそれは? ドライブっていうぐらいだから、ワープドライブみたいなものだろうか。確かに、アルファ・ケンタウリは太陽系に最も近い恒星系とはいっても、4.2光年も離れている。普通の航行法では、到着した頃には俺はおじさん、少なくとも社会人ぐらいの年齢にはなってしまう。


「なぁ、今の何とかドライブって、一体なんだ? ワープとか、量子テレポートとかするのか?」


「ううん。〈汎宇宙連邦〉では既に、ワープを使っても量子テレポートを使っても、情報は光速を超えることはできないと証明されたの。なぜなら、相対性理論においては、光速を破ることと過去に戻ることはイコールだから、超光速航法はタイムパラドックスを引き起こしてしまう。論理的な矛盾が生じるようなことは不可能なのよ」


「だったらその何とかドライブってのは・・・・・・」


返答を聞くまでもなく、乗組員達が壁をすり抜けてどんどんやって来た。そこにはアルトもいて、ダンシーニを含めると室内には合計九人。そいつらは一列に並び、皆船の後方にある窓の方に向かい、ぴっしりと「気を付け」した。


ダンシーニが一歩前に出て、右手を大きく掲げ、叫ぶ。


「我々〈シンシア5型 A-216〉の乗組員は、ここにタイムパラドックスを起こさないことを誓います!!」


続いて、アルトが前に出て同じポーズ。


「私達は、決して、私達が生まれる前に父親を殺すようなことは致しません!!」


そして次の奴。


「私達は、決して、私達が生まれる前に母親を殺すようなことは致しません!!」


次。


「私達は、決して、過去の〈シンシア5型 A-216〉に自ら衝突し、軌道を曲げることは致しません!!」


「だから」


「どうか」


「光速を」


「乗り越えさせて下さい!!」


ドビュウゥゥーーーン!!


最後の絶叫とともに、船が大きな音を立てて揺れはじめた。


「えーっと、今の一体なんだ?」


「あれは我々〈汎宇宙連邦〉で200年前から実用化されている超光速航法、〈宣誓ドライブ〉よ」


「〈宣誓ドライブ 〉?」


「うん。光速を超えることができないのは、光速を超えると過去に戻ってしまい、タイムパラドックスが発生してしまうからでしょ。逆に考えれば、タイムパラドックスさえ引き起こさなければ、超光速は矛盾を生じない。

だからああやって、皆でタイムパラドックスを引き起こさないと心に誓うことで、光速を超えることができるのよ」


なんか、物凄くツッコミ所の多そうな理論だが、触れないでおく。現に出来たんだから問題ない。


「ちなみにこの船、何で真っ白なんだ?」


「ああ、これね。〈宣誓ドライブ〉を行うには、タイムパラドックスを実験しようとするような邪な心が無いことを、外部に対しても表明しなければならないの。だから、こうやって、船内や船体を清潔感のある白で統一しているのよ」


しばらくして、他乗組員達は壁をすり抜けて帰っていったが、ダンシーニにだけは俺の元に残った。それで、俺の性癖について根掘り葉掘り聞いてきた。


ちなみに、俺がサディズム的な性癖に目覚めたのは幼稚園のことだ。しかもその発端はウルトラマン。ウルトラマン・ティガの主人公のダイゴ隊員(ちなみに男性)が、人工生命体ビザーモというピンクのスライム状の怪獣に磔にされ、電気を流されるシーンを見て何かを感じたんだ。


小学校中学年ぐらいまではゲームの男性キャラとかがやられる姿で興奮できたんだが、やがて女性じゃないと無理になった。そして、だんだんと物理的なダメージより、性的な凌辱の方が好きになった。


ちなみにウルトラマンのやられで性に目覚める子供というのは案外多く、むしろ「変身後」のウルトラマンに興奮していたという人の方が多い。筋肉少女帯というバンドの大槻ケンヂという人も、ボーグ星人にやられるウルトラセブンで目覚めたらしく、エッセイを読んだときに自分と似たような人が他にいると知って感動した記憶がある。


よく、凌辱物やサディズム的な内容が好きな人の心理を勝手に分析して、「自分より弱い存在に対する支配欲」だとか、「異性を見下しているからそういう性癖になるんだ」とか法螺を吹くやつらがいるが、その場合「自分より弱いウルトラマンに対する支配欲」だとか、「幼稚園児によるウルトラマン蔑視」だとかいう訳の分からない概念を認めなくちゃなってしまう。凌辱好きがなぜ凌辱好きななのかを問うことなんて、世間で普通とされている人達がなぜ異性や同性に関心を持つのかを問うのと同じぐらいナンセンスだ。


誤解がないように言っておくが、凌辱やサディズム好きを分母とした場合にウルトラマンで性に目覚めた人が多数を占めるというわけではないのでご注意を。あくまでウルトラマンで目覚めた人が「それなりに」いるというだけだ。


宇宙船は約一時間ほど超光速の状態で航行した後、ゆっくりと減速し、やがて地球上空を飛んでいたときのような揺れの無い状態に戻った。

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