22:退化

  《退化》



 甲殻歴4000年、人々は完璧とは言えないまでも、永遠の寿命を手に入れた。

 脱皮の成功率は100パーセントにはならなかった。約99パーセントだった。


 この4000年は我々の節目の年になった。


 科学の進歩は頭打ちになり、新技術の開発は1000年以上時間のかかるものと、不可能なものに分けられた。

 新技術を使った製品は生まれなくなった。日々の中で使う道具は、より耐久力があり、より使いやすく、より便利に変化していった。


 人々の生活は便利になり、我々は少しずつ怠惰になった。


 外部記憶装置が作られ、モコソゴーグルに何でも表示され、知りたいと思ったことを喋るだけでゴーグルに答えが表示された。合言葉は「オッケーゴーグル」

 パワードスーツが安く作られ、体力は必要がなくなった。

 どこへ行くのも車で、車に乗って行き先を言えば自動運転で連れて行ってくれた。寝ているだけで良かった。


 我々はモコソでゲームをして人生の暇つぶしをした。


 ただ、仕事は辞めなかった。生きていくには金が必要だったし、種の繁栄の為に働くという事は我々の本能に強く刻み込まれていた。

 種の繁栄の為に働くことは喜びだった。


 我々は退化している。


 それに最初に気が付いたのはモコソだった。

 この時代、様々な分野の1位を決めるためにモコソは、人々のデータを常に収集していた。


 我々は寝ている時以外は、常にモコソを胸に着けていた。

 そしてある分野で優秀なものは3年に1度の最終試験を受け、1位が決定された。


 そのモコソのランキングデータ収集システムには、人々の平均数値が収集されていた。しかし開発者ですら、プログラムの動作が安定してからは人々の平均数値は見ていなかった。

 1位が誰かという事しか、気にしていなかった。


 すべてをモコソに任せていた。


 我々の能力数値は、不死を完成させた4000年頃から少しずつ下がり続けていった。


 我々の脱皮には、進化や退化の要素が少し含まれている。

 30年をどう生きたかによって微調整されるのだ。

 突然変異の例もある。1パーセントの失敗確率の原因もそこにあると見ている。


 不死技術の成功から1000年ほど経った甲殻歴5000年頃、ノーヴェルの1人が退化に気が付いた。

 そしてノーヴェルの面々は危機感を覚えた。


 我々は進化したいのだ。退化は絶対に避けなければならない。


 しかし、便利になった世界で、便利さを捨てることは簡単な事ではなかった。

 何を捨てればよいのか、何を残せばよいのか。

 全ての文明を捨てたら、それは進化ではない。


 進化するために文明を発展させたのだ。

 我々の体の進化よりも、文明の進化のほうが先に行ってしまった。

 そして体が退化した。


 今すぐに我々に出来ることは、体に適度に負荷をかけて退化を食い止めること、脳に強めに負荷をかけて脳の機能を向上させることだった。


 いつのまにか世界には、愚か者があふれていた。ゲームでダラダラと暇つぶしをするだけでは脳への刺激が弱すぎるのだ。読書量も大幅に減っていた。


 我々の進化する道筋はまだ見えないが、退化は食い止めなければならなかった。


 ただそれを、便利さに慣れた全世界の様々なタイプの愚か者にお願いをするには、ノーヴェルに強い命令権が必要だった。我々の種を救わなければならない。


 その為には、有無を言わせぬ命令権が必要だった。





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