2 難易度変更

 ゴブリンたちは、私を丸太ごと洞窟内へと運んだ。

 洞窟内にはヒカリゴケが密生していて、目を凝らせばものが見えるくらいには明るかった。


(煮るって言ってたから、どこかで縄を解くはず)


 まさか、丸太ごと煮るわけにもいかないだろう。


 私は視界左下のミニマップを見ながら、洞窟内の様子を確認する。


(鍾乳洞かな)


 あちこちに鍾乳石があるが、通路にあるものは短く折られていた。

 修学旅行で行った鍾乳洞で、ガイドさんが鍾乳石ができるには長い年月がかかるから折ってはいけないと言ってたっけ。


(それにしても……く、くさい……)


 ゴブリンたちの住む洞窟だ。

 ゴブリンの臭いが染みついてる。

 こいつら、風呂に入ったりしないだろうし。


(鼻が曲がりそう)


 縛られてるせいで、鼻を覆うことすらできない。


 丸太を担いだゴブリンたちは、堂々と胸を張って洞窟を進む。

 洞窟にいたゴブリンたちはゴブゴブ言いながら道を開ける。


(丸太担いでるのが戦士なのかな。洞窟にいるのは子どもか妊婦か年寄りみたい)


 獲物をとって帰ってきた男たちを、その他が迎えている格好だ。


 丸太は、洞窟の奥へと運ばれていく。


(けっこう広いな)


 ミニマップで見ると、洞窟はここまでの段階で数百メートルもあった。

 ゴブリンたちは赤い光点で表示されてる。

 その数は……えっと、百匹近いんじゃないだろうか。


 洞窟の奥に近づくにつれて、進む先から遠い悲鳴が聞こえてきた。


「……ぁぁあっ!」


 女性の声だ。


「XXXXXっ、XXXXXっ!」


 憎々しげな叫びだが、何を言ってるのかわからない。


(あっ、ゴブリン語だからか)


 私はオプションを開いて言語設定を「ヒト語」にしてみる。


「いやああっ! もうやめて! ゴブリンの子どもなんか産みたくないっ!」


「うわ……」


 これははてしなく嫌な予感がする。


「ゴブゴブ!」

「ゴブゴブ」


 丸太を担ぐゴブリンたちが何か言って、私の縛られた丸太を地面に下ろす。


 私は慌てて言語をゴブリン語に戻す。


「ただいま戻りましてゴブ!」


 ゴブリンが洞窟の奥に向かって言った。


「おお、ご苦労でゴブ」


 洞窟の奥から、一回り身体の大きなゴブリンが現れた。


「XXXXっ! XXXXXXっ!」


 洞窟の奥から、ヒトの女性の悲鳴が聞こえている。


「ニンゲンを捕まえましてゴブ」


「ふむ……」


 ボスらしいゴブリンが、丸太に縛られたままの私に近づいてくる。

 私は気を失っているふりをしつつ、薄目を開く。


「犯すには若すぎるでゴブな」


「生きたまま煮ると上手いとゴブローが言ってましたでゴブ」


 ボスと担いできたゴブリンの一匹がそう会話する。


(うう……なんとか犯されないで済みそうだけど……煮られるのもイヤだなぁ)


 ヤバい、癖で笑いそうになってきた。

 私は必死で、こみ上げてくる笑いを我慢する。


「若いニンゲンの水煮でゴブな。あれはなかなかの珍味でゴブ」


「それでは、準備をしますでゴブ」


「いや、おまえらは疲れてるでゴブろう。休んでるがいいでゴブ。調理はメスにやらせるでゴブ」


「ははっ、ゴブがたきしあわせ」


 ⋯⋯なんか、だんだんゴブの位置が強引になってきた気がするんだけど。


「縄を解くのだけはオスがやるでゴブ。暴れたら危ないでゴブ」


「うむ、それでよいゴブ」


 ボスの許しを得て、ゴブリンの一匹が私に近づき、縄を解く。


(自由になった!)


 私は縄をほどいたゴブリンを思い切り突き飛ばす。


「ゴブっ!?」


 ゴブリンが盛大に宙を飛んで、大きな鍾乳石に頭をぶつけて動かなくなった。


「うわっ、当たりどころがよかったのかな」


 私は縄で縛られてた箇所を確かめながら立ち上がる。


「ニンゲンが動いたでゴブ! 皆のゴブ、立ち会うでゴブ!」


 ボスがいきり立って呼びかけると、周囲からオスのゴブリンたちが集まってくる。


「ゴブッタがやられたでゴブ!」


「なんですって!? あのやり手のゴブッタがやられたでゴブますか!?」


 悔しそうに言うボスに、オスゴブリンが驚いた声を上げた。


(あ、なんか強いやつだったんだ)


 わりと間抜けなやられ方だった気がするんだけど。


「それより、どうやって逃げるか⋯⋯か」


 私がつぶやくと、


「ゴブ!? ニンゲンがゴブリンの言葉をしゃべったでゴブ!」


 ボスが目を見開いてそう言った。


「あ、そっか。言語がゴブリン語だったんだった」


「ニンゲン……おまえは一体何者でゴブ? さっきゴブッタをやった手前は鮮やかだったでゴブ」


 お褒めの言葉をちょうだいしてしまった。


(いや……弱かったけどなぁ?)


 内心首をひねったが、勘違いしてくれるならありがたい。


「ゴブッタと同じ目に遭いたくなかったら道を開けなさい」


「ぐっ……このニンゲンのメス、只者じゃないでゴブ」


「これだけの戦士に囲まれてるでゴブのに、怯む様子がないでゴブ」


「見るでゴブ! あのメス、笑ってるでゴブ!」


 どうやら、いつもの癖が出て、私の顔は笑ってるらしい。


「あはははっ! さあ、どうするの?」


 ビビってくれてるようなので、私は遠慮なく笑いながら言った。


 じりっと一歩を踏み出すと、ボスが一歩後じさる。


 ミニマップを見る限りだと、このボスの奥を抜けると洞窟の出口がある。

 そっちには他のゴブリンもいない(赤い光点がない)。

 ひょっとしたら、非常時にボスを逃すための脱出路なのかもしれない。

 来た道を戻るより、そっちのほうが早く地上に出られるはずだ。


「ご、ゴブ……」


 ボスは私を見て逡巡した。


 が、大きく首を振ると、


「ダメでゴブ! ここは通さないでゴブ! ゴブッタを殺したニンゲンを逃がすわけにはいかないでゴブ!」


 決然たる面持ちで徹底抗戦を主張した。


(ど、どうしよう……)


 たとえ一匹だったとしてもゴブリンを倒せるとは思えない。

 そのゴブリンたちが、完全に私を囲んでる。


 絶体絶命のピンチである。


(何が幸せになれよ!)


 私は去勢を張りながら頭を巡らせるが――いい案なんて見つからない。


「やるでゴブ!」


 その間に、覚悟を決めたボスゴブリンが号令をかけた。


「ゴブッタの仇!」


 一匹のゴブリンが、鬼のような形相で近づいてくる。


 血がこびりついた鉄の棍棒を振りかぶった姿は相当な迫力だ。


 あやうく、腰を抜かしそうになった。


 なんとか持ちこたえられたのは、


(父さんと重なって見えちゃった……)


 ゴルフクラブを握りしめて襲いかかってくる父親に比べれば、目の前のゴブリンはまだマシだ。

 身体も小さいし、実の父親が襲ってくるってプレッシャーもない。

 ゴブリンが、ゴブリンであるがゆえに、ゴブリンらしく襲ってくるだけだ。

 ゲームの中のような非現実感が、私の恐怖を減らしてくれていた。


 だけど、それ以上に怖く見えない原因があった。


(え、遅すぎない……?)


 襲いかかってくるゴブリンは、あきらかに遅かった・・・・のだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る