第2話 逝くぞ異世界!


「……は欠席です。みんなも体調管理しっかりね」


 そんな言葉が聞こえた気がしたので、景護けいごは突っ伏した机から顔を上げる。

 昨日ゲームに夢中で、あまり眠れていない事を後悔しつつ、今日は早く寝ようと考える。

 寝ぼけた頭にチャイムの音が響く。


『一昨日もそうだったじゃない。たまには早く寝なさいな』


『遊びたい時に遊ぶ。俺はそれが大切だと思うがねぇ』


『アナタは黙ってなさい』


『ハイ』


 景護の脳内で、霊二人が会話を繰り広げる。

 気のままに、体の内外を自由自在。

 そんな二人の行動にも慣れたものだ。


 教師が教室から出て行ったのを確認すると、スマホを起動する。

 今朝聞いた神隠しと言う言葉。

 なぜか気になっていて、ネットの情報を漁っている。


『お、景護。新しい情報はあったか?』


 男性の霊が、手元のスマホ覗き込むように、もたれかかってくる。

 接触による重さや、暑苦しさを感じない分、人より付き合いやすい……いつもそう思う。


「いや、ないかな。白骨にミイラ、そんな感じのものは見つかったっていう話はないよ大将」


 景護が「大将」と呼ぶ男性の霊は『そうか』と淡泊な返事。

 

『数日、早ければ一日程度いなくなったかと思えば、白骨やミイラで発見される。どう考えても異常ね』


 足を組み、机に座っている女性の霊「先生」の言葉に、クスリと景護が笑うと『何よ』と顔が近づく。

 普通ではない霊という存在が、異常なんて言うから笑ってしまった。

 これを言ったら拗ねる事が容易に想像できたので、言葉を飲み込む。


「流石に夏でもここまで、死体は腐敗しない。ゆえに神隠し」


『さらって、殺して、証拠隠滅のための小細工か?』


『生きたまま溶かす?考えたくはないわね。でも、もう一つの問題は、北の地方でいなくなった人が、次の日に全く違う場所……南の地方で見つかった』


「隠すためとは、言い難い。所持品が一緒に残っていて、身元がすぐに分かったからなぁ。んで、白骨化より、ミイラ化。短期間でできるのか?ううむ」


『フクウラジュン、オオノリュウヤ、スエザワアヤカ等々などなど、被害者の接点も共通点も今のところ特に無しか』


 三人で、ああだこうだ意見を交換している内に、一日が終わる。

 今日の授業の記憶が、全くと言っていいほどない。

 みんなが、ぞろぞろと教室から出て行く中、ぼんやりしていると、一人の男が景護の席に近寄ってくる。


「よぉ。今日は寝てるかと思えば、熱心にスマホいじったり、どこかを見つめたりと、いつも以上に挙動不審だったな」


 田中が、呆れたように笑う。


「いつも見つめている、二ヶ崎がいないとお前も退屈か?」


「何?二ヶ崎、いなかったのか?」


「あ?朝言ってただろ?一ノ宮と二ヶ崎が休みだって」


 景護は額に左手をもっていき、頭を軽く抱える。

 二ヶ崎がいなかったのか、どおりで視界に華やかさがなかったわけか。


 二ヶ崎にがさき双葉ふたば、真面目な委員長。

 生真面目だが冗談も通じる努力家、長い黒髪に凛々しい瞳。

 勉強もスポーツも何でもこなす美人、クラスの中心的人物であり男女問わず人気者。

 努力が死ぬほど嫌いな景護としては、努力の人である彼女は、尊敬の対象であり、わずかな憧れもある。


 一ノいちのみやはじめは……勉強のできる奴だった気がする。

 顔も良かったのか女性人気は高いらしい。

 

「一ノ宮?」


「お前なぁ。……勉強良し、運動良し、顔良し、女性だけには性格良しのすかした野郎だよ」


「分からん」


「本当にどうしようもない奴だな景護。その二人なんだが、これは聞いたか?」


 声を潜め、田中は顔を近づけてくる。

 

「どちらも、誰も連絡が付かないそうだ。家にもいないって朝、職員室で聞いちまってさ。俺もメッセージを送ってみたが、反応は無い」


「家出か?」


 むさ苦しい田中の顔を押し返す。

 近すぎる。


「その可能性もある。だが、これって今話題の……」



「神隠しよ!!!」


「うーお」


「うわあああああああああああああああ!!!!!いって!足打った!」


 悲鳴を上げ、派手に動いた田中は、机に足をぶつけうずくまる。

 先程まで、二人の周りの誰もいなかった空間に現れた夜見月子よみつきこが、前のめりで、景護を覗き込む。


「あなたの仕業でしょう?悪霊使ったんでしょう?そして明日には、二人がし、した……」


「あのな、俺に好き放題言うのはいいが、他人が聞いて不快に思うような内容はやめろ。ほら、帰った帰った。また明日だ夜見」


「あぅう、あ……ま、ま……」


 景護が野良犬を追い払うような仕草で手を振ると、夜見は口をもごもごさせながら、教室から出て行った。


「さて、俺も帰るか」


「ノータッチ!?ダメージ受けている友人ノータッチ!?」


「うるせぇなぁ」


 田中の右腕を引っ張り立てらせて、ズボンの汚れを払ってあげる。


「トゥンク、お前ってぶっきらぼうな言葉の後、優しくしてくれるよな。正直ときめく」


「気持ち悪いこと言ってないで、さっさと部活に行けって」


「へいへい、じゃあな景護」



 田中と別れ、帰路に就く。

 夜見の言った事が、景護の頭から離れなかった。


 二ヶ崎が神隠しで明日には死体?

 そんな馬鹿な。


 夜見の奇行、妄言はいつものこと。

 この国の、遠くで起こっている事件に、身近な人間が巻き込まれるわけがないじゃないか。


 いつも通り夕方の時間帯でも、暑さが残り、太陽は美しい。

 そういつも通り。


 ふと、空を見上げると何かが光っ……。



「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 衝撃。

 何が起こったか理解できなかった。

 貫かれたか?頭から足まで……。


 爆発に似た音とゴロゴロという聞き覚えのある音が耳に届き、まさかと思う。


「落雷、だ……と……」



 景護の意識はそこで途絶えた。







 老人と対面する。

 真っ白な空間に、白髪に白い髭のいかにもな……。


「わしは神様なんじゃが、君に手違いで雷を落としてしもうた。お詫びとして、君の好きなゲームに似た世界に飛ばしてあげよう。レベルもステータスもスキルも魔法も現地民の何倍もの強さを得られるようにしておくから、上限はあるが、好きにカスタマイズしてくれたまえ。そして、神の加護も持っていきなさい。内容は向こうで見ればよい。では良き異世界ライフを」







 景護は草原で目を覚ます。


「あのじいさん、一方的でめっちゃ早口だったな。ま、いいや異世界転生みたいだし」


 とりあえず、ステータスの確認。

 目を閉じ、「ステータス」と唱えると数値がイメージできた。

 

 レベルを含め、多くのステータスは数字の1。

 スキルも魔法も未修得。

 話によると、これを自由にカスタマイズできるらしい。

 しかも、現地の人より強力に。



「さてさて、どうキャラメイクするか」


『できないわよ』


「へ?」


 体の内側から、女性の声。

 

「先生、それに大将も巻き込んでしまったのか。ごめん」


『それは、構わないわよ景護。でも、神様とやらからもらったものは、何もないわよ』


「え?何で?無双できる力くれたんじゃないの?」


 次は男性の声が頭の中に。


『非常に言いづらいのだが、お前のキャパシティは俺と姐さんでいっぱいいっぱいなんだ。何かが入る余地などなく、神様の贈り物も加護も、弾いちゃった。てへ』


「へ?」


『つまり景護、お前は初期値のまま』


「えええええええええええええ」


『だが、心配するな!お前には、俺と姐さんがいる』


『あなたが思うままに、この世界を』


『お前が望むままに、我らの力で』


謳歌おうかなさい』


邁進まいしんせよ』



 思考は追いつかないが、二人が心配するなというのなら、大丈夫なのだろう。

 そして、景護はとりあえず考えるのをやめた。

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