1 オプション

 気がつくと、私は縛られていた。


 一抱えくらいはありそうな太さの丸太に縛り上げられてる。

 それはもう、身動きもできないほどしっかりと。


 その丸太を――ゲームのゴブリンみたいな赤い小人たちが担いでる。


「ゴブゴブ!」


 ゴブリンたちは上機嫌に見えた。

 こっちを指さし、何事かをささやきあってるようだ。


 木々に囲まれてるから、森の中なのだろう。

 ゴブリンたちが進むのは、獣道よりは太いが、整備された道とは言えないような、森の中の道だった。


「何……この状況?」


 私は思わずつぶやいた。


 神との会話は覚えてる。


 その後、目覚めたらゴブリンに縛り上げられ、どこかへ向かって運ばれてるところだった。


 これはひどい。


(どうやってここから幸せになれと?)


 私は思わず神を呪う。

 あんなちゃらんぽらんな、軽そうな神がいるから、世の中がよくならないのだ。


(あ、そうだ)


 私は神が最後に言ってたことを思い出す。


「……『オプション』」


 ゴブリンに聞こえないよう、小声でつぶやく。


 すると、目の前にホログラフのような画面が出た。

 そこには、




―オプション―

▷言語設定【現在:日本語】

 難易度設定【現在:ノーマル】

 ミニマップ表示【現在:OFF】

 ログアウト【使用不可】




「……何これ」


 何か、と言われればもちろんわかる。

 ゲームなんかでよく見るオプション画面だ。各種設定ができる画面。

 ちょうど、私が父親に殺される前にプレイしていたゲームのオプション画面によく似てる。

 まあ、オプション画面なんてどれもだいたい一緒だけど。


(とりあえずいじってみる?)


 ゴブリンたちはゴブゴブと掛け声を上げながら、私を担ぎ上げたまま移動している。

 丸太が揺れて酔いそうだ。


(でも、どうやって使うの?)


 オプションにはカーソルらしきもの(▷)が表示されてる。

 これを動かし、選べばいいはずだ。

 だけど、もちろん手元にコントローラーなんてない。


(ええと……念じてみる?)


 カーソル動け。

 上上下下左右左右BA。


 カーソルが動いた。

 上に2回移動してミニマップに止まり、下に2回移動して最初の位置に戻り、左右は反応なくて、BAのAのところで、「言語設定」の文字が点滅してクリック音がした。




言語設定【現在:日本語】

▷日本語

 ヒト語

 エルフ語

 ハイランドエルフ語

 ドワーフ語

 ドラゴン語

 ゴブリン語(NEW)

 




(へえ……)


 下下下下下下。


 そして決定。





―オプション―

▷言語設定【現在:ゴブリン語】

 難易度設定【現在:ノーマル】

 ミニマップ表示【現在:OFF】

 ログアウト【使用不可】




「ラッキーだったでゴブな! こんなところで眠ってるニンゲンがいるなんて!」


 ゴブゴブ言ってたはずのゴブリンの声が、急に日本語になった。


「でも、ちょっと痩せすぎでゴブな! いかにも幸薄そうなニンゲンでゴブ!」


 ……ゴブリンにまでディスられる私って一体……。


「なら、おまえは食わないでゴブか?」


「く、食うでゴブ! ここのところニンゲンなんて食ってなかったから、この際贅沢は言わないでゴブ!」


 私をディスったゴブリンが慌てて首を振りながらそう言った。


「わかってないでゴブな。肥ったニンゲンも美味うまいでゴブが、若くて身が硬いニンゲンもそれはそれで美味しいのでゴブ」


「なにそれくわゴブ」


「生きたまま鍋で煮込むでゴブ。肥えたニンゲンは煮ると灰汁が多すぎるでゴブが、これくらい痩せたニンゲンならちょうどいいのでゴブ」


「じゅるり……」


「わかったら文句言ってないでキリキリ運ぶでゴブ!」


「ゴブゴブ!」


(翻訳されてもゴブゴブなんだ)


 つっこみどころはそこじゃない気がしたが、最初に思ったのはそれだった。


(生きたまま煮られるのは嫌だなぁ)


 この世界のゴブリンは人肉食のようだ。

 会話をしてることから、知能もそこそこ高いのだろう。

 料理をするくらいの文化もある。


 私は軽く身を揺すってみるが、縄は固く縛られてて身動きがとれない。


「ゴブゴブ♪」

「ゴッブゴブ♪」


 やたら楽しそうなゴブリンたちにため息をつきながら、とりあえずもう一度「オプション」とつぶやく。



―オプション―

▷言語設定【現在:ゴブリン語】

 難易度設定【現在:ノーマル】

 ミニマップ表示【現在:OFF】

 ログアウト【使用不可】



(これを……)


―オプション―

 言語設定【現在:ゴブリン語】

▷難易度設定【現在:ノーマル】

 ミニマップ表示【現在:OFF】

 ログアウト【使用不可】


 で決定。




難易度設定【現在:ノーマル】

 ビギナー

 ベリーイージー

 イージー

▷ノーマル

 ハード

 ベリーハード

 インフェルノ

 ヘル

 ノーフューチャー




(9段階もあるのか)


 だが、あえて難しくする必要がない。


 私は上上上決定と念じてビギナーを選ぶ。



―オプション―

 言語設定【現在:ゴブリン語】

▷難易度設定【現在:ビギナー】

 ミニマップ表示【現在:OFF】

 ログアウト【使用不可】



(よし、OK)


 だが、これといって変化は感じなかった。

 もう一度縄を確かめてみるが、簡単に解けるようなこともない。


「ん? 動いたでゴブか?」


 ゴブリンの一人がそう言った。

 私は慌てて動きを止める。


「どうしたでゴブ?」


「いや、ニンゲンが動いた気がしたでゴブが」


「……まだ眠ってるようでゴブよ?」


「そうでゴブか。しかし、こんな状況でまだ眠ってるとは、いぎたないニンゲンもいるものでゴブな」


「眠ってるのではなく、モンスターにやられて気絶してたでゴブかね?」


「それなら食べられてるはずでゴブ」


「聞いたことがあるでゴブ。ニンゲンは動けなくなった年寄りをモンスターの徘徊する場所に放置すると」


「年長者を見殺しにするでゴブか?」


「ニンゲンは穀物を食べるでゴブから、畑仕事ができず、食うだけの年寄りは邪魔なのでゴブ」


「酷いでゴブね……この若いメスも捨てられたでゴブか?」


「かわいそうでゴブ」


「せめて俺たちで美味しく食べてやるでゴブ」


 なぜかゴブリンたちに同情されてしまい、なんとなく悲しくなる私。


 難易度変更の影響はよくわからなかった。


(じ、じゃあ、次をやってみよう)


 私は気を取り直して再び「オプション」。



―オプション―

 言語設定【現在:ゴブリン語】

 難易度設定【現在:ビギナー】

▷ミニマップ表示【現在:OFF】

 ログアウト【使用不可】



 決定すると、画面は遷移しないまま、



―オプション―

 言語設定【現在:ゴブリン語】

 難易度設定【現在:ビギナー】

▷ミニマップ表示【現在:ON(大)】

 ログアウト【使用不可】



 となった。


「わっ」


 思わず声が出た。


 視界いっぱいに、半透明の地図が出たのだ。


 といっても、今出てる範囲では、森と、少し離れた場所にある小川が見えるくらい。

 森の中、ちょっと離れたところに、いくつかの赤い光点がある。

 なお、自分の位置は緑色の三角形で示されてるようだ。

 地図は高低差を反映した3Dのものだった。


 ゴブリンたちは、その小川の上流へと向かってる。

 上流には岩山があり、そこには洞窟があるようだ。

 意識をそこにフォーカスすると、洞窟の内部マップに切り替わる。

 だが、見えるのは洞窟の入り口までで、その奥は靄がかかってた。


(自分でマップを埋める必要があるのか)


 それにしても、マップが視界を埋め尽くしてるのはちょっと邪魔だ。


(そうか)


 オプションを小声で開き、もう一度マップの項目を選択。



―オプション―

 言語設定【現在:ゴブリン語】

 難易度設定【現在:ビギナー】

▷ミニマップ表示【現在:ON(中)】

 ログアウト【使用不可】



(もう一声)



―オプション―

 言語設定【現在:ゴブリン語】

 難易度設定【現在:ビギナー】

▷ミニマップ表示【現在:ON(小)】

 ログアウト【使用不可】



(よし)


 視界の左下隅に小さめのマップが浮かんでいる。

 マップに意識を向け、動かそうとすると、マップを上下左右に動かすことができた。

 手前や奥にも動かせるのは、現実空間ならではである。


 マップを確かめてから、私はオプション最後の項目に目を向けた。


 ログアウト。


 そう書いてあるが、【使用不可】となっている。


 私はダメ元でログアウトを選び、決定してみるが、反応はない。


(この世界からログアウトできればよかったのに)


 神は、自分の力の一部をあげると言っていた。

 神が使う時には、オプションからログアウトができるのだろう。


 私が第二の人生を呪いながらため息をついていると、ゴブリンたちが目的の洞窟へとたどり着いた。

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