第5話  四人の宙の祝福

 ベッドで目を覚ます。

 異世界に来て、一日が終わったらしい。

 色々あったが、まだ一日。


「二人とも、起きてる?」


 誰もいない部屋で、景護けいご虚空こくうに話しかける。

 体を起こしながら、周りを見回す。


『ん、あー、朝か。ふあぁぁあ、おはようさん』


『だらしがない男ね。景護、私は問題ないわよ』


 景護の中から出てきた霊二人。

 「大将」は眠そうに欠伸をした後、床に転がる。

 「先生」はゆっくりベッドに腰を下ろし、景護の方へ体を寄せる。


「ちょっと確認したいんだけど、二人の能力って」


 大将は、体を起こし頭をバリバリかきながら、あぐらをかく。

 話しかけるのもためらう程度に、眠そうな雰囲気。


『ああ?ああ、元の世界で隠してて悪かったな』


「いや、それはいいけど」


『俺のやつは、剣を始めとした武器を扱える。それと、体を鋼鉄並みの強度にしてやれる……はずだ。実際どの程度で破られるか、試したことないから、過信は禁物な』


「了解」


 しゃべるだけしゃべると、またそのまま仰向けに倒れてしまう。

 霊が眠いってなんなんだよ……景護はその言葉は胸にしまう。


『私は、雷が使えるわね。景護に分かりやすく言うと、電気属性』


「それは素敵」


『ありがと。弓が得意だから、何かを狙いたいなら前みたいに弓を用意して、私に任せてくれればいいわ。でも身体能力はあいつの状態……もしかしたら、普通の景護より劣るかも』


 二人が教えてくれたのは、前回の戦いで使った能力。

 景護もこれには、助けられた。

 ただし、二人の能力は交代でしか使えなかった。

 同時は無理と。


「なるほど。……で、二人ともまだ隠してるよね?」


『グググ、ンガー』


『ふんふんふーん。あ、お化粧しないと』


 大袈裟おおげさないびきの音を鳴らす大将に、ふわりと消える先生。

 どうやら、まだ隠しているらしいが、今はいいか。

 それより、とりあえず目先の問題を片付けたい。

 これから、どうするか。


「さーて、自由なのはいいが、これからどうしたものやら。ってか先生、化粧なんてすんのかよ」


 適当にぼやきながら、身支度を整え部屋から出ようと、ドアノブに触れる。

 弾ける閃光!

 指先を襲う激痛!


「アォウ!いって!……いい意味だって。いい意味。化粧しなくても綺麗きれいとかなんとか……そんな感じな……」


 何で先生が怒ったか、景護にはいまいち分からなかったが、とりあえずゴマをすって、宿屋から出て行く。



 外に出ると、見慣れぬ光景に、ここが異世界だと再認識させられる。

 農作業と日常の生活、どちらもこなしやすそうな布の服の村人達。

 作業による汚れはあるが、着古してボロボロといった人がいないので、このアメッゾ村はあの鉱石のお陰か、貧しいわけではないのだろう。

 そして昨日、村を襲撃したゴブリン達の死体の山。

 それを村人達と片付けている、合わせて二十人程度の鎧の人々。


 鎧は二種類。

 片や、降り注ぐ日光を反射する、美しい白銀。

 雪を思わせる白いマント。

 清廉、誠実。

 そんな言葉を思い出させる騎士のイメージにぴったりはまる装い。


 片や、日を飲み込む、頑強な黒鉄。

 顔まで隠したフルプレート。

 屈強、強剛。

 強さを宿したその姿もまた、騎士という印象を周りに与える。



「さ、出発前にジョージさんには挨拶しとくか」


「く、く、国坂景護ォォォォォ!!!」


「なんだよ朝から騒々しい。異世界デビュー頑張ってる夜見よみちゃん」


「大学デビューみたいに言うな!それにもう昼だ!あと夜見ちゃん言うな!」


 注文が多い同級生。

 鎧を装備した女性、夜見が景護に突っかかってくる。

 昨日は金髪でロングだったが、今は茶髪にショートで片目だけ隠している。

 変装のスキルのお陰で見た目は自由らしい。


「こ、こ、この状況でも無関心を貫くのかお前!鎧のやつら誰?とか、村を救った報酬とか、後片付けとか。お前考えないのかー!?」


「鎧の連中は、昨日言ってたガーランサスとアーレナイアの連中だろ。報酬はいらん。片付けは人手が足りているだろ。グッバイ」


「な、おい、ちょ、ま、待て……」



「あ!」


 夜見との会話を適当に切り上げ、ジョージの家へ向かう景護の耳に、嬉しそうな女性の声が届く。


『危ねぇ景護!』


 大将の声に合わせて防御の姿勢を取る……が。

 ただ、白銀の鎧の女性がこちらへ走って来ているだけだった。


「なんだ?」


 景護はめんどくさそうに、道を譲ろうと三歩下がる。

 ところが、女性はそのまま景護の方へ向きを変え……。


 真正面から黒髪をなびかせながら、飛びついてくる。


 美人が飛びついてくる。

 ただそれだけなら、景護は喜んでそれを受け止めればよかった。


 だがここはレベルの存在する異世界。

 強さは、見た目では無くステータス。


「ぐおおおおおお!!!」


 車にはねられたような衝撃を受ける。


「国坂クン!やっと知り合いに会えたー!」


「鋼鉄の体よ、持ちこたえてくれぇ……」


 強く抱きしめれ、本来なら歓喜する場面だが生存に力を注ぐ。

 彼女のレベルは50。

 戦闘ならレベル1なんて、あっさり潰されてもおかしくはない。


「おっと、浮かれてはしたない姿を見せてしまいましたね」


 乱れた景護の制服を整えながら離れ、直立で微笑む彼女は。


「に、二ヶ崎にがさきか。元気そうで何よりだ」


 顔を確認した後、彼女から目を逸らす。

 二ヶ崎にがさき双葉ふたば、同じクラスの真面目な委員長。

 堅物かと思っていたが、こんな風にはしゃぐのを、景護は見たことがなかった。

 白銀の鎧をまとって、槍を背負っているが間違いなく二ヶ崎双葉。 

 

「はい。お久しぶりです、国坂クン。少しお話しませんか?」


「ああ、暇を持て余している。喜んで」





 木陰に移動し、木にもたれかかった。

 二ヶ崎がちょくちょく覗き込んでくるが、そのたびに視線を泳がせる。



「へぇ、俺よりも前から異世界に」


「はい、ちょっと最初の方、混乱してて、正確に日を数えられていないのですが、一月ひとつき近く?ううん、二、三週間?くらいだと思います」


「そこそこ幅があるな」


「すみません。どうもはっきりしない時がありまして。学校、長い期間休んでしまってますよねぇ」


「いいや、まだ二ヶ崎が休んだのは一日だったな」


「本当ですか?良かったぁ……こことは時間の流れが違うんですね」


 ホッとしたように胸をなでおろす彼女を見てふと思う。


「こんな妙な世界、受け入れてるんだな」


「それは、最初はとまどいましたけど、こんな強い力を自分が使えるんですから、信じざるを得ませんよ。その上、見たことのない生き物も多いですし」


 二ヶ崎は口元を隠し、柔らかく笑う。

 その美しい姿は、立てば……なんだったか。


『立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん歩く姿は百合の花』


 そう、それ。

 例え、彼女がレベル50で、先程ゴリラのような力で潰されそうになったとしても、美しいものは美しい。


「国坂クン、来たばかりなら、ガーランサスの町に来ませんか?宙の祝福シエルレガロと分かれば、女王様が保護してくださると思うんです」


 二ヶ崎が手の甲の紋章を見せてくれる。

 それは宙の祝福シエルレガロ……異世界からの来た証。

 神の加護をもらった遣いである証拠。

 

「紋章が無くても、レベルが低くても、私が話せば大丈夫だと思います。安心してください!」


 真面目なこの子は、宙の祝福シエルレガロという立場、人の味方をするといった役割をしっかり果たし、女王様とやらの信頼を得ているのだろう。


「ああ、そうだな。ガーランサスに行こうか」


「それなら安心ですね!」


 ぱぁっと表情が明るくなる。

 彼女はただのクラスメイトだろうが、知り合いの身を案じてくれている、そんな優しい人だ。



「ところで、国坂クン。あの、木の陰からこちらを覗いてる女の子誰ですか?彼女ですか?……違いますよね?違いますよね?」


「ん?」


 景護が振り返ると、挙動不審の女騎士。

 もうひとりの同級生、夜見月子がこちらを見つめていた。


「ああ、あれは夜見だ」


「え?夜見ってあの?え?え?」


「おーい、夜見!二ヶ崎が、ガーランサスに来ないかって言ってるけどお前どうする?」


 見たことのない速度で駆け寄ってきた彼女は、その勢いのまま地面に飛びつく。

 美しい土下座だ。


「お、お願いしますから、つ、連れて行ってください!」


「え?え?月子さん?どしたのその格好?それに、そんな、私達赤の他人でもないクラスメイトだよ?土下座なんかしなくても」


「夜見も宙の祝福シエルレガロだが、クソ雑魚だから保護してやってもらえないか?」


「う、うん。大丈夫だと思いますけど。月子さん?大丈夫?」


 顔を上げた夜見は、消え入りそうな声で「……ありがとう」と呟く。

 人への接し方の力加減が謎だ。


 とりあえずの方針も決まった。

 今度こそジョージに挨拶をし、村から出発。

 そのはずだった。

 

 黒い鎧の男。

 他のアーレナイアの騎士とは違って兜で、顔を隠していない男。

 目をぎらつかせ、飢えた野獣のような瞳の男。


「双葉ちゃん、月子ちゃん、それに国坂。こんなところで会うとはな」


 ここにいる三人の名前を知っているその男は!



「誰だ?」


「一ノいちのみやだ!一ノ宮始いちのみやはじめ!クラスメイトじゃあないか」



 景護は頭を抱える。

 話には聞いた気もするが、こんな顔だっただろうか?


「一ノ宮さん!?あ、双葉ちゃんはやめてください」


二ヶ崎は驚いて声を上げる。


「……なんだ、一ノ宮か」

 

 夜見はつまらなそうに一言。

 もごもごと「名前はやめろ」と繰り返すのは、こいつの奇行に慣れていても地味に怖い。


 二ヶ崎と夜見の反応を見るに本人で合っているみたいだ。

 

「ええと、どうもこんにちは」


「キミはバカにしているのか国坂」


「そんなことをするほど、お前に興味はない」


「……なるほど」


 一ノ宮が剣を抜く。

 夜見は後ろにすっ転び、二ヶ崎はいつでも動けるように構える。

 二人の前に出るように、一ノ宮に向かって一歩踏み出す。


「同じ宙の祝福シエルレガロだろ?ちょっと遊ぼうじゃあないか」


「ちょ、ちょっと一ノ宮さん!国坂クン、ちょっと不手際があったみたいで、レベルが低いんです!君のとは、勝負にもなりませんよ!」


「何ぃ?国坂。キミ、ステータス強化の恩恵は?神の加護は?」


「無くした」


「なん……だと……。あの御方おかたはからいを。希少な加護を」


 顔を強張こわばらせ、震える一ノ宮。

 一人で盛り上がっているが、話が見えない。


「神の加護ってそんなに大切か?」


「当たり前だとも!宙の祝福シエルレガロにのみ使うことのできる能力。人の安寧あんねいのためには無くてはならない!」


一ノ宮は、夜見、二ヶ崎と順番に剣を向ける。


「二人は何をもらったんだい?」


「じ、自分の能力は、簡単に見せるもんじゃなくない?」


「月子さんの言う通り、手の内は見せません私も」


 一ノ宮がふぅと呆れたように息を吐く。

 

「そうかい。じゃあもう一度


「未来視。脳への負担が酷くて使えないけど……っえ?」


「心聞く耳。相手の考えていることが聞こえる時があります。……嘘」


 二人が困惑する。

 自分から、能力について話したことに衝撃を受けているようだ。


「なるほど。というか、能力は分かってたんだけどね!誰にどれが割り振られているか。それだけが気になってさ。ご協力ありがとう」


「相手を操る言葉か」


 景護の言葉に、満足そうに一ノ宮は微笑む。


「そうさ、操る口。月子君が未来視、双葉君が心聞く耳。そして残り一つ。国坂お前が無くしたのは、幸運の鼻。幸運を見つけ、危険を避ける。……ああ、あと探し物を探すのも得意だ。まぁ、こそこそするキミに似合った加護なのに、……加護なのに!」


 向けられる激情。

 鋭い瞳。

 彼が怒る理由が分からない。



「僕は、宙の祝福シエルレガロをまとめ、この世界を導くと決めたのだ!そのためには、神の加護が!」


「え?一ノ宮さん、元の世界に帰る方法を探さないの?」

 

 二ヶ崎の驚く声。

 そうだ、普通ならその選択肢もある。


「帰る、……だと?僕達には特別な力があり、背負った期待がある!為すべき使命がある!なのに、なのに、この男はぁ!」


「待って!」


「ひゃあああああ!!!」


 二ヶ崎の反応も、夜見の悲鳴も景護に向かって振り下ろされる剣より遅かった。

 レベル1の男は徒手空拳としゅくうけん

 為す術も無く切り捨てられるのか?

 この異世界を冒険する前に。

 


 ――いいや、彼は測れないイレギュラー

 激しい金属音とともに、景護の顔の前で、剣が止まる。

 剣を右手で掴み、赤い瞳で睨み返す。


「短慮が過ぎる。頭を冷やせ」


 唖然とする一ノ宮を、剣を手放すと同時に、左手で軽く突く。

 

うらみつらみは重き鎖、沈め沈めよ沼の底』


 後ろに一歩。

 ぬかるんだ感触。

 二歩。

 そこで、地面は支える役目を失い、がくんと沈む。


「なんだこれは!沼か!おい!……これはどこまで沈む!」


「さあな、自分の目で確かめてくれ」


 冷めた青い瞳で、景護は一ノ宮を見下ろす。


「何バカなこと、言ってるんですか!氷の結晶フロスト!」


 二ヶ崎は、沈む一ノ宮の周り、沼の表面を凍らせる。

 慌てて駆け寄り、止まった彼を軽々と引き上げる。


 一ノ宮は少し咳き込むと、立ち上がり、景護を見つめる。


「すまん。……僕はアーレナイアの城にいる。来れば、保護ぐらいしてやるレベル1。……二人も、僕に協力してくれるなら、いつでも来てくれ。……また会おう」



「……オイ!」


 景護の呼びかけにも返事せず、彼は去って行った。

 なんだ、あの感じは。

 人の心の機微に疎い景護でも、普通ではないのが分かる。

 一人で行かせて良かったのか?


 考え込む景護にデコピン一発。


「こーら。さっきのは一ノ宮さんが悪いし、男の子だからケンカはダメとは言わないけど、クラスメイトなんだから、あそこまでやったらダメですよ!分かった?」


「あ、ああ」


 返事ににっこりほほ笑む二ヶ崎。

 きびすを返し、腰を抜かした夜見に手を貸しに行く。

 

 ああ、二ヶ崎よ。

 なんて、良い子なんだ。



 だが、だが。

 これだけは言わせてくれ。

 

 ……手加減を覚えてくれないか。


 額の血を拭いながら景護はそう切に願った。



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