第24話 英雄

「どうしたんだい?調子が悪そうだよ?前に僕を切り裂いたのはなんだったんだい?」


「……」



 戦いが始まってから幾度も両者打ち合った後の言葉。

 傷一つ無いアイザックはそう問うが、無表情、無感情の景護は口も開かない。

 景護の刀は、この空間を支配するアイザックに届かずにいた。

 幻術、見えない刃、地面を操り迎撃。

 お互いに自分の性能を確認するような、探り合い。


「君の解析も進んだが、……おや?おやおや?僕に仇なすその力、何かと思えば。神でもなく、英雄でもなければ、ただの悪霊じゃあないか。お化けさん」


 

 アイザックが軽く右足を踏み鳴らすと、純白の天井は、無数の槍へと変化し降り注ぐ。


「――」


 景護は視線を上げ、素早く範囲を予測する。

 うずくまった夜見を適当に投げ飛ばし、倒れた二ヶ崎を庇うように立つ。

 ニヤつく神を名乗る敵は、こちらの解析を進めているようで、


「ほうほう。鋼鉄が如き体に、剣術、雷撃主体の戦闘方法。地面への干渉魔法に影武者、斬首への耐性……。僕の未来視、心を聞く力に抵抗があるのは、……なるほど、人格が二つ。うん?」


 敵は首を傾げている。

 降り注ぐ槍を刀で斬り裂き、腕で弾き、体で倒れている二ヶ崎を守る。

 彼女の消えたように貫通した腹部が痛々しい。

 弱っているからこそ、これ以上傷つけられない。


「――」


「ははははは!!!!体の持ち主の人格が、ないだと?君達ぃ!体の持ち主を喰らったのかい?とんだ悪霊だな」


 爆笑と共に攻撃が止む。

 その隙に、跳躍一つで笑う男に迫る。

 ……が、アイザックが右足で空を蹴り上げると、隆起した地面に捕獲され、地中に飲み込まれる。


「君達は、何がしたいんだい?なぜ、僕と戦う?体や自由が欲しいのなら、見逃す。それに、帰りたいのなら元の世界に帰してあげるさ」


 景護が埋まった場所から、雷鳴轟く。

 青い稲光が、地面を消し飛ばす。


「おっと」


「……」


 青き光が男を狙う。

 アイザックは回避するように首を傾ける。

 這い上がり、彼を襲う雷光は、顔を掠め片耳を焼き払うが……。

 手を当てると、すぐさま再生する。


「……ここまで、無視されると不愉快だな。うん?」


 左足を振るい、景護を狙った水流による飛ぶ斬撃。

 これを転がり、かわした次の瞬間。

 景護の左胸は、鋭く変形した地面だったものに貫かれる。


「――」


「なるほど、なるほど。魔法を使う時は、身体能力の低下及び、鋼体が解除されると……。あーあ、答え見つけちゃったよ」


 

 ……。


 目を覚ました二ヶ崎は、聴覚が復活している現状に驚く。

 そして、腹部が何事もなかったかのように元に戻っていることに安堵する。

 体を起こすと、自分は変わらず真っ白な空間にいた。


「え?」


 視線の先、胸を貫かれた男と相対する男。


「国坂クン!」


 馴染みのある級友は、神を名乗る男に前に、動かなくなっていた。

 絶望に、瞳が潤み、叫びそうになった。

 ……だが。

 ――だが男は、自分を妨げるものを素早く切断し、弾丸が如き跳躍は、アイザックに届く。

 

「ッ!お前ぇ!」


 振るわれた一刀は、顔を掠る程度のものだった。

 しかし、その一振り、片目を斬り裂く。

 アイザックが傷を撫でれば、すぐさま治るが……。

 しかし、ここで響いたのは、男の声で無く女性のもの。


「うおおおおおおお!!!み、見える!見え、う、うわあああああああああ!!!!おええええええ」


 夜見が、回復したかと思えば、大騒ぎの後、今にも嘔吐しそうなくらいに苦しみだしていた。

 慌てて二ヶ崎が駆け寄ると、夜見は苦しみながらも、嬉しそうに言葉を絞り出す。


「み、見えた、見えた!」


「大丈夫?月子さん?」


「あ、え、うん。に、二ヶ崎ちゃん。見えたんだ」


「大丈夫?見えたって何が?」


未来が・・・。理由は分からないか、な、なぜか起動した未来視で……。元の世界が!学校が!」


「え?それって……?」


「元の世界に帰れるってこと!こいつに勝て……」


「何か言ったかい?不愉快な言葉が聞こえたような気がするんだけど」


 アイザックから放たれる不機嫌そうな言葉。

 しかめっ面のまま、彼が指を一つ鳴らすと……。


 この空間の全てが停止する。


「全く、僕があの世界で色々操っていたのを忘れたのかい?闇夜も天候も人も。ましてや僕が全てを掌握したこの空間。時間停止くらいわけないんだよ?」


「殺して再構成し、別世界へ送った連中共。目、耳、鼻、口。そして四肢。いろいろいたが、僕のどの生き物も所有物みたいなものさ。神の下、生かすも殺すも自由自在でなければおかしいよなぁ?国坂景護よ」


 動くものは一人の男のみ。


「さあ、我が言葉の聞くことを許す。言葉を発することを許す。幸福について語り合おうじゃあないか。小娘共、絶望の淵に男が助けに来る……これは幸せか?」


 状況を確認しようとするが体の動かない二ヶ崎を気にせず、夜見が叫ぶ。


「あったりまえだろバーカバーカ!それより、助けに来させるならもっとイケメンにしろよ負け確定!は、敗北者!」


 暴言を気にせず、アイザックは言葉を続ける。


「では、助けという希望が処理され、この男が死ぬことは幸せの反対なのかな?」


 刀構えたまま身動き一つできない景護へと向かう。


「やめて!」


  

二ヶ崎は思わず叫ぶ。

一歩、二歩。

それでも止まらぬ神の歩み。


「データは大切だ。プラスにしろマイナスにしろ、幸せのサンプルは欲しい。……どんな顔を見せ、どんな声を聞かせてくれるのかなぁ」


「ちょ、お前。おい国坂!な、何とかしろよ!なにやってんだよお前ぇ!」


「国坂クン!」


相対する。

ここに到達して口を開くことのなかった男は、そのまま……。


アイザックが手をかざし、光が収束する。

空間が震え、純白の天井が所々欠け、隙間から暗闇が現れる。

地上から離れた、空の彼方。

点々と輝く星達が顔を出す。



「水を武器とする左足、大地を支配する右足、闇夜の根源となる右手。そして、君達をここへ導いた輝き。神の裁き、空の怒り、天の咆哮!雷の輝きにて、ここから去れ下等生物よ」



輝き、視界が白に染まる。

一人の男に、神となった男は殺意を突き立てる。


そのエネルギー、その威力、物体を消しとばすにはあまりにも不必要に甚大だった。





視界が晴れた二人の目には、崩れ落ちる男を一人の男が見下す。


「……ああ……、く、国坂」


「え?どうして?」



絶望感で青ざめた夜見とは対照的な二ヶ崎。

あのエネルギーで、人がどうして形を保っていられる……?そんな疑問を持ったその時。

声が、聞き慣れたその声が。



「この時を待っていた」


『景護!?』


『お前、まだ意識が!いけるのか!』



「それより、今は一秒でも長く戦おう。--紫電鎧鋼しでんがいこう


「三光よ」


景護の体は紫電をまとい、放電する。

言葉に従うように構えた刀に光が集積する。


苦しみ、必死の形相で立ち上がるアイザックは怒りで震える。


「我が雷に、我が幸運の鼻に、何をしやがった貴様らああああああ!どうして、空間制御を、時間停止を!」


大将は豪快に笑う。


『ハッハッハ!あの程度の雷撃で雷神宿した体が焼けるわけねーだろ、景護は死なずに転移されただけさ。完全には止めらんねえよ。お前のもんじゃねーんだよ元からな』


先生は鼻で笑う。


『ふん、あなたに返したお鼻には呪詛と病を詰め込んだのよ。あの国……ガーランサス程度なら滅ぼせるやつ。使いたくなかったけど、景護に頼まれたら……ね?やっと効果が現れて、ようやく力が弱まったのは呆れたものね』



「ありえん、ありえん。幸せになる権利が僕には……。シエル……シエル……シエル……」


「時が流れたことを理解しつつ、シエルという人に固執し、カノンを認識できないお前では、幸せとやらには辿り着けねーよ。振り撒く不幸を刈り取るのみ……三光集積」


「営みの温情よ、闇夜の安息よ、導きの輝きよ」


「シエル!シエル!シエルウウウウウウウウウウウウ!!!」


輝く刀が神に振り下ろされる。

一縷いちるの煌めき。



天与う祈りの彩光シエルレガロ


振るわれた一刀の軌跡に光が残る。

アイザックの動きが停止する。

空間から音という存在が消えたかのような静寂に包まれる……が。

空気を読むことを知らない彼女は、バタバタと騒ぎ出す。

だがそれは、仕方のないことだった。

なぜなら体が発光するという異常事態。


「ちょ!うお!足から消え、消え!帰れるのか!……二人とも、戻っても、は、は、話してく」


何か言い残そうとした夜見は、最後まで言えずに消えてしまう。



「く、……景護クン!先に帰ってるから!またね!」


二ヶ崎の声に軽く手を挙げる。

残された景護は大きく息を吐く。



「ふぅー」


「なぜ、なぜ、僕と敵対した?僕には分かるぞ、君が消えそうなことくらい」


アイザックの声に体がビクリとする。

体には、光の傷跡。

表情は苦々しく、険しい。

それは痛みによるものか、それとも……。


「うお、まだ喋れたのか。……こっちから見れば、お前はただの人さらいだからな。こっちの世界の人々を守りたいと願った英雄が俺の中にいてね。俺はその活躍を見たかっただけさ、二人の大ファンなんでね」


「そんなことのために、お前は自分を犠牲にするのか。シエルといい、自己犠牲が幸福の答えだとでも言いたいのか?人間とは……お前は何でそんなことをするんだ?」


体の傷跡が、軋む。

自分の世界を解析し、神を名乗った男は終わりへと歩み寄る。

アイザックに付けられた光の軌跡が炸裂し、ついに神を消し飛ばす。


そして、景護の体も光りだす。


「さて、体は元の世界に帰るのかね。まぁ二人に任せればいいか。自己犠牲ねえ、何でそんなことをするかって?」


ここの要が消滅したことで、宙の封印であるこの場所は崩壊を始める。

それを眺めていた景護の意識はそこで、遮断された。





……。






……。






「そりゃあ解決する方法カードが手札にあるからでしょ。消えるつもりなんてはなからないし。接続、切断か」



ガーランサスの城にある石が軽口を叩く。

刻魂石に国坂景護の魂あり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る