第4話 間の村

 「なんで!お前が!いる!」


 悪人率いるゴブリンの群れから、村を救った景護けいごに放たれた言葉は、異世界で再会した、同級生の罵声だった。

 村人のジョージの家で、お茶をごちそうになっていたが、彼が席を離れた瞬間にこれだ。

 周りに聞こえないように小声とはいえ、夜見月子よみつきこの言葉は荒れていた。


「髪を金髪に染めて、女騎士になりきってるお前に、なんでとか言われたかねーよ」


 今は鎧を脱いでいるが、先程の姿だけはまさに騎士。

 夜見は、顔を真っ赤にしうつむく。


「そ、そこじゃない。どうして、ここにいるか聞いてる」


「そりゃあ、雷に打たれて、神様にここに飛ばされた」


「……やっぱり、神様は夢じゃあなかったのか。能力はもらわなかったのか?国坂景護」


「落とした、無くしたそんなところだ」


「クキャキャ、神様の加護を無くすなんて、やっぱりお前、悪霊に憑かれてるな」


 悪ではないが、憑かれてはいるな。

 悪霊という言葉を聞いて、大将は意地が悪そうにニヤつき、先生はムスッとしてしまう。

 

 夜見のレベルは30。

 これは、この世界でそこそこ高いらしい。

 それに、修得しているスキルも高ランクで豊富。


 料理、裁縫、道具作成、隠密行動、植物の栽培、変装術……等々などなど


「お前の能力、スローライフでも満喫するのか?」


「好きなゲームに似た異世界なんて言うから、スキルは私の好みにカスタマイズしたんだよ!悪いかバーカバーカ!」


 戦闘に不向きなスキルに加え、気持ちやメンタルはただの高校生。

 彼女のステータスは高くても、戦闘には不向きなのだろう。

 夜見にエンジンがかかってきて、しゃべりが興奮気味になるが、そのテンションを景護は欠伸で受け流す。

 

「んで、お前のそのコスプレは変装術のスキルか?」


「コ、コ、コ、コスプレじゃない!これは目立たないためというか、周りから浮かないためというか……というかなんで国坂景護は、私が分かった!?」


「んー?声と目。お前、目だけは綺麗だから良く覚えていた」


「き、き、き、……い、いや、お前、学校での私の目なんて……」


 夜見がパニックになって、黙り込んでしまったところにジョージが戻ってくる。

 上下長袖長ズボン、布の服に革のブーツ。

 ザ・村人といった感じの装いだ。

 テーブルの上にカップ二つ置き、向かいの椅子に腰を下ろす。


「改めて、お礼を言わせてください。お二人のお陰で、妻も私も、今ここにいられます。月子様、そして景護君、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる姿に、慌てて二人して頭を下げ返す。


「そんな、ジョージさん、お気になさらないでください。もっと早く私が、飛び出せていたら……」


「!?」


 夜見が普通の人みたいに話す様子に、景護は目を丸くする。

 てっきり、挙動不審になると思っていたが……。

 普通にできるのか。

 普段の奇行は、何なんだ。

 頭を疑問が埋め尽くすが、今は話を聞こう。

 熱いコーヒーの入ったカップを、口元に運ぶ。


「あと、そんな丁寧な言葉じゃなくても……。私、年下の未熟者ですし……」


「いやいや、宙の祝福シエルレガロのお方を無下に扱うなど……。それにすみません。この名前を出せば、あいつも怖気づくと思ったのですが、逆にあなた様を危険な目に合わせてしまって」


「い、いえ。村の守りを引き受けたのも私ですし、宙の祝福シエルレガロと明かしたのも私ですから」


「……一つ、質問」


 堂々巡りをしそうなやり取りに、口を挟む。

 物事が進まないのは好ましくない。

 その上、分からないことが多い現状で黙って聞いているのは彼のしょうに合わない。


「シエルレガロとは?」


 ジョージの不思議そうな顔。

 夜見は口角をわずかに上げ、嬉しそうに相手を見下した顔。

 「国坂景護は私以下」その目が強く、そして嬉しそうに、そう語っている。


宙の祝福シエルレガロを知らないとは、珍しいな。神様が遣わせてくれた、強い力を持った異世界の人さ。月子様のように我々、人の味方になってくれる存在だ」


「い、いえ、彼が知らないのは仕方ないんです。……くくく。私と同じ神様のところから来たのですが……」


「本当ですか!?なら、あの強さも納得だ」


「でも、ち、力を無くしてしまったみたいで……クーッキャッキャ!!!」


「つ、月子様?」


「っと、コホン。失礼いたしました」


 彼女はどうも、景護のミスがお気に召したらしい。

 つい本性を見せてしまうが慌てて取り繕う。


「景護君、手の甲に紋章はあるかい?」


「いや、ないっすね」


 景護が両手の甲を確認していると、夜見がドヤ顔で、左手に浮かび上がる紋章を見せつけてくる。

 無視すると、悲しそうな顔が視界の隅に映る。

 めんどくさいという言葉を飲み込み、ジョージに向き直ると彼は、何か考えているようだった。


「前例がないだけで、彼も宙の祝福シエルレガロか?なら……景護君、いや、景護様」


 真面目なジョージの顔がぐいと迫ってくる。


「いやいや、さまは勘弁してくださいよジョージさん。むずかゆい。ところで、ここはどこなんですか?」

 

 流石にあがめられるような呼ばれ方は、気が滅入る。

 そう感じた景護は話題を変える。


「ふむ、そうか。月子様のようにそこから、説明が必要か」


 ふんふんと頷いた後、説明を始めてくれる。


「ここは、アメッゾ村。美しい女王の治める領土ガーランサスと、強力な武力を持つアーレナイアという領土。そのちょうど境目にあるのが、この村だ」


「どちらかに属してるんですか?」


 彼は首を横に振る。


「いいや、この村の近くの鉱山で採れる刻鏡石こくきょうせきという資源をどちらにも納めることで、深くは干渉されない。いや、この説明だと、格好つけすぎかな」


 そう自嘲気味に笑う。


「何かあれば、どちらもすっ飛んで来て、己の領地にしようとする。わば、火種みたいな村だな」


「そこに襲撃をかけるエヴァンとやらは、バカなのか。それとも、素早く片付ける算段があったのか」


「少しあいつを知っている身としては、両方だと思う。ずる賢いが、周りが見えない……そんな奴だった。エヴァンは、早く来た方に引き渡す予定だが……。今回のことで兵を置きたがるだろうなぁ。空気がピリピリするし村のみんなも怖がるし」


 ジョージは頭を抱え、説明を中断してしまった。


 景護は、コーヒーを飲みながら思考を巡らせる。

 アメッゾ村を影響下に置くための、兵の配置。

 村が滅べば、土地の確保は早い者勝ち。

 ああ、なるほど。

 二つの勢力にとっては、村はどうなってもいいのか。

 介入する口実さえできれば。


『さて、少々厄介な現在地だな』


 大将の言葉には同意する。

 宙の祝福シエルレガロにアメッゾ村。

 気楽な異世界かと思っていたが、どうも一悶着ひともんちゃくありそうだ。

 


「ジョージさん、コーヒーごちそうさま」


「あ、ああ。もうこんな時間か。長く話し込んですまなかった。二人の宿代は払ったから、好きな時に休んでください。後、妻に顔を出してやってくれませんか?今は安静にしているんで……」


「ええ、自分達でよければ。何から何まで、ありがとうございます」


「気にしないでくれよ景護君。こっちは命を救われたんだ。これくらいさせてくれ」


 こちらに笑顔を向け、カップを片付けに行った彼を笑顔で見送る。

 そして部屋には話の途中から、寝息をたてていたアホ女と二人。

 間抜けな寝顔を見ていると、思考に没頭していた頭の緊張が緩んだ。

 フッと笑みが漏れ、景護は夜見の頭を軽く撫でる。



『私の電気の力を使って何してるの?』


「こいつが何かに触ったら激しい静電気が起こるように、調整した」



 『いじわるね』と笑う先生。

 さぁ、セラさんに会って今日は休もう。


 この後、夜見の悲鳴が響き渡るのは、言うまでもなかった。

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