105:月

  《月》



 地球の全てが眠りについた少し後、高速で移動するブラックホールが太陽系を通過した。

 通過した場所には、何も無かった。


 何があったのか。


 太陽系第3惑星となったかもしれない火星。火星の地表には大きな実験コロニーがあった。実験コロニーは健在。100人ほどが住んでいる。


 火星の衛星軌道上に、昔に作られた小さめの宇宙望遠鏡があった。

 火星の小さな宇宙望遠鏡を通して、実験コロニーのメンバーは全てを見ていた。


 ブラックホールが地球に到達するまで1時間という時、地球の横に小さく浮かぶ月が眩く光った。そして光はラグランジュポイントに浮かぶノーヴェルに伸びた。そして、そのままノーヴェルを通り越して地球まで一直線に伸びた。

 ノーヴェルは光に包まれた。地球も光に包まれた。


 まばゆく光る地球と小さく光るノーヴェル。


 月は消えていた。月のあった場所には何も無かった。そして地球を包んだ光が弱くなっていった。光はどんどん弱くなり、小さくなり、地球よりも小さくなり、最後には真っ黒になった。そこには何も無かった。宇宙空間だけだった。


 地球もノーヴェルもブラックホールが来る1時間前に消えていた。


 火星の実験コロニーの人々は、火星の空を見上げた。

 火星から小さく見える太陽を見上げた。


 ブラックホールが地球のあった位置に来るまで、あと1時間もない。

 地球はブラックホールから逃げた。しかしどうやって?ノーヴェルは何も教えてくれなかった。


 地球はどこに行ってしまったんだろうか。自分たちは帰るところがあるんだろうか。心にぽっかりと穴が開いた気持ちで太陽を見上げていた。


 その時、通信装置が鳴った。そしてスピーカーから声が聞こえた。

「あー、あー、望遠鏡で覗いてた人たち聞こえますか。それちゃんと録画してましたか?あとで送ってくださいね。実験は成功です。」ナオミが言った。


「どうやったんですか?今地球はどこにあるんですか?自分たちは地球に帰れるんですか?」火星の面々は通信機に向かって質問を続けざまに投げかけた。

 しかし、すぐには返事は帰ってこなかった。


 15分ほどして返事が来た。

「ごめんね、ちょっと火星と距離が離れてるから通信に時間がかかるね。他の惑星にいる人は説明するから適当に聞いててね。」

 おそらく、他の惑星の実験コロニーの人々も通信を地球に送っている。何時間か経ったら同じ質問が地球に届くはずだ。


「では、火星さんからの質問でーす。」ニックが言った。

「ちょっと、」ナオミが言った。「まいっか。」


「火星の3つの質問、1番目の質問、どうやったんですか。」ニックが言った。

「答え、ワープです。」ナオミが言った。

「2番目の質問、今地球はどこにあるんですか。」ニックが言った。

「答え、地球の公転軌道上ですが、半年分ワープしました。」ナオミが言った。

「3番目の質問、自分たちは地球に帰れるんですか。」ニックが言った。

「答え、帰れます。月はなくなっちゃいましたが。地球をワープさせるのに月をまるまる使っちゃいました。月の質量をぜんぶエネルギーに変えて空間ワープをしました。」


 ナオミは3つの質問にまとめて答えた。


「そうだ、惑星とかの基地の人に無人補給船で新開発の脱皮薬と新開発の獏ダンゴを送ったから、脱皮してね。薬の箱にリフレッシュじゃなくてリボーンって書いてあるやつね。間違えないように。以上。」ナオミの通信はそっけなく終わった。とりあえずリボーン脱皮。話はそれからだ。


「ワープって。」火星の人が言った。

「出来るんだね。」火星の人が言った。

「月、もう無いんだ。」火星の人が言った。


 その時、ブラックホールが太陽系を通過していった。

 月のあった場所には月の泉のピラミッドが浮いていた。

 ブラックホールは月のピラミッドだけ飲み込んで通過していった。



 ワープを無事に成功させた地球は、ちょっと大変なことになっていた。


 無理なワープによる影響だ。


 地上では火山がいくつも噴火し、森林火災が起こり、プレートの大地震が起こり、大津波が地上を襲っていた。

 おそらく氷河期が来るだろう。軽い氷期か大規模な氷河期か、それは火山の今後の収まり方による。


 地震で地下都市はダメージを負ったはずだ。所々地下空間が崩れ、おそらく多くの人が死んだだろう。


 しかし、種として見れば、大多数が生き延びた。

 それは最小限のダメージだと言えた。なにせ、地球が残ったのだ。いくらでもやり直しが出来る。


 それに、冬眠した人々が起きたら、我々はもう下等生物ではなくなっている。


 やっと知的生命体になれるのだ。種族として、新しい未来が待っている。





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