第12話 調査

「ゆ、誘拐の調査!?あ、危ないんじゃないか?」


「はい。ですが、この世界では私達は大幅に強化されているから、やれなくはないかと。それに月子さんが協力してくれたら、より大丈夫かなーって」


 城内の一室。

 夜見よみが、部屋でだらけていた時の来訪者。

 やっかいごとを持ってきた二ヶ崎にがさきはそう微笑んだ。

 面倒だ、関わりたくはないが、数少ない友人と思える人の頼み。

 どの程度の協力が、ちょうどいいのか、頭の中で損得勘定をしているとき、はっとする。


「心聞く耳」


「え?ああ、大丈夫だよ。今は使ってないから」


 嘘か本当かは分からないが、その言葉に夜見はホッとする。

 彼女が持っている、神の加護。

 人の心の声を聞く能力。

 本人は使いこなせないと言ってはいるが……。


「それに、あんまり使いたくないんだ。人が自分をどう見てるかって分かるのは、あんまり気持ちのいいものでもないよ」


「く、国坂景護が、エロい目で見ながら、頭の中でひどい妄想をするわけか!おのれ!」


 暗い表情だった二ヶ崎が、不意を突かれたのか吹き出すように笑う。

 

「国坂クンは、そんなことしないよ……っていうか目もロクに見てくれないし……」


「それは、あいつがへたれ……」


「それに、心の声も何人もしゃべってるみたいで、聞き取れないんだ」


「や、やっぱりあいつ、や、やばいもん連れてるな。……そういえば、あいつは?事件とか不気味なやつ好きだろ。元の世界の事件、遺体の一部がなくなる神隠し。熱心に調べてたし」


 景護のことを二ヶ崎に聞くと、唇を尖らせ、不機嫌そうになる。


「なんか、依頼受けたみたいだよ。……美人の巫女様に届け物だってさ」


「あ、あいつ本当に使えねえ……。ふ、二人でやるか?」


 夜見が誘いを承諾したことにより、二ヶ崎の表情がパァッと明るくなる。

 

「ありがとうございます!これで百人力だね」


 嬉しさのまま彼女は友人に飛びつき抱きしめるが、レベル50の馬鹿力。


「!……!!!」


 夜見は死ぬ気で相手の背中にタップをするが、解放されることはしばらくなかった。






 二人の女の子は町を歩く。 

 街並みは薄い霧に覆われ、人影も少なかった。

 石畳の道。

 片やコツコツとブーツを鳴らし、片やガチャガチャ響く金属音。


「月子さんの方は、どうだった?」


「……ない。目撃情報も証拠になりそうな物もなかった。監視カメラもないし、指紋もDNA鑑定とかだってできないから無理!それに魔法でやられてたら、て、手に負えない」


「でも、魔法による犯行なら、調査はお城の人達だけで十分だし、適任だよね。異世界人の私に期待される役割……。この世界の人達の常識というフィルターで見えにくくなっている部分を、調べればいいのかなぁ」


「……い、一回試してみたいこと、思いついたんだけど……」


 夜見の提案に二ヶ崎は反対する。

 リスクも高く、何より彼女が危険。

 首を横に振り、それでもやりたいと彼女は言う。


「と、友達の力にな、なりたい」


 まっすぐな瞳に、言葉が出てこなかった。

 彼女を止める、反対意見、その言葉が。




 時は夜。

 町の明かりは消え、騎士の巡回する音……鎧のこすれる音だけが不気味に反響する。

 それとは別に、何かが駆ける。


 ――少女だ。

 金髪の少女が、道を駆ける。

 必死なその表情は、今の時間帯が危険なものだと把握しているから。

 帰路を急ぐ、その少女に迷いはなく、道を駆け抜ける。



 だが、だが出会ってしまう。

 大の男に。


「お嬢さん、どこへ行こうというのかね?」


 一人目は正面。

 急に現れ、道を塞ぐ。

 止まった彼女に、未来はなく……。


「はい、終わり」


 二人目は背後。

 どこからか現れ、奪われたのは視界に声。

 手際よく、口を塞がれ、猿轡さるぐつわのように紐状の物で固定され、袋か何かを被せられる。

 声を出す暇も、抵抗するタイミングもないまま、非力な少女は手足を縛られ、硬く狭い空間へ。

 箱のような物に詰め込まれた彼女は、そのままどこかへ運ばれていく。

 あまりにも単純。

 手際がいいだけで、方法はシンプルな誘拐だった。


 人の運搬による揺れが無くなり、ガタリと接触音一つの後、箱は移動をやめる。

 経過した時間は分からないが、少女は周りから情報を得るために感覚を研ぎ澄ます。

 ごそごそと動く気配に、コツコツと何かを叩いているような音。

 その音に応えようと、少女はどうにかして返事をしたかったが、芋虫のように体をくねらせるのが精一杯だった。

 彼女は、とりあえず諦め、体力を温存するために大人しくし、状況が変化するのをひたすら待った。




「今回は納品が早いんだな」


「ああ、面倒くさい管理が少なくて助かるな」



 人の声に少女は飛び起きる。

 ……体は動かせないので、ビクリとしただけだが。

 疲労のせいか、緊張のせいか、つい眠ってしまっていたらしい。

 一日経過したのだろうか、それともまだ一時間程度か?

 



「おはようございまーす!旦那、依頼の物です!」


「ご苦労様です。そこに並べておいてください。チェックしないといけないので」


「分かりました!しかし旦那、今回は巫女様への届け物、早いですね。前にもやったばかりなのに」


「はい。実はここだけの話、ギルドの手を借りられなくなったので、僕達の仕事が増えまして」


「そりゃたいへんだ」


 そんな会話を聞きながら、少女は自分が入っている箱が、普通の荷物のように扱われていることに驚く。

 だが、もしかすると、ここのチェックとやらで、出られると思うと気は楽になる。

 ところが……。



「おーい、そっちは終わった?こっちは準備いいよー!」


 男の声は、終了を告げる。

 サボりやがったわけである。


「待ちなさい!もう少しです!……そっちはやたら箱が多いな。中身は?」


 女性の怒鳴り声が返ってくる。

 怯えるような声で謝る男。


「巫女様の儀式に使うらしいよ。動物のアレみたいだけど見るかい?」


「……通りで臭うわけか。確認が済んでいるのなら、よしておきます」


「……」



 少女は呆れて声も出なかった。

 だが、その一方で得られた情報を整理する。

 この人の箱詰めは、動物として「巫女様」のところに届けられ、「儀式」に使用される。

 これが表向きだ。

 では、その実態は……。

 



 

 かなりの時間を使ったであろう移動が終わる。

 揺れの激しさから、荷馬車か何かに積まれていたのだろうか。

 少女は、空腹はまだ感じなかったが、のどの渇きがひどくなっていた。


「見張っているから、積荷お願い」


「はいはい。それじゃあ、二人ともお願いします」


「了解、旦那」


 何かを通り抜けるような不思議な感覚。


「開け、迷宮への道」


 男の一言。

 嫌な予感がする。

 次々と、周りが運ばれ、少女の番になる。

 箱が傾き、下っているような重力を感じる。

 いつでも脱出できると高を括っていたわけでもなかった。

 大した相手ではないと油断しているわけでもなかった。

 彼女が逃したのは、タイミング。

 人のために、友のためにと思う気持ちが、事件に踏み込ませすぎた。


 そう、間が悪かっただけ。


 得体の知れない唸り声に、激しい打撃音。

 

 金髪の少女に変装した夜見は対面することになる。

 人喰らう災害に。

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