第1話 憑かれた男

 

 誰しも一度は、考えた事があるのではないだろうか?

 死後の世界。

 虚無に消えた己の意識、覚めぬ眠り。

 怖い怖い。

 はたまた、輪廻転生。

 誰もが憧れる英雄や物語の中心で華麗に舞う姫様から、なんの面白みも無い虫けらまで、次の自分は何なのか?

 前世に運命、頭の中では自由自在の次の生。

 愉快愉快。

 そして、別人ではなく己の物語が続く異世界転生。

 経験を知識をチートを駆使して、世界を動かす。

 痛快痛快。


 ピンからキリまでなんでもござれ、なぜなら誰にも証明できていない未知の領域。


 ただしこれは、主観の話。

 死人に口なし、反撃なし。

 噂に推測、妄想、創造、美化、忘却。

 良い人、凡人、狂人、悪人、天才、ヒーロー、偉人、悪霊、神様、仏様。

 周りはうるさい。

 時代の価値観ともに背負わされる役割は違えど、評価というものは嫌でもやって来る。


「異世界転生は魅力的だが、死後背負う看板レッテルのために俺はまだ生きて、何かを成さねばなるまい。この悲しみを乗り越え、明日を生きる」


「ソシャゲで爆死しただけで、よくもまぁ長々と。死んだのはお前の財布の中身だけだ。死ぬ事も転生も心配する必要なんてねえよ、景護けいご



 早朝、教室に向かう廊下、制服の男二人はくだらない会話で盛り上がる。

 目を閉じたくなる窓からの日差しに、耳を塞ぎたくなるけたたましいセミの鳴き声。

 猛暑ゆえに、朝早くから起動するであろう教室の冷房。

 それを目指し、どちらともなく足を速める。


「いや、やっぱり良く考えると嘆くのは大切だな。そのままでいてくれよ景護」


「いきなりなんだよ、気持ち悪い」


「昨日から始まった期間限定キャラって、目隠れのアイドルの子だろ?兄貴が、黙々と何回も一万を使ってたのを思い出してな」


「あー、田中の兄ちゃんガチだったな……」



 そうだな、と田中は苦笑いを浮かべながら頷く。

 教室のドアに手を掛け、ふと意地の悪い笑みを浮かべた田中は、景護の方へ振り返る。

 

「お前も、あのキャラ狙ったのか……目隠れなら、あれでいいじゃん」


「んー?」


「悪い悪い、冗談が過ぎたな。はっはっは」


 変な空気を断ち切るように、田中の右手は勢い良くドアを開く。




「クキャキャ!!やっと来たわね国坂景護!神隠しの原因!体に憑いた悪霊の正体見せろ!」


 セミに負けず劣らずのけたたましい声と共に、スマホのカメラ機能の無機質な連射音。

 教室で待ち構えていたのは、髪がボサボサの女生徒一人。


「やめろ、夜見よみ。まったく……景護も怒らねえから、こいつも調子に乗ってこんな事すんだぜ?」


「ん?別にいいだろ。胸でかいし」


「っひ、色欲の霊もいるのね!こっち見ないで!けだもの!」


「はいはい、おはようさん。満足したなら、あっちいけ」


 景護がだるそうに、しっしっと手を振る。

 前髪で目の隠れた夜見と呼ばれた女生徒は、不満そうに唇を尖らせ、ぶつぶつと呟きながら教室から出て行った。


「もっときつく言えばいいのに。無駄に人が良いな景護」


「ま、今のところ実害もないし」


「それともあれか?あいつにきつく当たれば、呪われるなんて噂、信じてんのか?」


 各自、机に荷物を置いた後、田中が景護の隣の席にどかりと座った。

 景護が自分の机の上にハンカチを広げていると、冷房が起動する。


「そんな噂、聞いたことないな」


「お前は他人に興味が無さすぎるから、噂話すら回ってこないんだよ。人と交流しろよ?人と」


「今してるじゃないか」


「俺以外ともだ……それはともかく、夜見の話だ。小学生の頃、あいつの筆記用具をボロボロにした連中がいたんだ。気に入らないだか、気持ち悪いだかなんだか理由は忘れたが」


 話の途中、欠伸の音に田中が顔をしかめる。

 聞いているアピールと言わんばかりに、何回も頷く景護を確認し、話は続く。


「そうしたら、どうだ。次の日、夜見をいじめたやつら、全員欠席したそうだ。四、五人だったかな」


「あー、どうせいじめなんてする連中なんて、素行がよろしくないんだ。病気うつし合うR-18なパーティーやら、注射の回し打ちでもして、病気になって体調を崩したんだろ?」


「小学生だって言ってんだろ。……夜見は神社だか、寺だか、墓の管理だかを親がしてるんだっけ?それもあってあいつは不気味がられて、いじめられはしないが一人ぼっちってわけさ。ま、普段は大人しく本を読んでいるか、外を眺めているかだな」


「だったら俺に絡んでくるのは、何なんだよ……」


 田中の溜め息一つ。

 分かってねえのか?と呆れ顔。


「そりゃ、お前……って寒いな!冷房どうなってんだ!ちょっと職員室行ってくる!」


 田中は弾けるように立ち上がり、両手で自分を抱く仕草をしながら、バタバタと教室から出て行ってしまった。

 誰もいなくなった空間で、景護は椅子を少し引き、机と距離を取る。

 

「神隠し、悪霊。そして呪いねぇ……」


 独り言。

 誰もいない部屋でのこの言葉。

 窓越しのセミの声に、冷房の駆動音。


 音はそれだけ。

 返事は無い。

 疲れていれば、幻聴や耳鳴り程度はあるかもしれない。



 憑かれていれば……。


『あの子には私達が見えているのかしらね?』


『いいや、何回も言うが、あねさんそれはない。毎日、視線は合わないさ。ええと、夜見……夜見……何ちゃんだったっけ?』


「名前?俺が覚えてると思う?」


 他人には聞こえない声との会話。

 どう見ても独りでしゃべるこの様子は、もちろん誰かに見つかればいい顔はされない。


『クラスメイトの名前くらいちゃんと覚えなさいよ、月子ちゃんよ。夜見月子。分かった景護?』



 この口うるさい感じの、仕事のできる女性っぽい人。

 机に敷いたハンカチの上に座る姿は、ぼんやりとしか見えない。

 青い魂が核であり、知的な印象を受ける。


『そうだぜ景護。お前に進んで声をかけてくれる希少な子だ。大切にしろっての』


 田中が片づけず、そのままになった隣の席の椅子に、我が物顔で座る男性っぽい人。

 こちらも、ぼんやりとしか見えないが、近所の兄ちゃんのような気さくな雰囲気。

 核は赤い魂。

 

「あれをかよ……」


 女性の方は自称、学者もしくは政治家だったと言うので「先生」。

 男性の方は自称、武士やら王やらよく分からないので「大将」。

 名前も思い出せない二人をそう呼んでいる。



 いつからだろう。

 彼らが自分の中にいたのは。

 いつからだろう。

 彼女らと普通に会話するようになったのは。

 悪霊とされている自分達を受け入れてくれてありがとう。

 そんな事を言っていた気もするが、特に気にしていない。



 国坂景護は憑かれている。



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