21:フランス

  《フランス》



 我々の刑務所は地上にある。


 囚人は地上でレンガを焼く仕事をさせられる。

 作るのは長方形のブロックレンガと工の字レンガ、通称、組みレンガ。


 両方とも需要の高いレンガだ。上質な素材をセラミックの型に入れて精密に作る。

 レンガ人から学んだ技術だ。


 大きなカマドで焼くのではなく、小さなスペースで焼く。

 石炭による熱の温度調節は厳密に管理され、歪みの少ない上質なものを大量生産している。


 地下に都市を掘る、石炭が出る、石炭で土を焼く、レンガで地下都市を支える。

 この循環は美しく機能している。


 刑務所の周りでは、小麦も作っている。高さ5メートルのレンガの分厚い壁で囲まれた広大な土地には、小麦畑が広がっている。

 刑務所の食事は小麦料理のオンパレードだ。肉は少ない。


 この時期、刑務所には犯罪者が溢れていた。


 脱皮実験のウワサを聞いて、凶悪犯罪を犯そうとした人々だ。彼らは死刑にはならず、通常の懲役刑に服している。

 このフランス刑務所に50歳までに出所できる者はいない。出所して脱皮出来る者はいない。60歳で出所しても、もう脱皮は出来ない。


 寿命で死ぬだけだ。


 そんな事情もあり、脱走事件が頻発した。壁をよじ登ったり、石炭輸送のトラックを奪って逃げたりした。

 刑務所を脱走した者は、地下で生きるのは難しい。金はDNA決済だしモコソも持っていない。

 50歳までに脱皮薬を手に入れられなければ寿命で死ぬ。

 ちなみにバクダンゴを使わないリセット脱皮も許されない。そんなことが許されたら凶悪犯罪を抑制できなくなる。「脱皮は許されない」ということが犯罪率を大幅に下げているのだ。


 脱走した彼らは、地上の森の中に隠れて生きた。いつか脱皮薬を手に入れることを願いながら。

 警察は地上を捜索したが、道も整備されていない地上は広く、自然のままの森は深く、脱走した彼らを見つけるのは困難だった。


 フランスの地下都市にある警察に、ひとりの科学者が呼ばれていた。


 ジャンヌという警部が椅子に腰掛け説明している。

 事務机が並ぶその部屋の壁には、扉がいくつも不自然に並んでいる。おそらく取調室だろう。


「地上の森の中に隠れた脱走犯を探したい。」警部のジャンヌが言った。

「脱走犯ですか。」ツキモトが言った。

「モコソを持っていない。」ジャンヌが言った。

「位置情報とか何も掴めないんですね。」ツキモトが言った。


「彼らは時々、畑に来て食料を盗んでいく。」ジャンヌが言った。

「害はそれくらいですか。」ツキモトが言った。「ほっといちゃ駄目ですかね。」

「そうはいかない。」ジャンヌが言う。「しかし被害が少なすぎて捜索隊の人数も増やせない。」


「凶悪犯じゃないんですか?」ツキモトが言う。

「凶悪犯罪未遂が多い。」ジャンヌが言う。「刑は10年から20年、だが彼らは刑務所内で50歳を迎える。」

「なるほどねえ。」ツキモトが言う。「脱皮実験の被験者狙いの一般人ですね。」

「凶悪犯罪を犯すような精神の者は少ないと思う。」ジャンヌが言う。


「時代が変わって脱皮できないと死ぬって、死刑みたいなイメージになりましたね。」ツキモトが言う。「寿命で死ぬのは自然な事なのに。」


「いつか脱皮薬を狙って地下に侵入されるかもしれない。」ジャンヌが言う。

「捕まえないといけませんかねえ。」ツキモトが言う。

「ご協力いただきたい。」ジャンヌが言う。

「そんじゃまあ、考えますか。」ツキモトが言う。


 ツキモトは警察のレンガの天井を見上げた。そして地上に広がるフランスの大自然を想像した。


「彼らは大自然の中で寝起きしてるんですよね。」ツキモトが言った。

「大自然と言っても、森の中にはレンガ人のレンガが少し残っている。」ジャンヌが言った。「レンガと木を使って簡単な家を作っている場合が多い。」


「空からドローンとかヘリとかで見えませんか?」ツキモトが聞く。

「森は深く広い。この辺りは巨大なファルコンも現れる。」ジャンヌが言う。「ヘリは持ってないし、ドローンでは何も発見できていない。」

「ヘリなんて戦争の遺産がここに置いてあるなんて思ってませんけどね。」ツキモトが言う。


「そこで、虫使いの異名を持つアナタに来ていただいたのです。」ジャンヌが言う。

「その呼び方、やめていただけませんかねえ。恥ずかしくってしかたがない。」ツキモトが言う。

「そうですか?カッコイイと思いますが。」ジャンヌが言う。


「絶対やめて。ダメ、絶対。」ツキモトが言う。虫使い。別に虫専門ってわけじゃない。別の下等生物だっていじってるのに。


「わかりました。」ジャンヌが言う。「それで、可能ですかね。」

「モコソを持ってない人を森の中で探すのか。周りは虫だらけですよね。」ツキモトが言う。あーまた虫って自分から言ってしまったと反省する。

「そうでしょうね。」ジャンヌが言う。やっぱり虫なんじゃないと心の中で思う。

「どうしようかなあ。」ツキモトが言った。


 その時、ツキモトの近くにあった個室の扉が開いた。


「だからね、森の中にはレンガ文明のすごいお宝がたくさん残ってるんですよ。」出てきた男が取り調べをしていた警察官に言う。

「それは分かったけど、前回も言った通り捜査の邪魔なんだよ。2回目だからな。」取調官が言う。


「それで、全員が捕まるまで森の中には入っちゃいけないっていう命令は、いつ頃解除してもらえるんですか?」男が言う。

「そりゃあ、全員が捕まるまでだ。」取調官が言う。

「それは、いつになるんですかね。」男が言う。

「わからん。」取調官が自信を持って言った。

「そんなあ。」男がうな垂れて言った。



「ちょっと手伝ってみませんか?脱走犯探し。」横でやり取りを見ていたツキモトが言った。

「は?」男が言った。

「立ち入り禁止だと、暇になっちゃったでしょ。」ツキモトが言った。

「そうだけど、危ないのはちょっと。」男が言った。


「危なくはないと思いますよ。相手は根っからの悪人じゃないっぽいんで。」ツキモトが言った。「この辺りの森の土地勘ありそうだし。」

「森の土地勘っていうか、レンガ人の残した地図を見ながら、走り回ってるんで。」男は言いながら、背中に背負った大きなオレンジのカブトムシを指さした。

「電動バイクより大きいですね。」ツキモトが言った。


「オフロードバイク兼、折り畳みパワードスーツです。」男が言った。「これの存在を忘れてました。手伝いますよ、脱走犯探し。ぜひ手伝わせてください。」


「ツキモトです。警察じゃなくて学者のはしくれです。」なぜ急にやる気になったのか分からずに、ツキモトが男に自己紹介した。

「オオタです。レンガ文明考古学者です。」男が言った。


 これが2人の出会いだった。


「パワードスーツって、重労働の方々が使ってるやつでしょ?」ツキモトが聞いた。

「最近は本格的なパワードスーツの他に、こういう趣味の折り畳みが流行ってるんです。」オオタが言った。

「趣味用なんて初めて聞きました。」ツキモトが言った。


「そうですか?」オオタが言った。「テレビCMやってますけどね。」

「見たことないなあ。」ツキモトが言った。


 ツキモトは脱走犯探しの秘密兵器を開発した。

 それは大きめのハチだった。

 森の中に巣箱を設置し、ハチを森に放つと、巣箱から3キロほどを探索した。

 そして人工物の建物を見つけると、その建物に針を刺した。


 針にはビーコンが埋め込まれていた。針から位置情報が発信され、警察の探索チームに情報が表示される仕組みだ。

 しかし、なかなか上手くいかなかった。ビーコンを頼りに行ってみると、大半は緑に囲まれたレンガ壁の残骸だけだった。


 精度を上げるためにツキモトは探索チームに常に同行していた。



「全員行っちゃった。」オオタが言った。

「今現在キャッチしているビーコンは4つ。4チームがそれぞれ向かっているが、当たりを引くかどうか。」ツキモトが言った。隣にはハチの巣箱があるが、ハチは人を刺さないように改良してある。


「暇ですね。」オオタが言った。

「そうですね。」ツキモトが言った。その時、新しいビーコンがモコソに表示された。

「5つ目。」オオタが言った。

「探索チームが戻ってきたら行ってもらおう。」ツキモトが言った。


「ちょっと見てきますよ、近いし。」オオタが言った。

「いや、それはちょっと。」ツキモトが止めた。


 オオタは背中のカブトムシを下ろし、背中を踏んでいる。

 カブトムシはカシャカシャと少し前進し、ガシャガシャと変形を始めた。

 背中が開き、折りたたまれたハンドルが伸び、4つに折りたたまれたタイヤが完全な円になる。

 あっという間にカブトムシはオフロードバイクに変形した。


「大丈夫、こっそり見るだけです。」オオタがバイクに跨りながら言った。「それにたぶん、ただのレンガ壁です。」

「もしも犯人だったら危険ですから。」ツキモトが言った。

「こっそりです。大丈夫。」オオタはそう言って、森の中に走って行ってしまった。


 ツキモトのモコソには、ビーコンの位置と探索チームの位置が表示されている。そしてオオタの位置も表示されている。オオタがビーコンに近づいていく。


「ツキモトさん、こちらオオタ。」オオタからモコソゴーグルを通して音声が送られてくる。

「慎重に行ってください。決して無理はしないように。」ツキモトが答える。


「当たりです。」オオタが言う。「小さなログハウスがあります。」

「了解しました。」ツキモトが答える。「すぐに戻ってきてください。」


「ちょっと隠れて様子を見ます。」オオタが言う。

「いえ、危険なんでその場所から離れてください。」ツキモトが言う。


「レンガの煙突がある。」オオタがレンガに興奮する。「かすかに煙が出ている。」

「中に脱走犯がいる可能性が高いです。戻ってください。」ツキモトが言う。


「モードチェーンジ。」オオタが言った。


 オオタは、オフロードバイクのハンドルの真ん中にある赤いボタンを押した。するとバイクがガシャガシャと変形した。

 バイクはカブトムシになった。長い角と短い角が出ている。


 オオタはオレンジのカブトムシを背中に背負った。


 そして手を後ろに回し、カブトムシの2本の前足を引っ張った。

 前足にはワイヤーが付いていて、前足から本体まで伸びている。

 そのワイヤー付き前足を腕のモコソに繋いだ。


 そしてカブトムシの後ろ脚を引っ張り、しゃがんで靴に着けた。


 残った真ん中の足を引っ張り、腰に巻いたモコソタンベルトに接続した。


 この間、わずか50秒。


 そして上から背中に手を回し、短い方の角を右に捻った。角が外れた。

 外した角をモコソタンベルトにセットする。


「シャキーン。」オオタが言った。


 オオタは胸の装甲、モコソタンBの横についてる小さなボタンを押した。

 するとカシャっと小さな音がしてモコソのディスクトレイが開いた。

 トレイの中にはセラミックディスクが入っているのが見える。

 オオタはそのトレイをそのままカチッと閉めた。

 セラミックディスクがキュルキュルと回った。そしてヒーローのテーマソングが小さな音で流れだした。


「装着。」オオタはそう言って腰のモコソタンベルトにセットしたカブトムシの角を回してから、両手両足を広げて大の字で立った。

 背中のカブトムシが変形し、オオタの手足をオレンジに包み込んだ。


 この間、わずか90秒。



「終わった?」ツキモトが聞いた。

 ツキモトのモコソにずっと音だけ聞こえていた。


「変身完了。」オオタが言ってモコソタンゴーグルのディスプレイの色をオレンジに変えた。


「見たよ、テレビCM、アイモト玩具の変身セット、おもちゃじゃないか。」ツキモトが言った。

「そんなことはない、力は2倍になっている。」オオタが言った。

「いいから戻って。」ツキモトが言った。


「さっきから煙突からいい匂いがしてきている。焼きトウモロコシだ。」オオタが言った。

「近くのトウモロコシ畑から10本ぐらい盗まれたって連絡があったらしいけど、お願いだから戻って。」ツキモトが言う。


「そんな美味しい物を食べるなんて許せん、行ってくる。」オオタが言った。「今こそ変身したレンガマンオータの力を見せる時だ。」


「いいから戻ってよ。」ツキモトが言った。


 オオタは勢いよくログハウスに突入した。

 中では脱走犯が焼きトウモロコシをのんびり食べていた。抵抗はしなかった。


「もっと派手に抵抗してほしかったんだけど。」オオタがレンガマンブレードを手に持って言った。

「そんなので殴られたら死んじゃいますよ。」脱走犯が言った。


「このレンガマンブレード、火花出るけど熱くないよ。」オオタが言った。

「おもちゃなんですか?」脱走犯が言った。


「熱くないけど、けっこう痛いよ。」オオタが言った。


 ツキモトは思っていた。オオタの格好の方が痛いよと。




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