106:地球の皆さん

  《地球の皆さん》



 地球は大変なことになっていたが、人々は繭の中で眠り続けていた。


 そして、地球のワープから2年半が経った。地下では、やっと人々が脱皮を終え目覚め始めた。

 2年半で地上は多少ながらも落ち着きを取り戻していた。


 大津波で海沿いは壊滅的なダメージを負ったが、今は津波は収まり地上は乾いていた。

 各地で起こっていた火山の大噴火も、大半が沈静化して静かに煙を昇らせているだけになった。しかし、大気中に拡散した火山灰による日照不足は続き、地球は寒冷化していた。


 火山による二酸化炭素濃度の上昇による温暖化と、火山灰による日照の不足。勝ったのは寒冷化だった。だが我々は過去に2万年の氷河期を生き抜いた経験がある。温暖化加速装置がある。問題はない。


 地下で3年の間、脱皮冬眠していた人々は起きだした。そしてノーヴェルからワープの説明を受けた。新脱皮薬リボーンの説明も受けた。

 そして人々はノーヴェルに薬の効果を報告した。明らかな知能の向上が認められた。脱皮成功率はまだ100パーセントなのかどうか分からなかった。

 なぜならば、地下は大地震などによって各所で崩落が起こり、脱皮中の人々の多くが死んでいた。


 人々はノーヴェルから、自分たちが眠っていた2年半の地球の観測データを受け取った。その各地の大災害のダメージデータを見て、全てを理解した人々。

 生まれ変わった彼らは誰も何も命じなくても、何をすればいいのか分かっていた。


 彼らはまず最初に、死んだ家族や友人を埋葬した。そして崩れた地下都市を復興した。

 多くの者が生き埋めで死んでいたが、それをノーヴェルのせいだと責めるような、愚かな者はいなかった。


 我々は生き残った。地球も生き残った。それが全てだった。


 ダメージを負った地球で、我々がしなければいけないことは多かった。

 食料の備蓄はあるが、急いで食料を作り始めなければすぐに底をつく。

 しばらくは海洋資源で命を繋ぐ。海の生物たちに大きなダメージは無い。


 その間に地上の環境を安定させ、農作物を作れるようにしなければいけない。


 電気の安定供給も絶たれている。地熱発電所や太陽光発電所は、火山の噴火で壊滅状態だ。それも新しく作らなければいけない。


 月を失った地球は、自然環境が激変する。潮の満ち引きが無くなるし、環境学の専門家が言うには風が強くなり、嵐が多くなるらしい。その変化にも対応していかなければいけない。


 だが、新しく本当の知的生命体に生まれ変わった我々イクスペクティエンスならば、乗り越えられる試練だ。我々に不安はなかった。


 ちなみに地球の人々は、恐ろしいほどの知識欲に襲われていた。そして本を読みまくっていた。自分が何も知らないという事を知ったのだ。

「無知の知」ヒューマンの時代から伝わる有名な言葉の意味を、やっと理解したのだった。


 そして。


 全員がリボーン脱皮から目覚めて1年が経った頃、全員のモコソが鳴った。


 それは突然だった。


「地球の皆さんこんにちは。」モコソから誰かが言った。音声通信だ。


「我々は銀河連邦です。」誰かが言った。すべてのモコソが音声を伝えている。


 ギンガレンポウ?人々は驚いた。そしてレンガ文明が待ち望んでいた宇宙人の来訪の事を思い出した。モコソから流れる謎の声は話し続けた。


「皆さんは、やっと知的生命体の仲間入りをしました。」誰かが言った。

「知的生命体としての知能指数をクリアしました。」誰かが言った。


 知的生命体としての知能指数?確かに我々は全員が頭が良くなった。しかし、もともとの世界1位の能力を超えたのか越えてないのか。おそらく全員が同等に近づいた程度だ。跳ね上がった種としての平均値が評価されるのか?だとすれば、やはり本当の知的生命体としての知能水準をノーヴェルのメンバーの一部だけは、昔からクリアしていたのかもしれない。


 謎の声は続けた。


「ワープを成功させました。」誰かが言った。

「永遠の命も手に入れています。」誰かが言った。

「戦争のない世界も手に入れています。」誰かが言った。


 人々は驚いて謎の声に話しかけた。本物の銀河連邦なのか、誰かのイタズラなのか。しかしこちらからの通信は出来なかった。


「すみません。そちらからの通信は今は出来ないようにしてあります。代表の方、ノーヴェルの誰か、お話を。」誰かが言った。


「どうも、ツキモトです。」ツキモトがモコソの通話ボタンを押した。


 ツキモトはノーヴェルの食堂でナオミと特撮ヒーロー映画を見ていた。


 巨大化して3分で怪獣を倒して帰ってしまうやつだ。


 映画が写る大型ディスプレイは一時停止になっている。巨大化し、胸のランプが点滅し、腕をクロスさせ、必殺ビームを今まさに出そうとしている。


「長寿の1番の方ですね。」誰かがツキモトの言葉に答えた。

「ニホン語を話していらっしゃるけれど、本当に銀河連邦?」ツキモトが聞いた。

「あれだけ宇宙空間に電波をまき散らしておきながら、初めて聞く言葉だと思いますか?」誰かが言った。

「そりゃそうだ。」ツキモトが笑った。「言語習得なんて簡単ですからね。」


「初めまして、レイと言います。」誰かが言った。

「銀河連邦のレイさん、こんにちは。」ツキモトが言った。

「突然で申し訳ない。音声通信だけでは失礼かと思いますので、ノーヴェルにお邪魔してもよろしいですか?」謎の声が言った。


 いきなり喋り出した謎の声。

 攻撃的な種族ならば、話しかけたりせずに攻撃してきている。そう判断したツキモトは許可を出した。

「どうぞ。」

 5秒ほどの沈黙があった。そして次の瞬間にはツキモトの横に謎の声の主が立っていた。パンッと手をたたいたような音がした。現れる場所だけ空気を一瞬どかしたのだろう。


「転送装置?」ナオミがツキモトの横の椅子に座っていた。そして驚きながら聞いた。

「そうです。」銀河連邦のレイが答えた。そしてツキモトの向かいのイスに座った。「あなたはナオミさんですね、知能指数を上げることに成功した。」

「そうです、ナオミです。よろしくおねがいします。」ナオミが緊張しながら言った。


「この会話はモコソを通して地球の方々に聞いてもらっています。よろしいですね。」レイが言った。ツキモトとナオミは頷いた。頷いたが、ほとんど上の空で聞いていた。なぜなら彼の姿が・・・


「レイさん、あなたの格好を知ってます。今、映画を見ているところでした。」ツキモトが言った。近くの大型ディスプレイには巨大化した変身ヒーローが一時停止中だ。「M78星雲から来ました?てっきり我々の天の川銀河の銀河連邦だと思っていたんですが・・・3分で帰ったりしませんよね?」


「これは宇宙服です。」レイが言った。「我々の銀河連邦は天の川を指します。まだ隣の銀河まで行くほどの長距離ワープは出来ません。」


「宇宙服?」ナオミが驚いて言った。「ちょっとまってくださいね、ヒューマンの映画の変身ヒーローと同じデザインの宇宙服を着ているという事は・・・」

 ナオミの頭脳がフル回転する。


「銀河連邦でもヒューマンの映画ブームが?」

「あたりです。さすがナオミさん。」レイが言った。


「なんというヒューマンのパワー。絶滅してしまったのが悔やまれますね。」ツキモトが言った。

 レイが悲しそうに頷いた。「実に想像力豊かな種族でしたが、あまりにも愚かすぎました。悲しいことです。」


「ヒューマンの絶滅危機を助けなかったんですね。」ツキモトが聞いた。

「我々は下等生物を助けたりしません。」レイが言った。「ヒューマンは絶滅危惧種を助ける傾向が見られましたが。」

「知的生命体であれば、助ける?」ナオミが聞いた。


 レイがその言葉に、本題を思い出した。


「それでですね、ここからが本題なんですが、あなた達はやっと知的生命体になられた。」レイが言った。

「今まで下等生物でしたね。ぜんぜん気が付きませんでした。」ツキモトが言った。

「それでですね、銀河連邦に加入する権利を得られた。」レイが言った。「加入しますか?」


「ずいぶんといきなりなんですね。」ツキモトが笑って言った。「そりゃあもちろん、と言いたいところなんですが、私の独断で決めるのはちょっと気が引けますので、ここは過去のプログラムをちょっと使いまして。」


「やはり、ツキモトさんは面白い。」レイが言った。

「ずっと見てたんですか?」ツキモトがモコソを操作しながら言った。

「ずっとじゃありません、たまにです。」レイが言った。

「ヒューマンの時代からですか?」ツキモトがモコソを操作しながら聞いた。

「そうですね。」レイが言った。


「ヒューマンの時代の目撃例は本物ですか?」ツキモトがモコソを操作しながら聞いた。

「それは今度ゆっくりと話しましょう。」レイが言った。


「じゃあ、準備出来ましたんで。僕の声も全モコソに聞こえてるんですよね。」ツキモトが言った。

「もちろんです。」レイが言った。


「では地球の皆さん、モコソの画面に注目してください。」ツキモトが言った。


「銀河連邦に加入したいものは(はい)を。加入したくない者は(いいえ)を押してください。」


「(はい)の90パーセント以上をもって、我々は銀河連邦に加入する事とします。」


 我々は銀河連邦に加入した。サラっと加入した。


「じゃあこれ、マニュアルね。」そう言ってレイは日本語で書かれた分厚い紙の銀河連邦のマニュアルをくれた。紙?

「2回読んでね。2回読むって大切だから。」レイは笑って言った。

「なぜ紙なんです?」ツキモトが聞いた。

「宇宙放射線の中でも記録データが破損せず、それでいて安価な紙は非常に優れているからね。」レイが答えた。

「なるほど。」ツキモトが納得した。




 地球に生まれた、3番目の知的生物。

 そして、地球に生まれた初めての知的生命体。

 生物学的分類、イクスペクティエンス。

 我々は《我々》という呼び名の他に《地球人》という呼び名を得た。


 知的生命体、地球人。


 銀河連邦は、地球人を迎え入れた。


 銀河連邦が見せてくれた我々の天の川銀河の中心部。そこには知的生命も多く存在し、様々な種が繁栄していた。

 銀河連邦に加盟した知的生命体は多く、皆が平和に種族を繁栄させていた。


 ちなみに、銀河標準時間の導入により、地球人はまた時間の単位が変わった。年の単位も変わった。天の川銀河基準での1銀河世紀は地球標準年の約2億年だ。1銀河世紀を1万年として、1銀河年は、1千ヶ月。1銀河ヶ月は・・・単位が変わるって大変だ。


 銀河連邦に加入した地球人はその後、銀河連邦の科学力を得て銀河を飛び回り、いくつもの惑星に移住し、種として宇宙で繁栄していく。

 銀河は地球人の居住可能惑星であふれていた。


 銀河の辺境にある地球は、観光名所となった。地球に住む人は少なく、たまにバカンスで訪れる場所となった。

 人気の地球観光スポットはもちろん、甲殻歴1万年に作られたセラミックピラミッドだった。



 月を失った地球。太陽系第3惑星。



 約1億年後、銀河系中心方向から別のブラックホールが太陽系を通り抜けた。


 通り抜けた後の太陽系に、地球の姿は無かった。





「気にするな、ただの観光名所だ。」


 ツキモトが言った。






《完》


最後までお読みいただき有難うございました。

新作「トラニアン ~オウムアムアとトラピストワン~」もよろしく!   

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イクスペクティエンス ーサピエンス絶滅後の地球の話ー 松岡ヒロシ @tukinomisaki

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