② 人は死ぬ。それも唐突に

 在原ありはら ゆうは平成最後の夏に、熱中症で死んだ。


 その日、私は在原と一緒に映画を見に行く約束をしていた。しかし、時間になっても在原は現れなかった。


 十分経っても、三十分経っても、一時間経っても在原は現れなかった。


 何かがおかしいと思った。

 在原は他人にまるで興味のない人間だったが、それでも約束だけは律儀に守る男だった。待ち合わせの時間に遅れることなど在り得ない。それが、一時間ともなれば尚更だ。


 在原は、私との約束の前にバイトを入れると言っていた。なので、ひとまず私は彼のバイト先に向かった。


 ビアガーデンが彼のバイト先だった。

 そこに辿りついた私が見たものは、救急車がサイレンを鳴らし、今まさに走り去って行く光景だった。


 その一時間後に、在原は死亡したらしい。


 死因は過労と熱中症。


 風の噂に聞くところによると、在原は死ぬ一週間ほど前から、塩と水しか摂取していなかったらしい。それで三十五度を超える炎天下の下を、毎日死にもの狂いで働いていたのだ。そりゃあ、いくら若いといえど死ぬだろう。


 大学生といえば誰もが金に困っていようものだが、在原の金欠は異状だった。同じ学部の誰よりも金を稼いでいるはずなのに、身なりは質素で趣味はなく、食事も好まず、かといって人付き合いに熱を注ぐ人間でもなかった。


 じゃあ一体何に金を使って居るのかといえば、……それは、一言では言い切れない。

 上辺だけなぞって言うのなら、在原の家庭環境は複雑なせいだった。

 彼は母親の医療費に加え、学費も全て自分で稼がなければならなかった。


 それで死んだら何の意味もないだろうに、と私は思った。

 

 人が簡単に死ぬということを、私は在原の一件で学んだ。


 そしてもう一つ――

 想いを伝えるなら出来るだけ早い方がいい、ということも。

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