③ くらやみの少女

 墓石に囲まれた石畳を、一歩ずつ上がっていく。


 流石に丑三つ時の墓地だけあって、不気味な雰囲気が漂っている。

 まるで幽霊でも出そうな、ひんやりとした空気だが――

 私は実のところ、幽霊という存在を一切信じていない。


 その割に、蘇生術なんてものを信じているのはまるで滑稽な話だが……。


「…ん。これか」


 五分ほど歩き回った程度で、在原の墓は簡単に見つかった。

 そもそも珍しい苗字だから見つけやすいということもあったが、彼は死んで間もないため、献花の瑞々しさは他と比べて一目瞭然だった。


「さてと」


 墓の構造については、事前に調べてきた。

 どこに骨が収まっているのか、私には手に取るように分かる。

 今の時代、ネットで調べられないことは無い。

 それこそ、人を生き返らせる方法が見つかるくらいには。


 特殊な器具を用いて、ずずず、と石の板を動かす。

 どんよりとしたぬるい空気が、もわっと穴の中から生じた。


 この穴の中に、骨が埋まっている。

 ……想像していたよりも、かなり深い。


 腕を穴に思いっきり突っ込んで、自前で持ってきたアームの長さがようやく足りるほど。


 数回のチャレンジの後、なんとか骨を掴むことができた。


「……やっていることは、完全に墓荒らしなんだよね」


 普通に犯罪だ。こんな現場を誰かに見られたら、警察沙汰は免れない。

 でもまぁ、別にいいや。


 どうせ、失うものなどハナっから存在しないのだ。

 そうでも無ければ、蘇生術なんて試そうと思わない。


 私は鞄から一枚のプリントを取り出し、その上に骨片を置いた。

 漫画やアニメにでも登場しそうな、如何にもといった六芒星。

 それに、よくわからない呪文の数々が書かれた図形。


 これで場は整った。

 あとは私が、呪文を唱えれば儀式は完成するらしい、が――


「……本当にこれで、人が蘇るなんてことがある?」


 唐突に私は、自分が馬鹿馬鹿しいことをしている気分になった。

 こんなお遊びみたいな方法で、在原が蘇るなんて、本気で思っているのだろうか?


 在り得ない。


「……本当に。私は、自分が思っている以上に参ってるのかもしれない……」


 下らない。


 そもそも私は、どうして在原を生き返らせようとしているのだろう?

 もう一度話がしたいから? それとも、伝え忘れたことがあるから?


 ――違う。

 どれもこれも、まるでピンと来ない。

 私は在原に、死んだ人間に、一体何を求めているのだろう。


 ここに来て、この段階で私は立ち止まってしまった。

 そう考えると、どうしようもなく虚しくなった。


 私は何がしたいんだろう。いや……もしかすると、やりたいことなんて何もないのかもしれない。


 喪失感の正体を掴み損ねている。

 だからこそ、もう一度在原がこの世に蘇れば、何かが変わると考えていたのかもしれない。

 安直は発想だと思う。同時に、それだけ自分が追いつめられていると知る。


 私にとって、在原という存在は核だったのかもしれない。

 核を失った今、バラバラになろうとしている。自分ではないモノになろうとしている。だからこそ核を取り戻し、自分という存在を保とうと、そう考えたのかもしれない。


 蘇生術なんて荒唐無稽な魔法に頼って。


「……馬鹿馬鹿しい」


 死んだ人間は、もう二度と元に戻らない。子供でも知っている常識だ。

 本当に頭がおかしくなる前に、帰ろう。ここにいてはいけない。

 

 私は在原の骨を、元の場所に戻そうとした。

 その時――


「なんじゃ。ここで辞めてしまうのか?」


 甲高い、少女の声が響き渡った。

 その声は、私の背後から。


「―――――ッッ!」


 振り返ると、そこには闇に調和するかのような黒い服装の女の子がいた。


 一瞬、ゴシックロリータかと思ったが……違う、どちらかといえば喪服に近い。スカートタイプの喪服だ。


 夜の闇に同化するような服装とは裏腹に、肌は恐ろしいほどに白い。

 まるで、死人のような。


「誰かを蘇らせたいのだろう? ならば骨片を元の位置に戻すのだ。そして呪文を唱えよ。それだけで、貴様の願いは叶うのだ」


「……見ていたの? 私をずっと」


「ふむ。ま、たまたま通りがかっただけじゃが、何やら面白そうな事をしておると思って声を掛けたのじゃ。……その術式、蘇生術じゃろう? ということは貴様、愛しい人でも失くしたか」


「……私は」


「くかかかかかっ。よいよい、言わずとも分かる。降霊術なんぞに頼るのは、そういう人間ばかりじゃからのう。ま、稀に英霊の死体を操ろうと企む、哀れ極まりない滑稽の極致を絵に描いたような輩もいるが、貴様はその類ではあるまい。大方、馬鹿な噂に踊らされた一般人じゃろ」


 喪服の少女は、くかかっと笑うと、顔をぐいっと近づけた。


「だが――辞めようとした貴様の判断は正解じゃ。こんなプリント物の魔法陣で、まともに蘇生術なんぞ出来るわけがない。大方、魔力が暴走して終わりじゃ。ふむ、そういう意味でいうなら貴様、中々幸運であると言える――」


「さ、さっきから何を――」


「どうじゃ貴様。その骨片、儂に預けてみないかの?」


 少女は、ぐしゃりと頬を歪ませながら言った。


「ここで会ったのも何かの縁じゃ。貴様の愛しい想い人を、最強の屍として復活させてやろう」

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