第25話 疲れた石ころ

日常。

制服に袖を通し、鏡の中のボサボサ頭を凝視しながら夜見月子よみつきこは溜め息を吐く。


「あー、めんどくさい。あの世界なら魔法とスキルで見た目なんか思いのままに……」


そう口にしたところでふと気がつく。

鏡をちゃんと見て身だしなみを整えようとするなど、今まであっただろうか?


「いや、あるだろ。私も一応女だ。あるって。あるはず。あったよな?あったっけ?」


髪を撫で、何の力もない自分に、ここが元の世界だと感じさせられる。

冒険や戦いは数日だったような、数ヶ月だったような曖昧な感覚。

ただ、現実の夏の暑さは終わっておらず、カレンダーを見ても時間はほとんど経過していなかった。


休み時間。

どうも身が入らなず、長々と続いた教師の話は頭に残らなかった。

ふと、顔を上げると微笑む美人と目が合う。

異世界で苦楽を共にした友人。

いや、こちらだけ友人と思っている可能性が。

そんなネガティブな発想と共に、夜見は目をそらしてしまった。


「月子さん。体調はどうですか?元気ですか?」


「……」


「あれ?無反応?つーきーこーさん」


「き、聞こえてる。聞こえてるって二ヶ崎ちゃん」


「良かった、その呼び方。あの世界は夢ではなかったんだね」


その言葉に、この才色兼備の委員長も不安だったのだと気づく。

あの、魔法やモンスターが実在した世界。

妄想などではなかったその旅路。


「……いろいろあったのに、全然時間経ってないんだね」


「そ、そうみたいだね。二ヶ崎ちゃん達がいなくなって一日。私はき、昨日の夕方から今朝まで」


「え?私、二日か三日じゃない?そのくらい学校休んだと思ってたけど」


「へ?そ、そう言われると、わ、分からん」


お互い顔を見合わせ、ポカンとするが誰かに確認すればいいかと軽く笑い合う。

そんな二人に足音が一つ近づいてくる。


「おや、楽しそうに。僕の話でもしていたのかい?双葉君、月子君」


「それはない」


「ええと、違うかな……ははは」


微妙な空気を持ち込んだ優男は一ノ宮始。

一応クラスメイトで、向こうではあまり見ることはなかったが同じ異世界に行っていたイケメン。

彼は空気を察し、雰囲気を切り替えるように咳払いをする。


「……んんっ。失礼。ところで、二人は知っていたかい?」


「何をですか?」


「行方不明者さ。数日間いなくなっていた、神隠しと呼ばれていた人達。僕の調べた範囲では、その情報の痕跡すらなくなっていた」


「あー、ミイラとか白骨化とかになってた謎の事件。く、国坂が熱心に調べてたやつか」


「……」


「彼らはアイザックに僕らと同じように連れて行かれた後、能力だけ回収されて亡くなった。……腹ただしい光景だけは、やつに取り憑かれてた時に見えた」


「それも、け……国坂クンのおかげで、私達のように元に戻ったのでしょうか」


「おそらくね」


一人の男の名前が出ると、わずかな沈黙が流れる。

セミの鳴き声が、今が夏であることを強調する。

だが、三人とも馴染みのある生物の主張に、ここが異世界ではなく現実だという小さな安心感と、かすかながっかりした気持ちが現れた。


「……ケイちゃんはしばらく休むそうだ」


「え?」


「いや、誰だよ」


一ノ宮の言葉に夜見は顔を歪め聞き返し、二ヶ崎はきょとんとする。


「ケイちゃんに決まっているだろう。僕らと一緒に異世界にいた」


「はああああああ?く、国坂のことかよ!お、お前ら関係深まったのか?深くまで!」


「つ、月子さん落ち着いて」


夜見の興奮っぷりをよそ目に、涼しい顔で一ノ宮は答える。


「うん?友人に親愛を込めてあだ名を呼ぶなんて、普通のことだろう?」


「いいいいや、そう言われるとそうなんたが……」


「それに、月子君だって今日、いつもより美しさを意識しているのは、やつに……」


「そんなわけねーだろ!顔だけ野郎!」


「それじゃあ生首ですよ月子さん」


興奮する夜見を二ヶ崎がなだめる。

そして、軽く手を叩き微笑む。


「じゃあ、国坂クンに連絡とって、了承を得られたら、お見舞いに行こうか?月子さんも会いたがってるし」


「そんなわけねーだろ!ド美人!……で、でもまぁ、二ヶ崎ちゃんが行くなら……」


「ふっ、いつ行く?僕も同行しよう」


和気藹々わきあいあいと学生達は話す。

何気ない日常。

そんな光景。

昨日までの異世界の延長線上の現実を。

非現実はこれにて一旦終わり。

めでたしめでたし。





……。




『姐さんは、これからどうするんだ?帰るのか?』


『馬鹿なこと言わないでよ。景護の体をあなたに任せるなんて、ぞっとするわ』


『ははは、流石に俺でもあいつの名誉を損なうようなことはしないって。ただ、親密な女は増えてるかもな』


『それよ!それがダメなのよ!全く……』



小さな沈黙。

男の霊は大きく息を吸い、女の霊は隠すように潤んだ瞳を拭う。


『景護、帰ってくるかしら?あんな状態で大丈夫なのかしら?』


『大丈夫さ、あいつが俺達を信じてくれたように、あいつを俺達は信じればいい』


『そうね。あの子が帰ってきた時のために体を改良しておこうかしら』


『いや、姐さん、それは待った』



悪霊。

世間に貼られたレッテル。


だが男は彼らを英雄と呼んだ。

そんな一つの期待は、彼らにとって救いであった。

だから、共に居よう。

これからも、この先も。



……。






「あ!な!た!は!私が刻魂石の話をする前から、この計画を決めていたのですか!」


金色の瞳は厳しく一つの飾られた鉱石を睨む。

周りから見ればガーランサスの女王カノンは、石ころを怒鳴りつけているようにしか見えなかった。


「いいじゃないですか。石ころ一つで、国が救えた。万々歳」


「良くありません!あなたは肉体を失っているのですよ!それも、私達のために!」


「自分で選んだんだから、問題なしですよ」


「うーーー」


「落ち着いて。カノン。ね?」


落ち着いた雰囲気をまとう御婦人が、軽くカノンの肩に手を置き、優しく声をかける。

だがカノンは珍しく、キッと怒りを含んだ目で祖母へと振り返る。


「刻魂石を話を彼にして、これを用意したのはお祖母様ですよね!国の者でもない人に……」


「……ごめんなさい。つい景護さんとのお話が楽しくて。つい、うっかり」


「おやおや、アリア様にまでお怒りになるとは」


「グラウスも知ってたんでしょ!」


視線を向けられた老紳士は、おどけた表情で目をそらす。

そこに白髪の女性があわてたように割り込んでくる。


「け、景護様の体は、わたくしが責任を持って作りますから、大丈夫ですよカノン様」


「そそ。俺はそこまで考えてなかったけど、セツハができるって言ってくれて助かった」


「はい。このセツハ、景護様の頭の先、髪の毛の本数から、足のつま先、爪の形までしっかり記憶しております。私と同じ素材ではありますが人の形には戻れると約束いたします」


「……ちょっとセツハがアレなことを言ってるが、これで万事解決だ。良かった良かった」


「良くありません!またしても重要なことが私抜きで決まっていたなんて……。やはり私はいらないお飾り女王なのでは……」


そんな中、音も無く現れた金属の棒を背負い白銀の鎧をまとった男が、カノンに近づき耳打ちをする。


「分かりました。私が向かいます。フラッド、付いて来なさい」


「ハッ」


「帰ったら話の続きですからね!グラウス!お祖母様!国坂景護!」


怒りの女王は家臣を引き連れ、バタバタと出て行く。

その家臣、鎧の騎士はアリアに頭を下げ、グラウスに不機嫌そうな視線を向け、そして景護に言葉を投げる。


「勝ったと思うなよ、石ころ」


「……なんのこっちゃ。というかグラウスさんも睨まれてたじゃないですか」


老紳士はあごを撫でながらにやつく。


「反抗期じゃない?それに、あれはカノン様が大好きだからねえ。景護君、頑張ってね」


「動けない身で何を頑張れと……」


「む、景護様!頑張らなくていいですからね。全てこのセツハにお任せくだされば大丈夫ですから」


「お前も何熱くなってんだよ」


忙しくなりますよーとセツハも張り切って部屋を出て行ってしまった。


アリアは鉱石に近づき、優しく撫でながら、ゆっくりと話す。


「本当にありがとうね景護さん。元の体にも、仮の体にも魂の移動は私が責任を持って行いますから。それに景護さんが元の世界に帰る方法も研究してみますから」


「ははは、アリアさんなら本当に何とかしてしまいそうですね。でもまぁどっちでもいいですよ俺は。この世界も悪くない」


「そう?だけど、あなたはこの国を救った英雄なんですもの。望みがあるなら遠慮なく言ってくださいね」


「ええ、ありがとうございます」


「あ、それと、景護さん。これからもお話に付き合ってくださいね。年寄りの退屈な話だけれど」


「ええ、喜んで」


優しい微笑みを見せたアリアはグラウスのエスコートに従いながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろし目を閉じた。


「さて、君には感謝しかない。君が私に願った報酬はこの刻魂石。……欲が無さすぎやしないかい?貴重な石とはいえ、己の肉体の対価だ」


「いいんですよグラウスさん。俺はこの世界で、仲間と暴れられただけで満足なんですから」


「ふふ、変わった男だ。ところで、君もそのままだと退屈だろう?私とボードゲームで勝負しようじゃないか。いやー、中々これの面白さを分かってくれる相手がいなくてねえ。これから楽しみだ」


「景護さん断っていいんですよ。グラウス、ほどほどにしなさいよ。あなたと勝負になる人なんてほとんどいないのですから」


「ははは、将棋やチェスなら分かるけど、どんなやつなのやら。ルールは頑張って覚えますよ」


グラウスは顔を嬉しそうに輝かせる。

無邪気な子供のような、そんな顔。


「では、早速……と、言いたいところだが、君は激しい戦闘を終えたばかりだろう?肉体はないとはいえ、いや、ないからこそ休息が大切だろう」


ゆっくり休みたまえと、グラウスの言葉が届く。

アリアは緩やかに手を振り退室し、グラウスは深く、そして長く、頭を下げ出て行った。


急に静かになった部屋で男は一人、言葉を漏らす。


「さて、この世界で俺は何になれたのだろうか。先生、大将、二人の力に頼りっきりだったが、何か意味はあったのだろうかこの旅路。分からないな」


「まあいいや、時間はある。ゆっくり考えよう」


「あー、疲れた疲れた」


憑かれた男の戦いは、ひとまず区切りを迎える。

異世界での安息と共に。




……。


「おーい、火の粉が止んだ!怪我人の移動させよう!」


「崩れそうな建物からは離れて!」


「この薬使ってください!火傷に効果あります!」



苦難に直面しても、理不尽があっても、人の営みは続く。

空からの贈り物、異世界からの来訪者。

四人が消えてもこの世界は変わらない。




「ミナミちゃん、今回の事件も誰が解決したか知ってるんでしょ?」


ギルドの受付の美人に一人の男が話しかける。


「いいえ、全く」


「またまたぁ。ま、お客様の情報は出せないってやつかー。やっぱりフラッド様かねえ」


近くのテーブルを囲んでいる数人、その中の一人が大声で割り込んでくる。


「いやいや、ルーフェンドさ。奴なら炎に対抗できる」


「それなら、リン様よ!あの人は炎を自由自在に操れるんだもの」


「案外、グラウス様かもよ。国の緊急時だ。あの人が動かないわけがない」


わいわいと予想が飛び交い、冒険者達は好き好きに話す。

そんな人々を眺めながら、一人の女性はイヤリングを握りしめる。


「国坂様……新しいヒーローかあ」




人知れず、戦う者はいた。

顔も知らない誰かの幸せになる権利を守るために。


どんな時代、どんな場所、どんな状況。

誰かのために。

立ち上がる人を英雄と呼ぶのだろう。


後の世に、悪と呼ばれようとも、歴史に敗者と刻まれようとも。

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憑かれた俺の異世界戦記 ~Hero Compile~ その男、霊を宿して敵を討つ 月枝奏時 @2kue

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