第3話 初陣


「さて、これからどうしたものやら」


 草原に男子高校生一人に、幽霊二人。

 落雷に被弾、神様を経由しゲームっぽい異世界に。

 体の中に幽霊を連れていたから、体の容量的にスキルや魔法などは入らなかった。

 そして今に至る。


 男子高校生、国坂くにさか景護けいごは神様の恩恵を得られなかったが、落胆はしなかった。

 レベル1の低いステータスに無能力の現状。

 自由に得られるはずだったスキル達をざっと確認。

 剣術、槍術、火属性の魔法、錬金術……栽培に釣りもある。

 他にも選択肢は色々あり、何かのスペシャリストになれた上に、強さを兼ね備えた状態もありえた。

 しかし!だがしかし!自分に憑いた彼らを失ってまで、スキルやチート能力は欲しくはなかった……と思う。

 

『未練たらたらじゃねえか景護!そこは、言い切ってくれ』


 脳内に流れる自分の未練に、男性の霊からつっこまれる。


「強い能力で無双なんて、男の子の憧れだと思わない?大将」


『そ、そりゃ、一騎当千の力は欲しいよな……』


『はいはい、男達が女々しい事ばかり言ってないで。……それで、景護これからどうするの?』


「先生、冷たい、ドラァーイ。……とりあえず、人のいる場所を目指そうかな?せっかくの異世界だ、自由に見て回ろう」


 景護は大きく伸びをし、肩を回し首を鳴らす。

 固まってしまった体をほぐしつつ、こっちの世界での自分の体の動きを確認する。

 異常なし。

 特殊なスキルも魔法も使えそうな気配も無い。

 

 

『あのじいさん、ゲームに似た世界とか言ってたが、モンスターでもいるのか?』


 大将の問いに、景護は頷く。


「ステータスを見た感じ、魔法もスキルも戦闘関連が多いからそうだと思う。機械や科学を中心として発展した世界ではなく、剣と魔法のファンタジーな世界かな?」


『戦いは不安?』


 心配そうな先生の声に、首を横に振る。


「いいや。大丈夫だと言った二人を信用してるし」


 いつも暑苦しい男は照れくさそうに、にやけながら鼻をこすり、どんな状況でも冷静で一歩引いた物言いをする女は、顔を赤くし目を逸らした。


「ん?」


 違和感。

 元の世界では、景護から見た霊二人は、ぼんやりとしていた。

 しかし今は、美男美女……そう分かる程度に二人を認識できる。


「ま、悪い事でもないし、今はいいか」


 

 ふわりと吹いた風に向かって、足を踏み出す。

 頬を撫で、独り言を掻き消す心地良い風と共に、憑かれた男の旅が始まる。





 

 草原をしばらく歩くと、草木のない地面。

 整備された道らしきものを見つける。

 ゲームの定石だと、道に従って進めば、村や町に到着する。

 もしくは、洞窟や森といったダンジョン。


 左右に伸びる道を眺め、景護の口からは溜め息が漏れる。


「やれやれ」


 制服のポケットから、表に我が国の美しい花、裏に数字で百と書かれた硬貨を取り出す。

 

「左」


『右』


『左』


「俺と先生が左、大将が右。じゃ、表が出れば左、裏なら右っと」


 三人の中で決めた、直感で物事を判断する時のルール。

 多い意見がコインの表、少ない方が裏。

 全会一致なら、コイントス不要。


 親指で弾いた銀色の硬貨はキィンと気持ちの良い音を立て、宙を舞い、景護の手に収まる。


「花……表だな。左に行きますか」


『私はこの花より、梅が好きね』


「前も先生言ってたなそれ」


『くくく。だが、景護も物好きだよな。俺達ぁ、お前の決断に従うのにこんな事して』


「いいのいいの、気分気分。よっと」


 草を軽く飛び越え、土の道を歩く。

 進路は左。


 

 中々の時間を歩いたが、景色に大きな変化は無かった。

 気を紛らわすためか、それとも自然にそうしたくなったのか。

 ふわりと出てきた先生は、横に並んで声をかけてくれる。



『穏やかね。自然が豊かで気持ちいい』


「ああ、本当に。緑が広がる景色、元の世界では最近見る機会がなかった」


『景護、疲れてない?』


「問題ない。しっかし、本当に緑ばっかりだな」


『緑と言えば、景護。あの緑の塊はなんだ?』


「緑の塊?」


 大将の言葉に、目を凝らす。

 全然、草木以外の緑は見当たらず、首をかしげる。

 良くない視力では、当然か。


『ちょっと俺に、体を預けてみてくれ』

 

「はいはいっと」


 目を閉じ、意識を大将の赤い魂に寄せる。

 体に宿る霊二人の魂を意識する事で、力を借りられるが、『頼り過ぎるとお前がダメになる』と二人は口を揃えるので、あまり元の世界では使わせてくれなかった。


 目を開くと熱を感じる。

 この状態、大将の力を借りたなら瞳は赤く染まる。

 先生の力なら、青い瞳に。

 初めて鏡でその姿を確認した時、景護は過去最高に興奮したのをしみじみと思い出す。



 強化された視力を通して、情報が得られる。

『景護の視力が悪いだけだろ』と、図星を指されるが心の中で、まだ眼鏡は大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。

 そう、作りに行くのが面倒なわけでは決してない。


「あれは、村?数件の家が見える」


『村の前に陣取った緑をよく見てくれ。あれが何か、俺には分からん』


「ふむ、あれは……群れだな。緑の小鬼、ゴブリンか」


『へー、あれが。どうも俺の鬼の印象と違うから、覚えられないんだよなぁ。景護の世界の物は覚えにくい』


「まぁ、ゴブリンも俺の世界には、実在しないけど。やっぱりゴブリンっていう概念が、俺らの国に広がる前の人……」



「ウキャー!!!」


 聞いたことのない、獣の叫びと同時に後頭部に衝撃が走る。

 派手な打撃音。

 視界には、飛び散る木くず。


「な……に……?」


 景護は膝から崩れ、ゆっくりと倒れる。

 背後には、数体のゴブリンと馬にまたがった小柄の男。

 小太りな体型と、少し薄くなった頭が目を引く。



「グフッ。おいおい、棍棒を壊してんじゃあないよまったく。殺しっちゃってないだろうな?んー?妙な服装の旅人だな。まあいい。服もこいつも、どこかで売り飛ばせばいい」



 男の合図で、数体のゴブリンに景護は抱えあげられる。

 

「村はどうなってるっのかなー」


 楽しみを隠せない子供の様な無邪気な声。

 小柄の男は、興奮の高まるままに馬を走らせた。


 村に近付くと、柵を壊し、畑を荒らすゴブリン達を確認し、満足そうに笑う。


「グフフフフ!計画通り計画通り。ちゃんと制圧できてるじゃないか!」



 ゴブリンにより、家から引きずり出される人、組み伏せられ身動きの取れない人、反抗するが数には勝てず押さえ込まれる人。

 変わらぬ日常を送っていた村は、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄と化す。

 子供の泣き声、女の悲鳴、男の叫び。


「若い女には、傷をつけるなよ!値が下がる!無理やりでもいいから若い男は集めろ!年寄りは殺しても構わん!」


 杖を振りながら、馬上の小男は指示を飛ばす。

 残忍さを秘めた濁った瞳から、集められた村人達へ、なめ回すような視線が送られる。

 女子供が多く、力がありそうな男が少ない。

 これは、彼の計画通りだった。

 この日、村から町へ大量の鉱石の出荷が行われていた。

 村の若者達はその仕事に当てらている。

 その戦力が減った日を狙った襲撃だった。

 ゴブリンに押さえつけられた剣を携えた一人の男を確認すると、嬉しそうに語りかける。



「ハァイ、ジョージ。最近どう?山に行った時にゴブリンにやられた怪我は大丈夫?」


「お前!エヴァン!何でそれを知って……あれもお前の仕業だったのか!」


 ジョージと呼ばれた男性は、憤怒の形相で、にらみ返す。

 この悪事の犯人が、古い知り合いであること。

 怪我により戦って村を守れないこと。

 自身に対する怒りと小男に対する怒り。

 二つが混じり合ったジョージの胸中は、冷静ではいられなかった。


「グフフ、このアメッゾ村で、戦力のかなめだろうに貴様は。潰すのは当然だろうが平和ボケめ。セラは返してもらうぞ」


「返すだと?学生の頃、振られたのをいまだに引きずってるのか!お前は!」


 エヴァンと呼ばれた小男は、馬から飛び降り、地面に這いつくばるジョージの顔を踏みつける。

 狂ったようにカッと目と口を開き、 怒りと笑みが混同した表情。

 高々と右腕を掲げ、勝利を宣言する。


「あの頃とは、何もかも違う!見ろこの魔物を操る力を!この村を!僕は、……僕は!お前に勝った!セラに相応しいのは僕だ!」


「グッ……」


「私が目的なら、他の人には手を出さないで!」


「セラ……」


 エヴァンの身勝手な叫びを切り裂く、凛とした声が響く。

 建物の陰から、お腹を大きくした女性が現れる。


「おお……、変わらない美しい顔……だが、その腹はなんだぁ?」


「……へっ、俺の子だ……ガハッ!」


「き、貴様ァ!ジョージィ!ジョージィィィィィィ!」


 怒り狂ったその男は、足元のジョージを杖で殴り、蹴り、踏みつける。


「……」


「やめて!やめてえええ!」


「ハァハァ、……。……興ざめだ。増援が来る前に、仕事を終わらせる。チッ、何やってんだお前ら!年寄りまで連れてきやがって!殺していいんだよ!こんな風になぁ!」


 エヴァンは隣にいたゴブリンから、棍棒を取り上げ、振りかぶる。

 おおいかぶさって泣き叫ぶセラは、ジョージから引きはがされる。

 身動きもとれない、無防備な頭を鈍器が狙う。





「ま、ま、待って!う、うわああああああああああ!!!!」



 どこからか、エヴァン目がけて走ってきたそれは、立ち塞がるゴブリン達を難無く吹き飛ばし、そのまま小男へ一直線。

 不意を突かれたエヴァンの手から鈍器は、宙へ。


 間一髪で、ジョージの命を救ったその人は、両手で持った剣を、エヴァンに向け震える声で告げる。


「あ、あなたには、か、か、勝ち目がありません。いの、命が惜しいならひきゃ……退け」

 

 彼女は勇気を振り絞った。

 だが、憎悪を宿したその小男は冷静にこう返す。


「なぜ勝てない?村人全てを抑え、数はこちらが有利、そしてまだ戦える僕。近くの町からの増援にはまだ早い」


「こ、これ、これこれを、み、見ろ」


 銀の籠手こてを装備した左手。

 その手の甲の部分に、紋章が浮かび上がる。


「……へ、へへ。そのお方は宙の祝福シエルレガロ。レベルを見てみるんだな」


 ジョージが、らした顔を上げ、強気な笑み。

 エヴァンは、鎧をまとった金髪の女性に杖を向け、短く唱える。


「レベル、さ、30……だ、と!?ほ、本物!?」


「そ、そうだ。ゴブリンなんか、敵じゃないからな!退くなら、見逃してやる!村の人を解放しろ!誰かを殺したりしたら、お、おま、お前の命はない!」


 女騎士と悪党が睨み合う。

 エヴァンは軽く舌打ちをする。

 想定以上に制圧がスムーズだったのは、この戦力を当てにして、仕事に人数を多く割いたからだと気づく。

 

 多くのゴブリンが大体レベル8、戦えない村人はそれ以下の5。

 ジョージやエヴァンが10程度。

 その中での、レベル30。

 純粋な戦いで、1でもレベルの差をくつがえすのは、簡単なことではない。


「ぐ、ぐぐ……」


 エヴァンが杖を振ると、ゴブリン達は村人を解放し、彼のもとへ集まってくる。

 気を失った人達も、一か所に投げ集められる。


 女騎士は、ホッと安堵の表情を浮かべ、剣を下げる。

 その時。


「おい!セラを離せ!」


 ジョージの叫びに、まだ解放されていない人物に彼女は気がつく。

 

「嫌だあああああ!!!あれは僕の物だ!お前ら時間を稼げえええ!!!」


 女騎士の目に、こちらに杖を向けたエヴァンが映る。

 

「ひゃっ」

 

 襲いくる緑の化け物を狙い、我武者羅がむしゃらに剣を振る。

 先頭の一体を、難なく胴体から両断し、血が飛散する。

 レベルの差は、明確。

 ゴブリン程度が、彼女に敵うはずもなかった。

 ――だが。


「うっ、おええええ。おええ」


 生き物を殺したことに耐えられず、彼女はその場で嘔吐おうとしうずくまる。

 エヴァンは気づく。

 彼女が戦いに慣れていないことに。


「数で押せえ!そいつを袋叩きにしろ!」


 うずくまった女騎士が囲まれ、無慈悲に武器で殴られる。

 彼女の肉体へのダメージは大きくはない。

 しかし、異形の化け物に、戦いという暴力に、向けられた悪意に、彼女の心は折れていた。

 涙が止まらない。

 痛みではなく、恐怖に。


「誰か、誰か助けて。こんなわけの分からないところで死にたくないよぉ!怖い、……誰か、助けてよぉ!」

 

 怪我をした者、襲撃により気絶した者、恐怖で動けない者。 

 孤独に泣き叫ぶ声にこの村で応える者は……。



「剣、借りるぞ」


「へ?あ、あんた……」


 倒れたジョージから、赤い目の男が剣を取る。

 一人を襲う醜い小鬼の塊に向かって二歩、三歩。


 男に気がついた一匹が、距離を詰め、棍棒振りかぶり飛び掛かる。


「グフ、グハハハハ!!レベル1!レベル1で何しに……」


 抜刀一閃。

 ゴブリンは、切断され真っ二つ……ではなく跡形も無く弾け、消し飛ぶ。

 血しぶきが舞う中、村の空気が一変し、静まり返る。


「……ハハ、レベル1で何しに……何しに……」


 エヴァンの顔面が蒼白に染まる。

 踏み切った男は、弾丸のようにゴブリン達に突っ込む。


 斬り、突き、払い、命を狩る。


『そうだ、力を抜いて、体を流れにゆだねろ』


 これは、戦いなどではなく、一方的な殲滅せんめつ

 緑の化け物は身動きすら取れず、無残な姿に成り果てる。


「きゃああああああ!!!ジョージ!」


 女性の叫び。

 不利を感じたエヴァンは素早かった。

 ゴブリン達に、撤退を命じることもなく、セラを馬に魔法で縛り付け、自身も飛び乗り走り去る。



 その少し後、敵を全滅させた赤目の男は、うずくまる女騎士へと辿り着く。

 

「おい、大丈夫か?」


「……」


「おい」


「……」


 彼女は両手を地に付き、震えながら顔を上げる。

 涙と土で、ぐちゃぐちゃに汚れた顔で叫ぶ。 


「わ”だじより、ゼラざんを追っで!」


「……いいだろう。弓はないか?簡素な物でいい」


「き、木があれば、作れる」


 男が足元に転がる、ゴブリンの棍棒を渡すと、女騎士は短刀と取り出し、何かを唱えながら、素早く削る。

 そして、迷わず髪を数本切り、詠唱と共に木に固定し、小さく、不格好な物だが、弓と呼べそうな物が完成。


「……もう、あんなに遠くに。矢もないけど……」


 男は弓を受け取り、青い目で馬の走り去った方向を見据える。

 その瞳に焦りはなく、卑劣な獲物を捉え続ける。


「将を射たいなら馬から、みたいな言葉があるけど?」


『馬が可哀想よ』


「了解」


 右手から発生した、雷撃の矢をつがえ、弦を引く。


『迷いは不要。後は、放すだけ』


「狙うは一点。走れ雷撃!」


 真っ直ぐ。

 ただ、真っ直ぐに輝く青は、そらを翔ける。


『上出来』


 当たった瞬間は男の目には、見えなかったが頭の中に、落馬する小男と、立ち止まる馬のイメージが入り込んでくる。

 急いで、女性を迎えに行かなければなるまい。


「ね、ねえ、どうなったの?」


 汚れた顔だが、茫然とした様子が伝わってくる女騎士が男に問う。

 起こったことを受け入れるのに、時間がかかているようだ。


「たぶん、大丈夫だろ」


「よ、よかったぁ」


 安堵し力が抜ける。

 ぐったりと座り込む彼女に、男の言葉一つ。







「んで、その奇抜な格好は何だ?夜見よみ



「く、国坂景護!?!?」

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